・4-4 第43話 「ハスジロー、見参! :1」

 そこに立っていたのは、一人の、ケモミミの青年だった。


 なかなか特徴的な外見をしている。

 瞳の色が左右で違う、オッドアイなのだ。

 正面から見て左がブルーグレーで、右が金色。

 冷徹な野生を感じさせる印象で、切れ長の双眸そうぼうは、今は険しく細められている。


 髪の色は黒を基調としているが、前髪の真ん中の部分だけが白く、そして長くのばしている。

 なんというか、自分がカッコよいと思うポーズを決めながら、やたらと難しい漢字を多用した呪文とかを唱え始めそうな、中二病っぽい見た目だった。


(シベリアン・ハスキーっぽいな)


 怒っているのか、やや伏せられたイカ耳の状態になっている犬耳を観察しながら、穣司はそのケモミミの姿から元になっていそうな犬種を推定する。


 そのハスキー耳の青年は、腕組みをして自身を見上げているメカニック・エンジニアに向かって、ビシッ、と手に持っていた長い物体を剣のように突きつけながら叫んだ。


「おい、お前、人間!

 その、不気味なものはいったいなんなんだ!?

 正直に言わなければ、このおいら、ハスジローがタダじゃおかないぞ! 」


 どうやらそのケモミミは、開拓団が完成させた散水装置が気に入らないらしい。

 本当に今にも、その手に持った得物を振り回して襲いかかって来そうな、激しい剣幕だ。


 だが、穣司はそんな様子は少しも気にならなかった。

 それよりももっともっと、気がかりでならないことがあったからだ。


 ハスジローと名乗った青年が、武器として手に持っているもの。

 細長い物体。


 その辺で拾って来た枝、などではなかった。

 どこからどう見ても、金属製だ。


 いわゆる、鉄パイプ。

 少々さびていたり曲がったりしてはいるものの、間違いなく、建設現場などでよく見られるものだった。


(金属……、鉄だ! )


 この、ケモミミたちが暮らす惑星には、人類文明とのつながりを感じさせるものは断片的にしか残っていない。

 人為的に品種改良されたとしか思えない植物の数々や、希少品でほんのわずかにしか出回っていない本。

 確かに関わってはいるはずなのに、宇宙船や都市といった、人間たちが築き上げていた高度な産業社会の遺物は、今のところほとんど発見できていなかった。


 だから、金属を探す、と言っても、穣司は鉱石を探すつもりだったのだ。

 自然界に存在する鉱物を製錬して抽出し、それを物質分解機に投入して、部品を作る。

 そういうのを考えていたのだが。


 今、まさに自分に向かって突きつけられている物体は、すでに精錬されているだけでなく、明らかに人為的に加工をされたものだった。


(えっ!? どういう、ことだ……っ!? )


 瞬時に穣司の思考は混乱し、言葉が出て来なくなる。


 金属の精錬などは、火を使いこなさなければできないことだ。

 それも、鉄の精錬には料理などに用いるレベルの炎ではなく、もっと火力の強い、千度以上を出すことのできる強力な熱が要る。


 火を使うことを知らないらしいケモミミたちに、果たしてそんなことができるのか。

 ましてやあんなふうに、丸い筒状に加工するという技術など、どこにあるというのか。


 おそらくは、———ない。

 この惑星の住人があんなものを作れるはずがない。

 もし自力で作ることができるとすれば、彼らは日常的に火を使いこなしているはずだったし、金属の素材を見て度々その光沢に恐れを成し、気味悪がることはないだろう。

 穣司が金属を探すためにいろいろと思い悩んだりする必要だってなかったはずだ。


 見ず知らずの相手から威圧されている。

 そんなことよりも、その手に握られている鉄パイプの方が、遥かに衝撃的であった。

 文明が栄えていた地球上ではありふれたものに過ぎなくとも、このケモミミの惑星では、なによりも貴重で希少な品なのだ。


「どうした!?

 答えろ、人間!

 お前はいったい、ここで何をしている!?

 ……それと!

 おいらの妹を返せっ! 」


 驚きと戸惑いの余り呆然となり、なにも反応を示せないことにイラついたのか、ハスジローは重ねてそう要求をして来る。


「さもないと、本気で痛い思いをさせるからな!? 」


 彼は、真剣にそう言っているのに違いない。

 そのことは分かったが、やはり、穣司は動けなかった。

 あまりにもショックが大き過ぎて、未だに立ち直れない。


「待って、ハスジロー兄さんっ! 」


 代わって前に出たのは、柴犬耳の少女、コハクだった。


「わたしたち、なにも悪いことはしてないの!

 ただここで、美味しい野菜を作ろうとしているだけなの!

 このおっきな機械だって、ひとりでに水を畑にまいてくれるもので、変な、怪しいものじゃないよ! 」

「コハク! 早く、その人間から離れろ!

 お兄ちゃんが守ってやる! 」


 どうやら二人は知り合いらしい。


(そういえば、お兄さんがいるって言ってたな……)


 混乱して緩慢かんまんになった思考の中で、穣司はおぼろげに、以前、始めて森をたずねた時にそんな話を聞いた、ということを思い出していた。


「コハク、あのおっかなそうな人と知り合いなの? 」

「うん。わたしのね、お兄ちゃん。

 といっても、本当の血のつながりはないんだけどね。

 ずっと旅に出ていたんだけど……」


 ヒメとコハクがひそひそと話していると、ハスジローはあらためて鉄パイプを突き出しながら叫ぶ。


「コハク! なにしてるんだ!?

 人間は危ない存在なんだ!

 早く、兄ちゃんのところに来るんだ! 」

「ま、待ってよ、ハスジロー兄さん! 」


 旅に出ていたというハスジローは、ここに四人で集まって農場を作ったのだ、ということをまだ知らず、人間は危険だ、という噂を信じ切っている様子だ。

 そのことに気づいたコハクは、穣司をかばう様に一歩前に出た。


「ここにいる人間さん、ジョウジは、悪い人じゃないの!

 いい人間さんなんだよ!

 わたしにいろいろなことを教えてくれたし、美味しいご飯も食べさせてくれるの!

 ハスジロー兄さんとも、絶対に仲良くなれるよ! 」


 一生懸命にそう訴えかけるが、———しかし、うまく伝わらない。


「コハク! お前は、ソイツにだまされているんだ! 」


 人間についての悪い風聞を信じ切っているのだろう。

 そう決めつけた青年は、ダンッ! と強く足場を蹴ると、鉄パイプを振り上げながら穣司をめがけて飛びかかって来た。


「お前みたいなやつは!

 おいらが、懲らしめてやるッ! 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る