・1-10 第18話 「雨:1」
この、名も知れない惑星に不時着してから初めて経験する、まとまった雨だ。
ザー、ザー、と降り注いでいる。
普段なら地平線が見えるはずなのにすっかり
「毎日降ってくれたら、水やりの手間がなくなっていいんだけどな~」
雨が降る様を、穣司はコックピットのパイロット・シートに腰かけながらキャノピー越しに見上げている。
静かだ。
雨粒が窓や脱出艇の艇体、地面に絶え間なくぶつかる音で他の音はすべてかき消されてしまい、それ以外はなにも聞こえてこない。
不意に眠気がこみあげて来る。
農作業をした後だったし、気温は適度に涼しく快適。
よく眠れそうだった。
≪ジョウジ。あの、ご報告が≫
「……んぁ? なんだい? 」
≪どうやらまた、例の獣人の方がいらしているようです≫
目を閉じ、シートに深く身体を預けて眠りに落ちて行こうとしていた穣司に、脱出艇のAIが遠慮がちに声をかけて来た。
「例の獣人? コハクさんのことかい? 」
≪雨のために不明瞭ですが、当艇の近傍にて歩行と思われる反応を検出しました。
これまで他に近づいて来るこの惑星の住人の方はいらっしゃいせんでしたので、おそらくはそうかと≫
「まさか。こんな雨の日に? 」
穣司は
収穫作業のために自分はずっと地面の方を見ていたから空模様に気づかなかったのだが、コハクはそうではないはずだ。
雨が降りそうだったらすぐに気がついただろうし、どこかに安全に休める家もあるのだから引き返すのに違いない。
「でもまぁ……、反応はあった、んだよな? 」
≪
しかし、たずねるとはっきりとした返事。
脱出艇は多くの機能が失われていたが、ここまで明確に主張するのだから、実際になにか起こっていることは間違いなさそうだ。
「いよぅし、とりあえず、確認だけはしてみるか。
ところで、雨の成分はどんなだ? 出ても問題はなさそうか? 」
≪
若干の汚染物質を検出しましたが、こちらは、当艇のボディに付着していたものに由来すると推定。
雨をシャワーに使っても問題ありませんよ、ジョウジ≫
「ははは。確かに、ここしばらくは身体を
AIのジョークに思わず笑いつつ、席を立つ。
もしコハクが近くまで来たのなら、きっとどうしても外せない用事か、よほどの事情があるのに違いない。
そう判断した穣司は、外に出てみることにしていた。
相変わらず雨は勢いよく降り続けている。
もう何時間か、おそらく日が暮れるまではやまないだろう。
「これじゃ、すぐにズブ
遠出をするのはやめておいた方がいいと分かる。
こんな状態で遠出をしたらきっと、迷子になってしまうだろう。
人工衛星を利用して現在位置を割り出す便利なシステムであるGPSが使えればよかったのだが、この惑星にそういったものはないらしい。
視界が
「とりあえず、ひと回りだけするか」
あまり雨に
反応は近くであった、ということなので、脱出艇の周囲をひと周りすれば見つかるだろうと思い、駆け出す。
すぐに、AIの言った冗談の通りにした方が良かったのではないか、と思えた。
「ぬわーっ、雨って、こんなだったんだな! 」
駆け足で進んでいくが、バシャバシャと降りかかる雨粒のせいですぐに上半身が湿り、重くなる。
額を伝って流れ落ちた水が、目にまで入って来そうな勢いだった。
地球で暮らしていた頃に何度も雨には遭遇したが、長い宇宙での船員生活ですっかり忘れていた。
強い雨の中に出ると、すぐにびしょ濡れになってしまう。
ただ、冷たくはなかった。
周囲の気温よりもほんの少し温度が低いかな、という程度。
短時間だけ浴びるのなら、本当にシャワーにちょうど良さそうだった。
といっても、長く浴びていれば風邪を引いてしまうだろう。
もしコハクが近くに来ているのなら、雨宿りでもしていってもらった方が良さそうだ。
そう思いながら脱出艇を半周ほどして、そこに誰かがいないかを確認するために立ち止まった時。
「くしゅん! 」
小さなくしゃみ。
コハクの声だ。
きょろきょろと辺りを見回してみたが、すぐには見つけることができなかった。
なぜなら彼女は、脱出艇から外れたボディパネルの下に隠れていたからだ。
雨宿りをしていたらしい。
「おいおい、コハクさん! 大丈夫かい? 」
「あっ……、人間さん。や、やっほ~」
のぞき込んで声をかけると、それに気づいて顔をあげたコハクは笑顔を作って見せたが、その身体はカタカタと小刻みに震えている。
身に着けている衣服は、ぐしょぐしょに
おそらく、雨が降り始めてから今までずっと外にいたのだろう。
「ここにいたんじゃ、風邪を引いちまうよ。
とりあえず、中に入りな! タオルで拭いて、乾かさないと! 」
「う、うん……。で、でも……」
穣司の顔を見て少しほっとした様子だったが、コハクは困った顔をして言いよどむ。
「でも? 」
「だって……。人間は、怖い、し……」
普通に話をしたり、一緒に食事をしたりすることには、慣れた。
だが脱出艇の中に、———彼女にとっては完全に未知の、高度な機械の塊の内部に立ち入ることはまだ、抵抗があるらしい。
どう説得をしようか。
なぜコハクがこんなに雨に打たれてしまったのか事情はよく分からなかったが、このままでは確実に体調を崩してしまうだろう。
そう考えた穣司は、———考えることをやめた。
「そんなことを言ってる場合じゃないだろう! 」
「わっ!? 」
説得している時間も惜しい。
少しでも早く、身体を乾かした方がいい。
そう考えた穣司はコハクの手をつかんで強引に引っ張りだすと、背中と膝の裏に手をまわしてひょい、と抱きかかえていた。
「きゃ、きゃーっ!!! ケモミミさらいーっ!!! 」
「あっ、こらっ、大丈夫だって! それより早く暖かくしないと、本当に風邪をひいちまうだろうがっ! 」
柴犬耳の少女はジタバタと暴れるが、そうやって叱られるとしゅん、とうなだれる。
彼女自身、このままだと大変なことになるとは分かっていたのだろう。
「まったく。よく降るなぁ! 」
大人しくなったコハクを抱きかかえたまま、穣司は急いで脱出艇のハッチへと駆けて行った。
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