・5-1 第53話 「滅んだ世界」

 ここはいったい、どんな場所であったのか。

 巨大な建造物、たとえば惑星をテラフォーミングするための前線基地とか、あるいは墜落してしまった宇宙船の一部、とか。


 そういうのを想像していたのだが、目の前に広がっていたのはそれとは異なる光景だった。


 黒く焼け焦げ、日光も届かないためにすっかり枯れ果てた街路樹と、それに挟まれた片側二車線の、中央分離帯を備えた大規模な街路。

 そこには、無数の自動車もあった。

 何か強力な外力を受け、車体ごと真っ二つに切断されたり、くの字に折れ曲がっていたり。

 降って来た残骸に押し潰されているものもあるし、多重衝突事故でぺちゃんこになったものもある。

 焼けて錆びているものが多かったが、一部にはかつての塗装もそのまま残っており、往時の姿を忍ばせてくれる。


 まともな通行など不可能になってしまった道が、おおよそ五百メートル程度も続いている。

 そしてその両側には当然のように、建物があった。


 そのほとんどは統一された規格で作られたもので、鉄筋コンクリート製。

 様々な用途のための間取りを持った建物が似通った外観でずらりと建ち並び、そしてそのすべてに破壊の痕跡があり、半ば崩壊していた。


 唯一特徴的なのは、居住区としてではなく店舗として利用されていた一階と二階部分で、そこには様々な意匠が施され、それぞれ自己主張をしている。

 二十四時間営業の小売店、いわゆるコンビニエンスストアや、とある民族の伝統料理を提供してくれる専門の料理店レストラン

 クリーニング屋に隣接してスーパーマーケットがあったり、深夜でも営業しているドラッグストアなどがあったりした。


 当然、どの店も営業していない。

 それどころか、生きている者の気配はどこにもない。


 死んだ街並み。

 なんらかの巨大な災厄によって、滅んだ世界。


 その原因は、すぐに思い当たる。

 なぜなら崩壊した街並みの中には、かつて人類文明で戦闘兵器として利用されていた高度な機械の残骸が、他と同じように放置されていたからだ。


 破壊され、完全に機能を停止した多脚戦車が砲口を天井に向けたまま擱座かくざしており、それと相打ちになったのか、全高十二メートルほどの二足歩行型の人型兵器が建物にめり込んで停止している。

 他にも車に混じって、タイヤ式の装甲車両が何両か。


 戦争。

 ここで、激しい戦闘が起こったのに違いない。


 奇妙なのは、これほどの破壊の痕跡があるというのに、人間の遺体らしきものが一つも見当たらないことだった。

 戦闘で崩壊し直後に埋もれてしまったというのなら、犠牲者たちもそのまま残っていなければおかしい。


 だが、なによりも穣司を愕然がくぜんとさせ、呆然自失の状態に追いやったことは、そこが、その場所が、彼にとって見覚えのあるものだったからだ。


「階層都市……」


 地球上にいくつも存在した、巨大建造物。

 頑健な構造を新たな地盤とし、それを何層にも積み重ね、そのそれぞれに都市を建設していく。


 それと、ソックリなのだ。

 街並みの様子も、メンテナンス通路の構造も。

 すべてが、記憶にあるものと、地球で穣司自身が日常的に目の当たりにしていたものと一致する。


「いったい、どういうことなんだ……? 」


 戸惑いの言葉しか出てこない。


 何度も脳裏に登ったものの、「そんなことは絶対にない」とその都度、否定して来た仮説が、急速に現実味を帯びて来る。


 ここは、———自分が生まれた惑星なのではないか。

 まったく未知の新しい星などではなく、既知の、それどころか人類文明の出発点となった、あの、母なる青い星に。


 確かめなければ。

 そんな思いが強く膨れ上がって来た時、不意に、自身の足元を明るい赤茶色の髪と、ピンと立った三角形の耳を持った獣人ケモミミが駆けて行く。


「わ~い! すっご~いっ!

 広~い!

 見たことのないものが、たくさんある~っ!!! 」


 興奮して大はしゃぎしながら駆け抜けて行ったのはコハクだ。


 まずは周囲を探索し、安全を確保してから仲間たちを呼ぼうと考えていたのだが、呆然としてしまってなかなか声をかけなかったから、待ちきれなくなってしまったらしい。


 元気に、楽しそうに尻尾を左右に振りながら、ひょいひょいと身軽に瓦礫を乗り越えて奥の方に進んで行ってしまう。


「わ~!なにこれ、なにこれ~!

 人間さんのものがいっぱいだよ!

 もしかしてこれが、車っていうの!?

 タイヤがついてるよ! タイヤ~!

 まだ走るのがあったりしないかな! 」

「……お、おい、コハク! 」


 このままでは良くない。

 嫌な予感がする。

 そう察した穣司の口からようやく警告の言葉が出て来る。


「あんまり勝手に進んで行ったらダメだ!

 まだ安全かどうか、分かってなんだから! 」


 ぱっと見で動き出しそうなものは残っていない。

 だが、旧世界の兵器があるのだ。

 たとえば不発弾とかが残っているかもしれず、うかつに触れると大変なことになるかもしれない。


 しかし辺りを探索することにすっかり夢中になってしまっていたコハクには、聞こえていないらしかった。

 彼女は警告を無視してどんどん進んでいき、やがて、人型兵器と刺し違えて機能を停止している多脚戦車の足元にまでたどり着く。


「へ~、おっきいな~!

 これは、なんの機械だったんだろ~? 」


 なんの恐れも不安もない無邪気な言葉だ。

 [兵器]という概念さえ知らないのだろう。


 しかしその次の瞬間、穣司は、コハクを追いかけて通風孔を潜り抜けて来たハスジローから、彼に預けていた銃をひったくるようにして奪い取っていた。


「ハスジローさん! 銃を!

 早く! 」

「ええっ? いったい、なんだよぅ? 」

「コハクが危ないんだ! 」


 その言葉で自身の携帯型ライトを奥へ向けたハスキー耳は、一瞬で事態を悟り表情を険しくしていた。


「コハクッ! 」


 まだ通風孔から身体が出し切れていない彼は叫んだが、手遅れだ。


「ふぇっ? 」


 戸惑いの声とともに、柴犬耳の少女の身体は空中に軽々と持ち上げられてしまう。


 機能を停止したと思われていた、多脚戦車。

 それが、生体反応が近くに来たことで作動したのか、また動き出している。


 そしてその壊れかけのアームによって、コハクは捕らわれてしまっていた。


「き、きゃーっ!!! 」

「コハクっ!!! 」


 状況を認識して少女の甲高い叫び声が上がるのと、穣司が銃を手に駆け出したのは、ほとんど同時のことだった。

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