ケモミミの惑星☆開拓史 ~AIに「不要」と判定され追放されましたが、もふもふのケモミミたちが暮らす惑星に流れ着いたので、開拓して念願のスローライフを目指します! ~

熊吉(モノカキグマ)

:序章 「Dooms Day:終末の日」

・0-1 第1話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:1」

 西暦二千年代初頭の地球においては、星間航行、などというのは夢物語に過ぎなかった。

 しかし、それから二百年。

 人類はついにそれを現実のものとした。


 といっても、ワープ航法といった技術は、未だに空想科学サイエンス・フィクションとしての色合いが強い。

 現在行われているのは、純粋じゅんすいに高性能化された推進機エンジンと実用化された冷凍睡眠コールド・スリープを組み合わせ、何年もかけて星間を行き来する、というものに過ぎない。


 もし他の銀河文明が存在するとしたら、「原始的」と、鼻で笑うレベルだろう。

 しかしそれでも人類にとっては大きな進化であった。


 ケンタウリ・ライナーⅥはそうした方法で、地球と、そこからもっとも近い恒星系であるプロキシマ・ケンタウリ星系とを行き来する定期航路の貨客船であった。


 乗っているのは、多くは開拓の進むケンタウリに移民する者たちと、少数の旅行者。

 そして開拓中の星系ではまだ自活できない様々な物資や、そういったものを現地生産するのに欠かせない機械装置などの工業製品を積載している。


 その航行距離は、およそ四,二四六光年。

 そこを、片道十年、往復で二十年もかけて結ぶ。


 乗客の多くはこの間、冷凍睡眠されたままだった。

 人間にとって十年という時間は未だに貴重なものであったし、それだけの期間を狭い船内で生活するのは、苦痛以外の何物でもないだろう。

 しかし、眠っている間に到着できれば、本人にとっては一瞬の出来事に過ぎない。


 だが、ケンタウリ・ライナーⅥを運行する船員たちはそうではなかった。

 船の航行は基本的に人工知能(AI)に任されており、また、そうしておけるだけの信頼性が確保されていると見なされていたが、それでも旅客を取り扱う以上は半年に一度は専門知識を持った人間の手によって状況の確認と船のシステムの管理が必要である、と定められているからだ。


 普段は他の乗客たちと同様に冷凍睡眠。

 半年に一度起床し、五日間をかけて船内をチェック。

 航路に逸脱がないかについても、直接天体観測を行って確かめる。


「はぁ~。最初は感動したけど、すっかり、この景色も見飽きちまったな~」


 メカニック・エンジニアとしてケンタウリ・ライナーⅥに乗り組み、地球を離れてから通算で十回目の解凍を経験し、その後の船内の点検を終えた三十九歳の男性、多比良たひら 穣司じょうじは、無重力の展望デッキにふよふよと漂いながら溜息をらしていた。


 東洋系。

 出身は、かつて日本と呼ばれていた地域。

 乗員の中では唯一だ。


 宇宙船乗りの経歴は、すでに二十年。

 ベテランと言っていい。


 この時代、人間は大人になるのが早い。

 脳科学の発達でかつて義務教育などと呼ばれていた基礎的な学習過程は、専用の装置を用いた脳への直接的な刷り込みと、仮想現実のシミュレータを用いた高速学習で十二歳までには完了し、その昔の大学レベルの高等教育は十八歳までには習得できてしまうからだ。


 しかも、多くは自然分娩では生まれない。

 人工授精によって生を受け、培養槽の中で機械的に育成される。

 二十世紀末から二十一世紀にかけて急速に進行した少子高齢化対策として、必要な人口を確保するために行われるようになった手法だった。


 だから、穣司には両親と呼べるような存在はいない。

 自分の元になった遺伝子を残した人々は、もう、半世紀も前の人であるらしい。


 とにかく、人工的に生み出された穣司は無事に成長し、宇宙船乗りになるための専門教育を受け、十八歳で就職。

 そうして半年間のシミュレータを用いての訓練、次いで地球と月を往復する短距離航路の貨客船で実地研修を積み、その後は太陽系内の各惑星や宇宙基地を行き来する船舶に乗務する資格を獲得し、船員になった。


 そうしてメカニック・エンジニアとしての力量を身につけた穣司は、いつか別の星系に行く船に乗ってみたいという夢を抱くようになり、就役が始まったばかりだった星間連絡船、ケンタウリ・ライナーを運航している企業に転職。

