・2-7 第26話 「ネコと和解せよ」
貴方を、今から私の下僕にしてあげる。
「え? ……はい? 」
そんな、戸惑いの言葉しか出てこない。
まるで意味が分からなかった。
唐突にあらわれて、何者なのかも知らないのに、いきなり下僕だ、などと。
しかし、猫耳の少女はそれが自分にとって当然の権利であると思っているかのように、堂々としている。
「ん」
そしてじっとこちらを見上げ、両手を差し出してくる。
まるで、自分のことを抱き上げろ、とでも要求している様子だった。
「ちょ、ちょっと! あなた、いきなりなにを言ってるの!? 」
呆気に取られている穣司に代わって怒りの声をあげたのは、コハクだった。
「いきなり出てきて、急に下僕だ、なんて!
大体、わたしたち自己紹介もしてないでしょ!? 」
「私は……、ヒメ」
そこでようやくそのことに気づいたのか、三毛猫模様の猫耳少女はジト目を向け、またも唐突にそう名乗った。
「わたしはコハク!
それはいいけど、なんでジョウジを下僕にするだなんて言うの!? 」
「だって、人間はそういうものなんでしょ?
こうやって箱の中で待っていると、やって来てくれて、ネコの下僕になってくれるの」
「なんなの、それ?
聞いたことないよ! 」
双方には大きな認識の相違があるらしく話がイマイチかみ合わない。
コハクはあからさまに警戒心をむき出しにし、ぐるるるる、とうなり声を立てて
相変わらずマイペースで、堂々としている。
「ええっと……、どういうこと? 」
ようやく穣司がそうたずねると、猫耳の少女は小さく、不思議そうに首を傾げた。
「だって、地と人はネコのもの、なんでしょう? 」
「……んん? 」
「ネコを恐れ敬え。ネコの国は近づいた」
「お、おう? 」
「ネコへの態度を悔い改めよ。ネコと和解せよ。……じゃ、ないの? 」
(どっかで……、どっかで、聞いたことあるな~)
ヒメがくり返したフレーズに、なんとなくだが覚えがある。
(そうだ……、なんか、看板を元にしたネタがあったな! )
ようやく、思い出す。
確か地球にいたころに聞いたことがある、旧いネタだった。
黒塗りの下地に、明るい黄色の文字で書かれた看板。
元々はとある宗教の思想信条を示すために掲示されていたものだったが、その、[神]という漢字の一部を塗りつぶすと[ネコ]になることから生まれた、いわば言葉遊びのようなものだ。
なぜ、それをヒメは知っているのか。
それはよくわからなかったが、とにかく彼女は信じ込んでいるらしかった。
「あ~、その、実に言いにくいことなんだがな」
「な~に? 人間さん? 」
「それ、ネコと和解せよ、うんぬんってさ」
「うん。心からネコを信じなさい、なんでしょ? 」
「それってさ、嘘なんだ」
「ウソ? ……嘘? 」
「そう。なんていうか、本当はネコじゃなくて、神様のことでさ。
それで、神、っていう文字の中に、ネコ、っていう形が含まれているから、それをネタにして、みんなで遊んでいただけなんだよ」
「神=ネコ、ではなかったの? 」
「う~ん、それは……」
穣司は少し言いよどむ。
神とネコは、彼にとってはイコールではない。
しかし、ある人にとってそれは真実であった。
世界のどこかには実際に猫を神の一種、あるいはその使いとして厚く信仰していた地域もあるし、そうでなくとも、猫が好きでまるでこの世のすべてであるように慕っていた人間だっていた。
私生活では、なにを置いてもまず、猫が最優先。
猫のためならあらゆる苦難を惜しまない。
そういう、猫が好きで好きで、たまらない人たちは確かに存在していたのだ。
だが、自分はそうではない。
どちらかといえば……。
「すまない。オレは……、どっちかっていうと、犬派なんだ」
「ジョウジ! やった~ぁ! 」
「そ、そんな……、ばかな……」
そのカミングアウトに、コハクは心底から嬉しそうな笑顔になって穣司に横から飛びつき尻尾をブンブン振り回し、ヒメは驚愕に
「あ~、まぁ、そういうワケだから、下僕になるのは無理、かな」
「むぅ……」
嬉しそうに頬ずりして来る柴犬耳の少女の頭をぽんぽんと軽く撫でてやりながらそう言うと、猫耳の少女は不服そうに頬を膨らませる。
「私の、なにが不満? 」
「なにが、って……」
「ほら、見て」
ヒメはあきらめきれないらしい。
その場に立ち上がると、片足を軸にしてくるん、とその場で一回転して見せる。
白い、清楚な印象のワンピースのすそがふわりと揺れ、よく手入れされているのかつややかな毛並みが日差しを浴びてきらりと輝いた。
「どう? かわいい、でしょう? 」
「いや、そりゃ、かわいいけどさ……」
実際のところ、ヒメは愛らしい外見をしている。
こう、なんというのか。
うまく言い表すことのできない、人間を引き付けるような魔力をまとっているような、というか。
思わず、撫でたい、もふりたい、という欲求が湧き上がってくる。
「いでっ」
するとそのことを察知したのか、コハクがしがみついていた腕に力を込めた。
どうやら
ジト目で、「さっき、犬派だって言ったよね? 」と、訴えかけて来る。
「さぁ~! ネコを、私をあがめるのです~! 」
同様に心の揺らぎを察知したのか、ヒメはアピールするように両手を天に向かって広げ、畳みかけて来る。
「この私の、下僕になれば~。
毎日、私を
もふり放題~」
ゴクリ、と、思わず生唾を飲み込む。
ちょっといいな、と思ってしまったのだ。
実を言うと、コハクはあまりスキンシップを許してくれない方だった。
これまで、密かに頭を撫でたいとか、ケモミミを触りたいとか、穣司はそう思うことがあった。
だが出会った当初から自立心が
今のように自分から来てくれた時は別なのだが。
それでも、好きな時に撫でさせてもらったりはできないのだ。
しかし、ヒメは違う。
最初からそういったスキンシップを、全力で
ただし、代償としてその下僕にならなければならないらしい。
「ううううう~っ! がるるる~! 」
コハクは警戒心を一層強め、激しく
一触即発。
いつ、ケンカになってもおかしくなさそうな雰囲気だった。
だがその時、くぅ、と、腹の虫が鳴る音がする。
するとヒメはやや頬を赤らめながらその場にうずくまっていた。
「ごめんなさい……」
それに思わず吹き出して笑ってしまった穣司は、肩をすくめながら言った。
「とりあえず、中で話そうか。
お昼ご飯くらいは、おごってあげられると思うし」
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