・4-13 第52話 「通風孔」

 巨大構造物の内部に設けられたメンテナンス通路には、そこに配管や電線などを集約させて整備性を高めるという目的の他にも、様々な用途が想定されていた。

 ひとつは、災害などの緊急時の避難通路として機能することであり、もうひとつは、構造物の各所の空気を循環させるための通風孔としてのものだ。


 一見、通路が潰れてしまっていて行き止まりに見えたとしても、諦めるのはまだ早い。

 メンテナンス通路からは各所に向かって通風孔が枝別れしており、運が良ければそこから先に進むことができるはずだった。


「もしかしたらもっと先まで進めるかもしれない」

「……えっ!

 ほんとうに!?? 」


 穣司のその言葉に、すっかりふてくされてしまっていたコハクが嬉しそうに表情を輝かせる。

 そんな彼女に、「まぁ、見てみないとわからないんだけどな」と付け足してから、今度はディルクの方を振り返った。


「その……。

 もし、気にならなければなんだが、オレを少し、持ち上げてくれないか? 」

「……うん? 別に、構わないけど」


 一応性別の違いとかを考慮したのだが、馬耳の女性は不思議そうに首を傾げただけだ。


「ちょっと高いところで作業をしたいんだ。

 申し訳ないけど、しばらくは持ち上げ続けて欲しい」

「いいよ~。そういうことなら、ボクに任せてよ! 」


 気にしていたのは自分だけだったらしいことを若干気恥ずかしくも思いつつ、穣司はディルクに肩車して持ち上げてもらう。


 メンテナンス通路から建物の中の各所に空気を供給している通風孔の支線は、背伸びをしたくらいでは届かない高い所にある。

 大量の空気を送らなければならない通路には相応の大きさが必要になるから必然的に天井が高くなってしまう、ということと、道具が無ければフタに手出しをできないようにする、つまりは悪戯いたずら防止の目的があってのことだ。


 本来であれば高所作業用に作業台の高さが変化する作業車か、梯子を利用するのだが、今はそのどちらもない。

 だから肩車で代用したのだ。


「……よし。空気が流れているな」


 通気口の出入り口を保護しているフタのスリット越しに奥を観察し、どうやらここが潰されてはいないことを確かめた穣司は、持ち込んだ工具の中からドライバーを取り出し、フタを固定しているネジを外しにかかる。

 何か所もあるネジ穴にはほとんど同じ頭の形をしたネジが使用されていたが、四隅の四本だけが特殊な形状をしている。

 これも、悪戯いたずら防止のためだ。


 こういった場所でよく働いていた経験を持っていた穣司は、当然、その特別な頭の形状に合うドライバーも持ちこんで来ていた。


「ヒメ。ちょっと預かっていてくれ。

 右手と左手で混ぜないように、気をつけてな」

「うん。わかった」


 支えを失ったフタを片手で抑えながら、なくさないように外したネジをヒメに渡す。

 右手に通常の頭のもの、左手に特殊な形状のもの、だ。

 別に取ったフタを再び固定する必要はないのかもしれないが、エンジニアとしてのクセというか、習慣だった。


 それからいよいよフタを外した穣司はそれをハスジローに渡して床に置いてもらい、自分は「ディルクさん、ちょっと動きますよ! 」と断りを入れてから、通風孔の中に身体をねじ込んだ。


 ステンレス製の長方形をした内部は、それほど長くはなかった。

 メンテナンス通路と外部を隔てている構造部分の厚みくらいしかない。

 どうやらすぐそばに広い空間があり、そこにつながっているようだった。


 距離が短いので少しつまさきが出た状態のままヘッドライトで正面を照らした穣司は、そこにも通風孔のフタがしてあることを確かめる。


「参ったな……」


 そこで彼は、しばらくの間考え込んでしまう。

 そのフタもネジで固定されているはずだったが、それらはすべて外から取りつけられている。

 内側からではどう頑張っても手が出せないのだ。


「壊すしかない、か……」


 隙間からこの外に大きな空間が続いていることを確かめた穣司は、いったん元のメンテナンス通路に戻ると、資材置き場から長めの鉄パイプを持って戻って来た。


「危ないから、ちょっと離れていてくれよ?

 ……いよっ! ソリャッ! 」


 一度忠告をしてケモミミたちが距離を取ったことを横目で確かめると、通風孔の中に鉄パイプを差し込み、槍のようにして進路を塞いでいるフタをガンガンとつつき始める。


 お互いに金属製だったが、フタは薄い板状の部材でスリットを作っているだけの構造だ。

 どうやら人の手が届かない高所に設置されていることから、さほど強度に重点を置いてはいなかったらしい。

 薄い板が何枚も並んでいるだけの構造はこんな風に強く突かれるような力のかけ方をされることには弱く、徐々に変形し、ほどなくして壊れてしまった。


 そのことを確かめると穣司はそこに鉄パイプを差し込み、グリグリと抉るように動かして孔を広げていく。

 そしてもう一度同じことをくり返してもうひとつ穴を作り、先に出来上がったものとつなげると、何とかくぐり抜けることができるようになっていた。


「すまないが、ディルクさん。もっかい、持ち上げてくれ」

「はいは~い」


 にこにことした笑顔で大の大人である穣司を軽々と持ち上げてしまう彼女の怪力にあらためて驚かされつつ、通風孔を這い進んでいく。


(出入りする時にひっかかることはなさそうだな)


 破壊したフタの部分を通過する時、念のため後に続く仲間たちが怪我無く安全に通れるかどうかを確認し手で残骸を押し曲げて整備した彼は、そのまま顔を出して周囲をライトで照らし出していた。


 メンテナンス通路が塞がるほどの大きな損傷を受けていた場所から近いせいだろう。

 右側には土や石や、かつては構造部材だったモノが入り混じった瓦礫がうず高く積もっており、足元もかなり埋まっていた。

 だが何かがうまくかみ合って天井を支えているのか、これ以上破壊が進みそうな様子はなかった。


 そのまま這い出ることができそうだったのでさらに進んだ穣司は、足元に積み重なっていた瓦礫の上に降り、立ち上がる。


「……なんだよ、コレ」


 そこで初めてその場所の全体像に気づき、ハッと、息をのむ。


 どこか広い空間である、ということは分かっていた。

 倉庫や、何らかの格納庫など、そういう場所を想像していた。


 だが、それらはすべて違っていた。


 そこにあったのは、激しく破壊され、廃墟となった街。

 ———滅んだ世界であったからだ。

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