・1-9 第17話 「二度目の収穫」
コハクと出会ってから一週間以上が経過しようとしている。
どうやらこの惑星に暮らすケモミミたちの間には、[日]という概念はあっても、[週]という概念はないらしい。
七日で一区切りにしているんだよと話したら、「人間は変なことをするんだね~」と驚かれてしまった。
(便利だと思うんだけどなぁ……)
七日周期というのは元々、月の満ち欠けの法則性や、宗教的な考え方などが合わさって決められていたものだった。
それに従って生活リズムを刻んで来た穣司からすると、そういった概念の無い暮らしというのは、少し想像しづらい。
コハクたちケモミミたちは、この惑星でのんびりと暮らしているようだ。
一週間、二週間、などという区切りなどなく、厳密な予定を立てることもせず、その日の気分や天候を見ながら気ままになにをするかを決める。
(ある意味、理想的なのかもな)
時間など気にせず、やりたいことだけをやる。
規則やノルマに縛られた生き方をして来た身からすれば、なんとも羨ましい暮らしぶりだった。
時間が経過したおかげで、穣司が耕している畑は二回目の収穫を迎えようとしていた。
成長するのが早いカブが二巡するのだ。
「やっぱ、だめか~」
期待はしていなかったから、切り分けてみた実がやはりスカスカなのを見てもさほど落胆はしなかった。
もしかしたら、見た目は大きく成長していても、本当はもっと時間をかけないと成熟しないのかもしれない。
そう思って前回、少し残して畑に植えたままにしておいたカブも収穫してみたのだが、こちらもやはり中身はスポンジのようだった。
それどころか、少し大きくなり過ぎている。
膨らんだ根が膨張に耐えきれずに破裂し、割れてしまっていた。
「根本的に見直さないとな……」
どうしてこんな風になってしまうのか、原因はわからない。
だが、なんとか実の詰まったものを栽培できるようにならないと、十万人の乗客を救うという目的を果たす前に穣司が倒れてしまう。
できるところから通信機器の確保や船体の修復は進めているのだが、このままでは年単位で時間がかかりそうだった。
自活に必要な道具類の製造を付加製造装置(3Dプリンター)にやらせたりもしているから、その分余計に手間取っている。
しかも、高度な機器を生産するためには材料を集めなければならないのだが、それも不足していた。
元々軽微な損傷なら自力で直せるように、という程度の目的で搭載されていた、本当の産業用の工作機械ではない小型の3Dプリンターだから、最初から備わっている材料には限りがある。
その材料を集めるために、探索の範囲を広げたい。
広げたいのだが、皆周りの生存環境を整えられない内は、遠出する余裕などとても作れそうにはなかった。
穣司だけなら、それでも困らない。
コハクや、ケモミミたちと一緒に、気ままな生活を送ればいいのだから。
だがそれでは、十万人の乗客を救う、という使命を果たすことができない。
「とりあえず、水をやる頻度をあげてみるか……。
それと、どこかから
あらためて土壌の状態を測定し、畑に含まれている水分の消費が異様に大きいこと、含まれる養分が不足していることを確認し、穣司はその改良に着手することを決める。
この惑星の作物は、成長がとても早い。
それだけの速度で育つのだからきっと、水分や養分をたくさん必要とするのではないか。
そういう推測だ。
水は、とりあえずなんとかなりそうだった。
近くで見つけた小川は穣司が使う分には十分すぎる水量があって、往復する手間はあるがそこから
しかし、
これはまったく入手する手立てがなかった。
宇宙を主な生活空間として活用し始めた時代の人類は、水耕栽培を多用していた。
完全に管理された人工的な工場で、含まれる栄養素を完璧に調整された溶液を用いて品種改良された作物を急速に成長させる。
この惑星上で農業を行うなら、それと同じ方法は取れない。
水耕栽培のための施設を準備できないからだ。
もっと古い時代の、地球上で行われていた方法をマネする方がより適しているだろう。
地球上で行われていた農業では化学肥料が多く使用されていたが、ここにはそういったものを生産する設備もないから手に入らない。
だとすると、頼りになるのはいわゆる有機肥料や
家畜の糞や植物を自然の力を借りて発酵させ、植物の育成に必要な成分を豊富に含ませたものだろう。
それなら、今の穣司でも作ることができるし、手に入れられるかもしれない。
たとえば森の土壌で、長年落ち葉が降り積もり、それらが分解されることで形成された腐葉土などは、痩せた土壌を改善するための良い
開拓を始めたばかりの農場にぜひ欲しい所だ。
辺りは見渡す限りの平原だから、まずは森を見つけなければならない。
「ちょっと無理をしてでも、遠出をしないとダメそうだな……」
二度目のカブの収穫を終え、残念な出来栄えになってしまった作物を並べて見下ろしながら、穣司はそう呟く。
なんとか生活の基盤ができるまでは、と思って遠出しての探索は見送っていたのだが、携帯食料にまだ余裕がある内に無茶をしておかないと、今後は立ち行かないかもしれない。
そう考えていた時のことだ。
ぽつ、ぽつ、と雨粒が落ちる音がし始める。
「おっと。こりゃ、今日はもう
空を見上げると、いつの間にか厚い雨雲に覆われてしまっていた。
そしてそこから水滴が落ち始めている。
すぐにまとまった雨になるのに違いなかった。
うまく行かないのは分かっているが、ダメ元で三回目の収穫のために種をまこうか、などと考えていたのだが、これではまともな作業にならないかもしれない。
仕方なく、今回収穫できたカブを拾い集めた穣司は、雨を避けるために脱出艇の中に逃げ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます