・4-2 第41話 「下準備」

 金属を探すために、何日もかけて遠征をしたい。

 そう提案した時、反応は二つに分かれた。


「わ~! 遠くまでお出かけ! 楽しそう! 」

「平原以外にもいろいろな場所に行ったことあるし、そこまでの案内ならボクに任せてよ! 」


 という好意的な意見と、


「う~ん? 畑は、どうするつもりなの? 」


 という、懐疑的な意見だ。


 二つ返事で遠征に賛成してくれたのはコハクとディルク、反対なのはヒメだった。


「だって、何日も離れていたら水をあげあれないでしょう?

 そうしたら、作物、枯れちゃうんじゃないかな? 」


 その指摘で、楽しそうにはしゃいでいた二人もはっとして困り顔になる。


「そ、そうだよ! お水をあげないと、みんな枯れちゃう! 」

「そっか~。気づかなかったなぁ」


 遠くに出かけるのを諦めるか。

 あるいは、作物を育てるのを諦めるか。


 このどちらも、選び難い選択肢だった。


 純粋に食料供給の問題だ。

 まだ携帯食料は余っているので、しばらく遠征する分は困らないのだが、備蓄をかなり使い果たしてしまうことになる。

 それでは今後の活動に支障が生じかねない。


 一回の遠征で、都合よく目的の資源を発見できれば良かった。

 だがこうした調査には失敗がつきものだ。

 資源というのは大抵土の中に埋まっており、都合よく地表近くに露出しているのは稀で、慎重に調査をしていても見落としてしまうことがあり得るのだ。


 おそらくは、何度も遠征をくり返さなければならなくなるだろう。

 そして今手元にある携帯食料だけでは、何度もそうした遠征を行うだけの余裕がなかった。

 つまり、食料の生産を並行して続けていなければ、一度失敗してしまっただけで[詰み]になってしまうのだ。


 ただ一回にすべてをかける、という賭けには出ることはできない。

 十万人の命が対価になっているからだ。


 もっとも、ケモミミたちが心配しているのは、「みんなで美味しいものを食べられなくなる」という点だろう。

 極論すれば、ここに多くの住人が集まって来ているのは、美味しい野菜を食べたいからなのだ。

 畑で作物を育てるのを止める、という選択は誰にもできないことだった。


 二手に分かれて、ということができれば一番良かったのだが、それも難しい。

 現状で、農業も鉱物の探索も、両方できるのは穣司だけなのだ。


「ねぇねぇ、手分けしてやるのは、どう? 畑をする人と、辺りを調べる人で別れるの! 」

「う~ん……。でも、ボクたちだけじゃまだ、うまく作物は作れないしなぁ……。金属を探すのなんて、さっぱりだし」

「それに、お留守番だけで、出かけられないのはちょっと、つまらないもの」

「そこで、ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだが」


 すっかり困り果ててしまっている三人に、穣司は提案する。


「自動で水やりができる装置を作りたいんだ。

 オレたちが出かけている間も勝手に畑に水をまいてくれるようなものを」

「ひとりでに水をあげられるもの?

 そんなものが作れるの!? 」


 コハクは目を丸くして驚いた後、キラキラと瞳を輝かせた。

 興味津々、といった様子だ。


「ああ。作れると思う。

 実はもう、アイデアはあるんだ。

 説明するから、ちょっとこっちに来てみて欲しい」


 そう言って手招きをすると、三人のケモミミたちはぞろぞろとついて来る。


「これを見てくれ。

 この装置を作る手伝いを、みんなにはして欲しいんだ」


 そこで穣司がコックピットのモニターに表示させたのは、畑を広げた時に備えて自動で水やりをできるように何パターンか考えて、簡単な図面を引いておいたもののひとつだった。


 自動散水機。

 水をくみ上げ、分配して、畑にまいてくれる。


 仕組みは、大昔に低い所から高い所に水をくみ上げていたやり方と似ている。

 まず、小川に水車を、近くに風車を設置する。


 かつて人類は水の流れる力を利用して水車を回転させ、動力にしたり水をくみ上げたりしていた。

 だがこの辺りには地形に高低差がなく、水流が穏やかであるため、風車を設置してその動力で水車を回転させ、水をくみ上げるのだ。


 くみあげた水は、高架式の水路を通して畑の近くに設置した水タンクへ流し込む。

 その水タンクからは周囲の畑に向かって小さな水路がのびており、時間経過とともに水がある程度溜まると水門が開き、自動的に畑に水が流れて行くような仕組みになっている。


 この装置をうまく調整してやれば、一日に一回、畑に水を与えることができる、手作りのスプリンクラーが作れるはずだ。


「……という仕組みのモノなんだが、みんな、手伝ってもらえるかい? 」


 自分で設計デザインした図面を指し示しながら、どういう理屈で動くのかを説明した穣司が視線を三人のケモミミたちへ向けると、———みな、困惑した表情を浮かべていた。


「ううん……、よく、わかんない……」

「人間の考えるものって、やっぱり、複雑……」

「こ、これで本当に、畑に自動で水やりができるのかい? 」


 そもそもこの惑星の住人たちは[機械]というものに疎い。

 気ままなその日暮らしをしていて、火を使う、ということも知らなかったほどなのだ。

 だからここで丁寧に説明をしてみても、ちんぷんかんぷんなのだろう。


「と、とにかく!

 遠征の下準備として、これは作らないといけないものなんだ! 」


 仕方がないので穣司は、力で押し切ることにした。


 これだけの装置、自分一人だけで作るのはあまりにも大変だ。

 材料集めや、実際の建設作業。

 彼女たちの助けが要る。


「せっかくだし、作ってみようよ!

 きっと、楽しくなるはずだよ。

 だってみんなで農業するのも、楽しかったでしょ! 」


 最初にそう言ってくれたのは、コハクだった。

 好奇心旺盛な性格をしているから、よくわからないものでもとりあえず作ってみたいというつもりになってくれたのだろう。


「まぁ……、これから、水やりをしなくて良くなるなら、やってみてもいいと思う。

 出かけている間も畑を続けるためには、必要みたいだし」


 続いてうなずいたのは、ヒメだ。

 楽ができるから、というのもあるし、最初に水やりの問題に気づいたから、その解決のための行為には前向きなのだろう。


「な、なんかおっかないけど……。

 みんながやるっていうのなら、ぼ、ボクも、お手伝いしようかな……? 」


 最後にはなったが、ディルクも賛成してくれる。

 機械というものにまだ警戒心を示してはいるものの、周りの雰囲気に流されて、という、やや消極的な同意だ。


 だが、穣司としては彼女の協力が一番ありがたかった。

 力が強い、というだけではなく、平原一の力持ちとして周囲に暮らしているケモミミたちから頼りにされている彼女は[顔が広い]。

 ちょっとした工事になるし、ケモミミたちにとって見慣れない装置が誕生することになるから、下手をするとまた警戒されてしまうかもしれない。

 しかし、ディルクから説明をしてもらえれば、理解も得やすいはずだ。


「それじゃぁ、さっそく取り掛かろう! 」

「おーっ! 」

「お~」

「お、おーっ」


 気合の入った言葉には、三者三様のかけ声が返って来た。

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