・3-2 第30話 「疑問」

 畑を耕し終わったら、ヒメと一緒になって腐葉土を土に混ぜ込んで。

 森から持ち帰ったものをすべて使い切ると、土壌は今までとは明らかに違うものになっていた。


 なんというのか、色が濃い。

 そしてほのかに、森の土のにおいが漂って来る。


(こいつは、期待できるぞ)


 その様子を満足そうに眺めた穣司は、ふと、空腹を覚えて時間を確認する。

 携帯情報端末の表示によれば、現在時刻はこの惑星のちょうど正午くらいを指している。


 朝七時くらいから作業を始め、途中、何度も休憩を挟みながらだったが、五時間も働いていた計算になる。

 お腹が空いて当然だった。


「よし。それじゃぁ、昼ごはんにしようか」

「わぁいっ! やったーっ! 」

「ん。今日はなにを食べさせてもらえるのかな? 」


 道具を片付け、小川まで行って手をきれいに洗い、畑仕事の感想などを言い合いながらぞろぞろと脱出艇の内部に戻っていく。


「っと。ありゃりゃ、すっかり泥だらけだ」


 客席のシートに並んで腰かけ、用意しておいた携帯食料に手をつけようとした時、穣司は自分たちの服がすっかり泥で汚れてしまっていたことに気がついた。


「あ~、本当だね~。すっかり、どろんこ! 」

「ううん……。でもまぁ、楽しかったし……」


 コハクは汚れるのに慣れているのか気にした風もなく楽しそうに、ヒメは少し困り顔で、自分の衣服の様子を眺めている。


 ふと、気になった。


「そういや二人とも、服はいつもどうしているんだ? 」


 この惑星のケモミミたちは、ほとんど文明を知らない。

 火を使って料理をすることも、農業をして食料を生産することも。

 どうやら文字や本がある、ということは分かったが、それらは非常に珍しい貴重な物品であるため、まだ実物を見ることができていない。


 それなのに、やたらと身に着けている衣装だけは現代的というか。

 どこで手に入れたのかも気になるし、着替えなどをどうしているのかも知りたい。


 幸い穣司は衣服には困ってはいなかった。

 付加製造装置(3Dプリンター)に、周囲で採取した植物などの繊維を投入すると、基本的な下着や作業着などを出力することができる。

 今もそうやって調達した服を身に着けているし、脱出艇の脇には洗濯された衣服が干してある。


 だが、作れる衣装は限られている。

 3Dプリンターは便利だったが、データが無ければなにも作れない、という問題があるためだ。


 穣司はエンジニア・メカニック。

 機械のことなら一から図面だって引けてしまうが、服のデザインはできないのだ。

 そのために、今のところは元からあるデータの衣服しか作ることができない。


 しばらくはいい。

 春に相当する気候は過ごしやすく、服もこのままで事足りる。

 しかし、夏や冬になった時にどうなるのか。

 それぞれの季節に適した衣服が手に入るのなら、なんとかして手に入れたかった。


「服をどこで手に入れたか、って? 」


 にこにこ顔で食料にかじりつこうとしていたコハクが、不思議そうに首を傾げる。

 それから、困った顔でヒメと顔を見合わせた。


「どこで、って言われても……、ねぇ? 」

「ん。だって、気づいた時にはもう、コレ、着ていたし」

「……え? 」

「だから、気がついたらもう、この服を着てたんだってば」


 きょとんとした顔で穣司は呆けてしまう。


 衣服というのは普通、材料から製品を製造する工程を経て、流通網に乗せられ、ようやく使用者の下に届く、というプロセスを経ているはずだった。

 しかし、ケモミミたちの間ではそういうのがないらしい。


「いや、だって、さ。

 仕立て屋さんとか、そういうのがいるんじゃないのかい? 」

「「シタテヤ? 」」

「体のサイズに合わせて、好きなデザインで服を作ってくれる人だよ。

 ……え? そういう人、いないの?

 本当に? 」

「しらな~い」

「聞いたこと、ないよ」


(……訳が分からん)


 穣司は段々と頭が痛くなってきたような気がした。

 彼女たちの反応から察するに、身に着けている衣装は気がついたら着ていた。

 つまり、物心ついたころからずっとこの格好だった、と言っているように聞こえたからだ。


「いや、気づいたらって……。

 あの、子供だったころとかって、どうしていたんだ? 」

「こども? なにそれ? 」

「いや、二人がもっと小っちゃかった時、っていうかさ」

「わたしたち、ずっとこの大きさだよ? 」


 イマイチ話がかみ合わない。

 穣司は眉間のしわを深くし、コハクは怪訝けげんそうに首を傾げる。

 こほん、と咳払いをしたのは、ヒメだった。


「ジョウジ。私たちケモミミは、人間みたいに赤ん坊、子供から育つわけじゃないの。

 生まれた時から私たちくらいの姿で、気がついたらそこにいるものなの。

 後は、人間よりもゆっくり、年を取っていくみたい」


 本を読んで人間についてある程度知っているから、彼女にはどうして目の前の男性がこんなに戸惑っているのかが理解できたらしい。


「本格的に頭痛がして来たぞ……」


 穣司は険しい表情でうつむき、指先で額の辺りを抑え込んでいた。


 彼自身、生まれた時は赤ん坊であったわけではない。

 すでにある程度成長した状態、いわゆる「物心ついた年齢」で培養槽を出された。


 気づいたらそこにいた。

 しかも、十代の半ば程に見える年恰好で。


 穣司自身の出自を考えればこれはそこまでおかしなことではないのかもしれない、とも思うものの、あまりにも不自然なことだった。

 成熟した状態で生まれて来るというのなら、そこまで成長させてくれる仕組みなり、装置なりがあるはずなのだ。

 しかし、人類文明の痕跡がほとんどないこの惑星のどこかにそんな機械があるとは思えない。


(いや、どこかにあるのか……? )


 すぐにそう思い直す。


 現実に合わせて考えるのならば、ない、というこれまでの印象にこだわるよりも、見つけられていないだけでどこかにはあるのかもしれない、と考えた方が合理的だ。


(だとすると……、どこに?

 そして誰がやってるんだ? )


 それ以上のことはなにも、わからない。

 結局は、推論を組み立てようとしても情報があまりにも少なすぎるのだ。


「ねぇ、ジョウジ。

 お腹すいちゃった。早くごはんにしようよ」


 うんうん唸りながら悩んでいると、コハクが不満そうにそう言って来る。

 腹ペコなのになかなか食事にありつけないこと、そしてまたもヒメが自分の知らないことを知っている様子なのが不服、という様子だった。


「あ、ああ。すまん。

 とりあえず食べようか」


 それで思考を切り替えた穣司は、しかし、作り笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。


 ケモミミたちの暮らす惑星に不時着して何日も経過していたが、まだまだ、分からないことだらけ。

 疑念は増えて行く一方だった。

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