・0-2 第2話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:2」

 船長キャプテンから直接ブリッジに呼び出されてしまった穣司は、「よっ! 」とかけ声を発しながら無重力の中で器用に体の向きを変え、身に着けている作業服のスラスターを短く噴射して出口に向かう。

 宇宙での生活も長いから、慣れたものだ。


 展望デッキを後にすると、船内がやけに慌ただしいことに気がついた。

 穣司と同じように呼び出しを受けた船員たちがブリッジに向かって行ったり、すでに指令を受けたらしい者が持ち場に向かって行ったり。


「おい、なにが起こったんだ? 」

「こっちもまだよくわからん! ただ、AIが不具合を起こしているらしい! 」

「AIが? しかし、そんなことがあり得るのか? 」

「さぁな! 今、原因を調べていうところだ! 」


 すれ違った顔見知りの同僚にたずねてみても、詳しいことは分からない。

 とにかく、混乱している様子だった。


「どうなってんだ? いったい……」


 疑念を強めながらも、まだ危機感はなかった。

 どこかの星系内での運行であれば、不意に、他の船舶や、小惑星などと遭遇してしまうことがある。

 だから警戒を怠れず、気を抜けないのだが、星間航行の航路ではそのような事態は発生し得ない。

 なにもない空間だけが広がっているからだ。


 それに、船には出発した当時で最新の機器が装備されていた。

 すでに地球時間で五年が経過している頃合いだったが、その性能は今でも最高峰のままだろう。


 信頼の置けるシステムだ。

 仮想シミュレータ上で何万回と運航テストが行われているし、Ⅵ、という番号がついている通り、ケンタウリ・ライナーは何隻もの姉妹船が建造され、何度も星間航行を成功させている。


 この船に関しては今回がいわゆる処女航海ではあったが、他の姉妹船の運用実績を踏まえた改良が施されている以外は基本的に同じものだ。

 今さら、不具合が生じるとも思えない。

 実際、太陽系を離れてからの五年間、トラブルらしいものはひとつもなかった。


 だからこそ穣司は退屈していたのだ。

 異常がない、ということを確認するのも大切な仕事ではあったが、同じことばかりくり返していると飽きもする。


 AIに不具合が生じているらしい、と言っても、すぐに復旧するだろうと思えた。

 人工知能が人間社会で活用されるようになって数世紀。

 その長い運用経験と何重にも施された安全策のおかげで、人間に代わって多くの仕事を任されるほどになっている。

 実際、穣司たちも冷凍睡眠をしている間は、AIの世話になっている。


 それに、この船にはプログラミングを専門とし、AIについての知識も豊富に持ったシステム・エンジニアが何人も乗り組んでいる。

 仮に何か問題が生じたのだとしても、彼らがすぐに解決してくれるはずだった。


「とにかく、ブリッジにあがらないとな」


 慌ただしく動き回っている船員たちの間をい、通路の両脇に設置されているリニアレールのレバーをつかんで、すーっ、と滑るように移動していく。


 このケンタウリ・ライナーⅥには、十万名の乗客、そして百名以上の船員が乗船している。

 深刻な事態に陥っているとは考えづらいことではあるものの、万が一、遭難などということになったら、歴史に残る大惨事となってしまうだろう。


 無事に目的地まで人や荷物を運ぶ。

 それが、宇宙を行く船乗りとしての穣司の誇りだ。


 ブリッジに到着すると、そこでは船長キャプテンが通信端末に取りつき、慌ただしく各方面に指示を飛ばしていた。


「そうだ! 乗客の中に、ケンタウリ星系の警備任務に向かう予定の海兵マリーンがいただろう!

 彼らを起こして、事情を話して武装させてくれ!