 そうしてついに、その船に乗っている。


 夢は叶った。

 だが、———意外なほどに、退屈してしまっている。


 最初は高揚感と喜びに満ちあふれていた。

 いよいよ星々の大海に漕ぎ出すのだと、まるで物語の主人公になったような心地がしたものだ。


 しかし、実際に地球を遠く離れて肉眼では決して故郷を見ることができなくなると、この先に待ち受けているのは単調な日々だと分かってしまった。


 半年おきに冷凍睡眠から目覚め、そして、マニュアルに沿って船内のチェックをする。

 その、くり返し。


 五日間の仕事の後には、二日間の休暇が与えられている。

 法律でそう定められている、というのもあるが、休暇を挟んでから冷凍睡眠を行わないと、次に目覚めた時に連続で勤務しているような感覚に陥ってしまうからだ。


 といっても、船内という限られた空間でのことだ。

 やれることは限られてくるし、同じことを何度もしていると飽きて来てしまう。


 だから、穣司はなにもせず、ぼーっと展望デッキの巨大な強化ガラス越しに、宇宙を眺めていた。

 船内に用意されていた娯楽にはすでに退屈してしまっていて、あらためてやってみたいとは少しも思えない。

 かといって、すぐに冷凍睡眠ポッドに戻ることもできなかった。

 規則で、必ず二日間の休暇を取ること、と、定められているからだ。


 だからこうして、時間を潰している。


 最初はずっと飽きることはないだろうと思って眺めていた星々の姿にも、すっかり見慣れてしまった。

 数百光年もの長旅であれば刻々とその星空の姿は変化していくのだろうが、たったの数光年の距離を、しかも何年もかけて進むような遅さでは、星々の位置関係はさほど大きくは変化しないためだ。

 あの輝く星々は何百光年も先にあって、たった数光年の旅路では、ほとんど表情は変わらない。


 太陽系内の航路を旅していた頃は、これほどの退屈は感じたことがなかった。

 惑星や小惑星があるために常に景色には変化が見られ、しかも太陽の周りを公転しているそれらの天体の位置関係は動き続けているから、見飽きないし、船を運航している側としては気が抜けない。

 いつ航路上に他の船舶や隕石などが入り込んで来るか、完全には把握できず、常に備える必要があった。


 星間航行では、勝手が違った。

 なにもない無の空間をただ進み続けるだけで、事件などなにも起こらない。

 つまらない。


「このまま一生コレ、っていうのは……、ちょっと、キツイよな」


 思わずそんなことを呟いてしまう。


 これからプロキシマ・ケンタウリ星系に行く、というのは楽しみではあるのだが、後十回もこういった退屈な作業をしなければならないと考えると、それだけでうんざりしてしまう。

 そしてその先も、と想像すると、嫌気がする。


 自分で選んだ道なのだからまずは頑張ってみよう、という意気込みはあった。

 ベテランの船乗りとして、必ず、安全に運航を成し遂げようという気概きがいもある。


 あるのだが、———これから一生、この仕事を続けられるのか、と聞かれると、迷わずにはいられなかった。


 せっかく転職したのだが、また、太陽系内の航路に戻れるよう、昔の仲間などに話をしてみようか、とも思う。

 しかし、これからプロキシマ・ケンタウリに行き、地球に帰還する頃には、出発してから二十年もの月日が経過していることになってしまう。


 同僚たちの多くは引退してしまっているかもしれないし、自分が知っていた世界は、面影しか残っていないかもしれない。


「いっそ……、地に足、つけようか」


 ふと思いついたのは、現在開拓が進んでいるプロキシマ・ケンタウリ星系のことだ。

 そこに存在する惑星のひとつがテラフォーミングされており、居住可能な環境が整いつつある。

 この船が運んでいるのも、そこへ向かう移民や物資だった。


 もしそこの住み心地が良さそうだったら、自分も移民してしまってもいいかもしれない、などと思う。


 穣司は地球で生まれたが、地面を離れてからの人生の方が、もう、ずいぶんと長い。

 自然の風や土のにおいが懐かしく思えたし、この辺りで新しい人生に挑戦してみるのもいいかもしれない、などという気持ちも生まれてきている。


 幸い、資金には困らない。

 船乗りとして稼いできた貯金があるし、今回のケンタウリ・ライナーⅥへの乗り組みでも、たっぷりと給料が出ることになっている。


 未開の惑星を開拓し、そこに、自分の手で新たな風景を作り出す。

 そしてそれを眺めながら、スローライフを楽しむ。


「悪くないな……」


 自然と表情をほころばせていた時、唐突に右腕に巻き付けている携帯情報端末から呼び出し音が鳴った。

 緊急時にしか鳴らないタイプのもので、職務上、応答する義務がある。


「いったい、何事だよ……」


 嫌々ながらも通信をつなぐと、どういうわけかやたらと険しい表情を浮かべているこの船の船長キャプテンの顔が小型モニターに表示された。

 少し、驚く。

 乗組員たちのトップが直接通信して来るとは思わなかったのだ。


「はい、こちら穣司。……船長キャプテン、何事ですか? 」

≪ああ、ジョージ! 君は無事だったか……。良かった。

 とにかく、すぐにブリッジにあがって来てくれ! ≫

「ええ? でも、今は休暇中のはずですが……? 」

≪緊急なんだ! 頼む! ≫

「……。わかりました。すぐに向かいます」


 いくら退屈していたとはいえ、休暇は休暇。

 今さら仕事はしたくないな、というのが正直なところだったのだが、船長キャプテンのあまりにも切迫した声に、穣司は休日出勤をすることを受け入れていた。

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