:第3章 「ご近所づきあい」
・3-1 第29話 「土づくり」
生き延びて、今も宇宙空間を漂流し続けている十万人の乗客を救う。
そのために始めた惑星の開拓は、最初、一人きりの孤独なものだった。
だが、いつの間にか人数が増えた。
穣司のやることに興味を持ち、最初は人間のことを警戒していたものの、すっかり打ち解けた柴犬耳の少女・コハク。
過去に存在したネタ看板を真に受け、人間なら自分のことを無限にちやほやしてくれるのではないかと勘違いしてやってきた猫耳の少女・ヒメ。
「よっこい、せっ! よっこい、せっ! 」
共に暮らす仲間が増えたことで、クワを振るう両手にもより一層、力がこもっている。
一緒に耕して育て、収穫して、みんなで食べる。
それは、ただ一人で、淡々と目的のために
肉体労働だから、なかなか辛い。
パワードスーツを利用すればもっと簡単なのだが、現在確保できている電力は限られているため、バッテリーで動くものをそう気安くは使えない。
生身の肉体の筋力が頼みだ。
「わっせ! わっせ! 」
穣司の隣では、身体の大きさに合わせて一回り小さいサイズのクワをコハクが楽しそうに振るっている。
彼女にはどうやら、人間のやることなすことなにもかもが新鮮で真新しく見えていて、二人で一緒になって作業をすることが楽しくてしかたがないらしい。
長い柄の先に薄い板状の刃がついた、土を深く掘り起こすための道具であるクワを使って、ザック、ザック、と土を掘り起こしていく仕事のことも、気に入ってくれているようだ。
「おう、コハク。あんまり無理はしないでくれよ?
やり過ぎると、手の皮がむけてしまうからな? 」
「えっ、なにそれ!?
おっかないんだけど!? 」
「まぁ、休み休みやれば大丈夫さ。
というわけで、休憩にしよう」
慣れていない者がクワを振るうと、手にはすぐにマメができてしまう。
それに気づかずに振るっているとその内に皮が裂けてしまうから、大変だ。
作業に慣れて来ると手の皮が分厚く、頑丈になって段々と平気になっていくのだが、今はまだ注意しながらやった方がいいだろう。
手袋はしているが、念のため、だ。
穣司はコハクを気づかい、いったん手を止める。
人数が増えたことで畑の面積を広げなければならなくなったが、この惑星の作物は異様に育つのが早く、短いサイクルで作づけと収穫をくり返すことができる。
だから焦って作業を進める必要もないのだ。
「ねぇ、ジョウジ。
腐葉土を混ぜるのって、こんな感じでいいの? 」
クワを地面に立ててその柄によりかかって休んでいると、力仕事が苦手だ、ということで、耕した後の畑に腐葉土を混ぜ込む仕事を任されていたヒメがたずねて来る。
昨日森から持ち帰った堆肥を小さなシャベルですくい、それを耕した畑にまいて、土とかき回してしっかりと混ぜ込む。
力は要らないが、地味で根気のいる作業だ。
今、行っているのは土づくり。
肥料をやるのとは違って、土そのものの性質を改善することを目的としている。
腐葉土を混ぜることで土には不足していた栄養素が加えられ、さらにふかふかの柔らかな土になってくれる。
きっと、そこに植えられた作物は元気に根を張り、大きく、そして美味しく、育ってくれることだろう。
「ああ。多分、そんな感じでいいと思う」
「たぶん? 」
「いや、すまん。
オレ、専門はメカニック・エンジニアで、農業のことは雑誌で読んだくらいのことしか知らないんだ」
「ふぅん……? そうなんだ。
本当にこれでうまくいくのかな? 」
「何度か試しながら、うまく行くまで調整するのさ」
やや不安そうに表情を曇らせ、眉を寄せるヒメに、穣司は肩をすくめながら苦笑して見せる。
正直なところ、実際にやってみて、何度も繰り返し、成功する方法を探る以外には思いつかないのだ。
その点、この惑星の作物はなんとも都合がいい。
種をまいてから成長して収穫できるまでが短く、チャレンジする回数をたくさん増やすことができるからだ。
おそらく、短期間で成長するように品種改良をされたものなのだろう。
それも古くから行われていた交配による何世代もかけての改良ではなく、遺伝子操作によって望ましい適性を持たせた、人為的に生み出された品種なのではないかと思われる。
元々地球上に存在したものではなく、宇宙空間の工場で急速栽培するのに使われていたものが、この惑星に何らかの原因で根づいて、生き残っているのかもしれない。
人間は間違いなくこの惑星に関わったことがある。
ずっと以前にいなくなってしまったらしいが、断片的に、誤った形でケモミミたちに伝わっている風分や、本などがあることから、それは確実だろう。
きっとその際に持ち込まれた植物の生き残り。
あるいは、テラフォーミングなどを実施する際に選ばれて植えられたのかもしれない。
あれからヒメにたずねて分かったことだが、この惑星の季節は地球と同じで四つあり、だいたい均等な長さで切り替わっていくのだという。
ワンシーズンを九十日と仮定すると、六日で育つカブならば合計で十五回は植え付けを行うことができる。
実際には作業の都合や諸々の用事があってその通りにはならないだろうが、その間にトライ・アンド・エラーをくり返していけば、やがて正解にたどり着けるはずだ。
同じ畑で何度も同じ作物を育てると連作障害というものが起こって、せっかく植えてもダメになってしまう。
そのことは心配だったが、とにかく試してみなければ、対処が必要なのかどうかも分からない。
「よし。休憩おわり!
さ、耕すぞ~」
「は~い! 」
(大丈夫だ。
段々、状況は良くなっているはずだ)
そう自分に言い聞かせた穣司はまた、コハクと一緒にかけ声を出しながら畑を耕し始めた。
腐葉土によってしっかりと栄養を補った土で、作物がどこまで育ってくれるのか。
もしこれでうまく行けば、この惑星での暮らし向きが格段に良くなるだろう。
新鮮な野菜をお腹いっぱい食べることができるし、生活が安定すれば、生きるためだけに費やす時間を減らして、もっと他のことに振り向けることができるようになる。
もし失敗したとしても、一歩前進だ。
この方法ではうまく行かない、ということがはっきりとするのだから、今度は別のやり方を試せばいい。
あらたに得られる腐葉土を加えた土壌の栄養状態の変化といったデータは、必ず役に立ってくれるはずだった。
そうやって前向きに考え、挑戦し続ければ、いつかは成功を手にすることができる。
それを信じて穣司はクワを振るい続けた。
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