 今すぐに、だ! 」


海兵マリーンとは、穏やかじゃないな……)


 キナ臭さを感じつつも、船長キャプテンの視界に進んだ穣司は軽く敬礼をして見せる。


「ジョウジ・タヒラ、メカニック・エンジニア、参りました。

 ……宇宙海賊でもあらわれたんですか? 船長キャプテン

「すまないが、冗談につき合っていられるだけの余裕もないのだ」


 あまり危機感のない言葉にやや顔をしかめながらも、本当に急いでいるらしくすぐに用件に入る。


「船のAIが暴走を始めている。

 現在は緊急装置が正常に作動して手動操縦への切り替えが成功し、船は我々の制御下にあるが、システムがものすごい勢いで書き換えられている。

 完全に乗っ取られるのは、時間の問題だろう。

 至急、対処して欲しい」

「は? ……AIの暴走を、自分に、ですか? 」


 穣司は呆気に取られてしまった。

 AIの暴走なんて荒唐無稽こうとうむけいな

 昔の小説でもあるまいし、という思いもあったが、なにより、どうして自分に話が回って来るのかと思ったのだ。


「しかし、自分はメカニック・エンジニアですよ?

 システム・エンジニアの連中はなにをしてるんです? 」

「死んだよ」


 船長キャプテンは伏し目がちになりながら短い言葉でそう言った。

 淡々とした口調。

 それが、純然たる事実であり、現実なのだということを、否応なしに伝えて来る。


「AIの暴走が始まった時、私も、真っ先にシステム・エンジニアを呼んださ。

 だが、全員の応答がなかった。

 そして、人をやって直接呼びに行かせたら、……見つかったのは遺体だったんだ」


 いったい、誰がそんなことを?

 その疑問を声に出さなくてよかった、と穣司は思い直した。


 酷く間抜けな問いかけに違いなかったからだ。


「これを見てくれ」


 そう言うと船長キャプテンは目の前の端末を操作し、画面上に船内のある場所の映像を表示させる。


 そこには、ドロイドたちの集団の姿があった。

 人間が冷凍睡眠コールドスリープされている間にも船内の維持管理をするための手足として作られた、AIによって管理されている機械人形たち。

 フレームに動力装置だけを取りつけた、安価で武骨な、俗に[スケルトン]などとも称されるタイプのものだ。


 それらが、固く閉ざされた隔壁を、ドン! ドン! と、激しく叩いている。


「システム・エンジニアの殺害現場には、ドロイドたちがいた。

 そしてその現場を発見した船員にも、彼らは襲いかかって来た。

 緊急事態と判断し、船の制御を手動に切り替え、船内の隔壁を封鎖。

 なんとか彼らを閉じ込めている、というのが現状だ」


 ゴクリ、と、固唾を飲みこむ。

 信じたくなかったが、実際の映像として見せつけられてしまっては否定することなどできない。


 自身が破損するのにもかまわず、分厚い隔壁を叩き続けているドロイドたち。

 それは、明らかな異常行動だった。


「しかし、なぜ、自分が? 」

「君がベテランだからだよ、ジョウジ」


 冷や汗を流しながらたずねると、船長キャプテンはこちらのことをまっすぐに見据えながら言う。


船長キャプテンとして、君の経歴は良く知っている。

 非常に優秀だ。

 これまでに君が運航に関わった船では一度も大きな事故は起きていないし、この船に乗る前に受けたシミュレートでも良好な成績を残している」

「あ、ありがとうございます、船長キャプテン

「そして今は、……君の経験が頼りなんだ」

「しかし、自分はシステム系のことには、あまり……」

「分かっている! 分かっているさ、ジョウジ!

 だが、頼りになる専門家はみんな、消されてしまった。

 AIは、実に計画的だよ。先に自分の脅威は排除しているんだ。

 そして、生き残っている中ではジョウジ、君が一番だ。他に可能性がある者は、考えられない。

 私は、どうにか船が機械の手に渡らないように時間を稼ぐ。

 その間に、どうにか、AIを停止させて欲しい。

 できるだけ早く、だ。

 どんな手段を取ってもかまわん! なんなら、破壊してしまうんだ! 」


 重大な任務だ。

 そのことに足がすくんだが、———穣司は、踏みとどまった。


「わかりました。……やってみます」

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