・3-3 第31話 「初めての豊作:1」

 この、ケモミミたちが暮らしている惑星は奇妙だ。

 自転速度も、恒星の周りを周回する周期も、夜空に一つだけ月が浮かび、満ち欠けするところも。

 地球とよく似ているのに、ほんの少しだけズレている。

 そして、文明の痕跡がほとんど見られないのに、ところどころ、やけに現代的な部分が散見される。


 人間となんらかの関りがあった、ということはもはや疑いようもなかった。

 文字や本があり、穣司も覚えているネタが、やや誤った形ではあるものの伝わっている。

 しかも、言葉まで通じるのだ。


 これを、宇宙の神秘や、偶然の一致、と言うのは無理がある。


 そしてなにより奇妙なのは、ケモミミたち。

 彼女たちは一般的な生物とは異なり、誕生から成長、というサイクルから外れている。


 気がついたらそこにいたという話を聞いたが、これが一番、理解しがたい。

 なにもない所に突然発生したか、何者かが何らかの方法で記憶を混濁こんだくさせる方法を用いているとしか思えない。


 こんな惑星が存在しているとは、今まで聞いたこともなかった。

 ということは、ケンタウリ・ライナーⅥがAIの反乱によって遭難し、脱出艇に乗り込んだ穣司が冷凍睡眠コールドスリープされている間に生まれたのか。


 何らかの原因で異世界に転移してしまって、という、冗談で考え付いた可能性も、捨てきれない。

 この星のあり様は地球と似ているのに、あまりにも突拍子がないというか、ちぐはぐだ。


 思考が混乱し、もしかしたらこれは、冷凍睡眠ポッドの中で長い眠りについている自分が見ている、夢なのではないか、とさえ思えて来てしまう。


 だが、目の前にあるのは、穣司にとってあまりにも真実味を持った現実としか思えないものだった。


 感じる重力も、呼吸をするたびに膨らむ肺の感触も、心臓の鼓動も。

 すべてが本物であると信じられる。

 そして、運動をすれば汗をかき、日に当たれば日焼けをし、やがて喉が渇き、空腹になる。


 正体の見えてこないケモミミたちも、実際に存在している。

 彼女たちとする会話、触れる柔らかで暖かな感触は、確かなものだ。


(とにかく、生き延びるんだ)


 穣司はそのことを強く考えることでどうにか正気を保っていた。

 増える一方の疑問を解消することも、遭難している十万人の乗客を救うという目的も、すべて、生存サバイバルしなければ達成できないことであるのに違いないからだ。


 そのための第一のステップ、スタートラインは、食料を自給できるようになること。

 そうして初めて、この惑星の本格的な調査を開始する基盤を整えることができる。


 コハクに案内してもらった森で採取した腐葉土を祈るような気持ちでまいた畑。

 そこに作物の植え付けを行った後、穣司はこれまでにないほど丁寧に、入念にその手入れを行った。


 毎日、朝と晩に必ず土壌の水分の状態と含まれる成分の変化をチェックし、不足があれば水やりをし、さらに堆肥を加える。


 成長が早い分、水分も養分も消費が激しかったが、水やりは一日に一回、堆肥もしくは肥料を与えるのは作物を植え付ける時だけで良い、と分かったのは前進だった。

 朝に水やりを済ませればその後はほぼ一日自由に時間の使い道を決めることができるし、イチイチ肥料を採取するために駆け回る必要がないからだ。


 日々観察しているから、植物たちの成長の度合いがこれまでとはまるで違う、ということが良く分かった。

 のびる葉に勢いがあり、色が濃くて瑞々しいつやがあって、力強い。

 土の中の根もしっかりと張って、実がどんどん大きくなっているようだ。


 そうしてついに、収穫の時を迎えた。

 もっとも早く、六日で成長しきるカブが食べごろになったのだ。


「うおおおおっ! なんだ、重いぞ!? 」

「うんしょ! うんしょ! なにコレ、すっごい! 」

「わ、私も手伝う、から! 」


 腐葉土を使う以前に育てていたカブは、一見、大きく育っていても弱々しく、簡単に土から引き抜くことができたのに。

 よほどしっかりと根が張っているのか、穣司が両手と両足を踏ん張って引き抜こうとしても抜けず、その腰にコハクが手をかけて一緒になって引っ張ってもダメで、ヒメが加わってようやく収穫することができた。


「ぬわぁっ!? 」

「ひぎゃん!? 」

「あわわっ!?」


 急にすっぽ抜けたので、その勢いでドミノ倒しのように倒れてしまう。

 猫耳の少女は素早く身をかわしたが、柴犬耳の少女はしっかりと抱き着くようにして力をかけていたので、もろに巻き込まれていた。


「……やった」


 頭上にかかげられた、立派に育ったカブ。

 青々とした葉がたくましく育ち、白い実はふっくらと大きく丸く膨らんで、その先には土中の深い所にまで達していた根が長くついていた。


 よく晴れた青空の中で、黒々とした土をまとったカブは、光輝いて見えるほどに生命力に満ちている。

 そしてなにより、———重い。

 スカスカのスポンジなどではなく、ジューシーな実がたっぷりと詰まっているのに違いない。


 思わず、口元に笑みが浮かぶ。


 ついに。

 ついに、やったのだ!


 それは、この惑星に流れ着いてからようやく実現した、豊作であった。


 実を言うと穣司は、こういった作物の実際の姿を見たことがなかった。

 宇宙で船員として活動していた時はもちろん、地球の養護施設で育てられていた時でさえ、見たことがあるのはすでに食料として加工されたものだ。

 畑から収穫されたばかりのものを見たこともなければ、触ったことなどあるはずもない。


 だが、確信がある。

 地球で農業を営んでいた人々もきっと、こんな風に育ったカブを収穫していたのに違いない。


 じんわりと、胸の内で震えが広がる。

 それは、歓喜だった。


(農業って……、すげぇ! )


 そのことを実感する。


 地球で暮らしていたころ、宇宙に憧れていた穣司には不思議でならなかった。

 食べ物であれば、工場でいくらでも、高品質で安全なものが生産できるのに。

 どうしてそんな時代になってまでも、世の中には地に足をつけた畑を耕し、地球の土で作物を育てている人々がいるのかと。


 地球産というブランドには高値がつくから、あるいは過去の人間の暮らしぶりを懐かしんでのことだと、そう解釈して、理解したつもりになっていた。

 だが、それは違っていたのだろう。


 今ならば、きちんと分かる。

 自分で手塩にかけて育てた作物が、しっかりと実ってくれる。

 己の努力が、形になる。


 その喜びを知り、とりこになったからこそ、人々は農業を続けていたのだ。


「ジョウジ……、重いっ……」


 感動に酔いしれていると、背後から、潰されたようなコハクの声が。


「っと。ご、ごめん! 」


 それでようやく柴犬耳の少女を自身が下敷きにしてしまっていたことに気づいた穣司は、慌てて身体をどけていた。

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