・4-3 第42話 「待てい! 」

 水車や風車というものは、人類文明のかなり早い時期から利用されていたようだ。

 水の流れさえあれば、あるいは風の流れさえあれば、物体を回転させ、動力とすることができる。

 このことを利用して、人々は水をくみ上げたり、穀物を脱穀したり、粉にしたりと、様々に利用して来た。


 だが、それを作るのには相応に技術が要る。

 目的の機能を発揮させるための構造を成立させることや、長年の使用に耐えるほどの頑丈さを持たせるためには、部品の一つ一つを注意深く製造し、それらを正確に組み合わせなければならない。


 こうした技能は、いわゆる職人芸と言われる部類のものだ。

 時にはコンマ一ミリの厚さの違いにも気づけるという、人間の繊細な感覚を研ぎ澄まし、トライ・アンド・エラーをくり返す中で培った経験と[勘]で、ようやく完成させることができるのだ。


 原始的、と侮るなかれ。

 それらは立派な機械であり、相応の精密さが無ければまともに機能してはくれない。


 幸いなのは、穣司たちは付加製造装置(3Dプリンター)を頼ることができる点だった。

 熟練の職人が部材を丁寧に選別し、上手に切ったり削ったりして加工しなければならなかったものを、部材の寸法などのデータと材料さえあれば精密に作り出すことができる。

 後は出来上がった材料を組み合わせて行けば、完成だ。


 材料は、元々は金属で考えていたのだが、この点は修正を加え、木材を多用することとした。

 金属を探しに行きたいから自動で水やりをできるスプリンクラーを作ろうとしているのであって、余計にそれを使ってしまっては元も子もないし、そもそも枯渇しているので使いたくても使えない。


 昔の職人たちは切り出した木材をいくつもの工程をかけて加工していったのだが、穣司たちは楽だ。

 拾って来た材料を物質分解機に投入してしまえば、後は付加製造装置(3Dプリンター)がうまく作ってくれる。


 しかも材料は、木でさえあれば何でもいい。

 一度物質レベルに分解してから再構築するので、ちゃんとした太くて真っ直ぐな木材を用意せずとも、長くて真っ直ぐな部材を作れてしまうのだ。


 ただ、それなりに量が必要だった。

 だから四人で協力して材料を集め、組み立てるのも一緒に行う。

 一時期、脱出艇の側には集められた木の枝が山のように積まれることとなった。


「これで本当に、その、すいしゃ? とか、ふうしゃ? とかが作れるのかな? 」


 次々と出力され、積み上げられていく部品の数々を眺めながら、コハクが不安そうな顔をしている。

 当然だろう。

 製造されたものは装置が供給できる部品の大きさの限界もあって、それだけでは全体像が把握できない一部分にすぎず、組み立てられる前は完成した姿はまったく想像がつかない。


「まぁ、見てなって。

 ちゃんとうまいこといくからさ」


 心配そうにしているケモミミたちを安心させるように笑ってみせたものの、———実際のところは穣司も少し不安だった。


 引いた図面の出来栄えには、自信がある。

 だがこういったものは実際に作ってみなければ分からないこと、気づかない見落としなどが生じるものだ。


 まして、穣司はこれまで、こんな水車やら風車やらは作ったことがない。

 設計デザインした段階では大丈夫だと思っていても、どこかで、部品がうまく組み合わない、とか、なにかが足りない、とか、そういうことが起こるのではないかと危惧していた。


 そしてそれは、当たっていた。

 水車を回転させる動力源として風車を作ったのだが、その動力を伝達させる歯車の強度が足りず、試運転をしてみたら歯が折れてしまったのだ。


 もっともこれは、解決のできる問題ではあった。

 歯車自体をより肉厚の構造にして、強度を増せばよい。

 重くなる分回転させる効率が悪くなってしまうが、遠出している間に装置が故障してしまっては困るので、わずかな性能低下は許容する。


 そうしてあらためて試運転をしてみると、———今度はうまく動いてくれた。

 風車の回転力は歯車ギアと伝達軸を介して水車へと入力される。

 そしてゆっくりと回転した水車は水をくみ上げ、高架式の水路を通って畑近くの水タンクへ。

 一定の時間を置いて水が十分にたまると、今度はタンクから水が畑に設置されたスプリンクラーへと流れて行き、うまく水が散布された。


 スプリンクラーは、羽のついたコマのような形をしている。

 畑の中に立てられた軸の先端に設置されたコマの部分に水が流れ込むと、その勢いで回転し、その遠心力で周囲に飛び出した水はさらにコマについた羽でかき回されて飛散し、数メートルの範囲に水をまいてくれるのだ。


「いよォし! やったぞ! 」


 その様子を目にした穣司は、思わずガッツポーズ。

 ケモミミたちもその隣で、驚きと喜びの入り混じった声をあげながら、ぱちぱちと拍手をしてくれている。


「すっご~いっ! 本当に水が出てる! 」

「うん。これなら、すごく楽になりそう」

「へ~、驚いたなぁ! 人間の考えるものってすごいや! 」


 彼女たちは半信半疑で手伝ってくれていたが、ようやく、これが現実に、自分たちが一緒に作り上げたものなのだと実感が湧いて来たらしい。

 みなとても喜んでくれていた。


(これで、本格的な遠征に出れる! )


 穣司も、水やり装置の歓声が嬉しかったが、なによりも大きいのはやはり、金属を本格的に探しに行く準備が整った、ということだった。

 これで毎日水やりをする手間が省けるから、何日も出かけたとしても、帰って来れば野菜を収穫することができる。

 食べ物を確保しながらこの惑星を探索することができるのだ。


「待ていっ!!! 」

「うわっ!? 」


 笑顔で、みんなでハイタッチでもしようかとしていた時。

 辺りに突然響いた声に驚き、穣司は思わず辺りを見渡していた。


 声変わりはしているものの、少し高めな、男性の声。

 この開拓農場には何人ものケモミミたちが出入りしているが、まだ聞いたことのないものだ。


 姿は、見えない。

 穣司、ヒメ、ディルクの三人できょろきょろと探しているが、どこにもいない。


「なんだ? どこから聞こえた? 」

「どこにもいない? どこに? 」

「背の高いボクでも見つけられないとは……」


 だが、一人だけ、その声の主がどこにいるのかに気づいていた。


「みんな、上だよ、上!

 脱出艇の上! 」


 コハクが指さした先には、確かに、一人の人物が仁王立ちをしていた。

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