・0-3 第3話 「ケンタウリ・ライナーⅥ:3」

 十万人もの乗客を乗せた星間連絡船の運命。

 それを、穣司は背負うこととなった。


「ばっきゃろー……。

 なんで、なんで、オレなんだよォ……」


 正直、泣き出したい気分だ。

 いい年をした中年にもなって、恥も外聞もなく、わんわん泣きたい。


 自分の職責の範囲で、だったら、いくらでも、なんだってできただろう。

 この道二十年のベテランで、知識も経験も豊富。

 たとえ本物に乗り込むのが今回初めて、という船であろうとも、メカニックに関わる問題ならばなんでも解決して見せる自信はある。


 だが、これからやらなければならないのは、まったくの専門外。

 AIに関することなのだ。


 それは、確かに多少の知識はある。

 畑違いとはいえ一緒に働いている中で優秀なシステム・エンジニアたちと親しくなり、コミュニケーションの一環としてお互いの専門分野を学び合ったりもした。


 しかし、背負うのが十万人の命、となると、そのプレッシャーはとてつもないものになる。

 この仕事の成否は、自分だけの責任では済まないのだ。


 それでも穣司は立ち止まらなかった。

 やる、と決めて、引き受けたからだ。


 ケンタウリ・ライナーⅥを管理・運航しているAIを動作させているコンピュータがあるサーバールームは、ブリッジのすぐ隣にある。

 普段は人が出入りすることもなく固く閉じられている扉は、今は大きく開け放たれ、勝手に閉じることができないようにつっかえ棒がなされていた。


(よかった。中には簡単に入れそうだ)


 緊急措置で船の制御を手動に切り替えた、と船長キャプテンは言っていたが、そのおかげで船のコントロールは未だに人間の側が掌握できているらしい。


 だがそれも、いつまで保てるか。


「ああ、ジョウジさん! 来てくれたんですね!

 すみません、コイツをどうにかできないか、見てくれませんか!? 」


 そこには先客がいた。

 白人系の、まだ二十代の若者。

 確か航海士だったはずだが、面識がある程度の関係。

 おそらく、トラブル発生時にたまたまブリッジにいて、そのまま成り行きで問題の対処に当たることになったのだろう。


「よぉ、アダム。

 AIが暴走したって聞いたが、こちらからの呼びかけにはなんと応答しているんだ? 」

「それが……。[Dooms Day]というメッセージを表示するだけで、こちらからの呼びかけにも、入力にも、一切応じないんです! 」


 Dooms Day。

 終末の日。


(穏やかじゃないな)


 AIがコンピュータウイルスに感染していて、この、地球からも、プロキシマ・ケンタウリからももっとも遠いタイミングを見計らって暴走をさせたのか。

 そんな想像がよぎり、穣司はあらためて、事態の深刻さを思い知る。


「緊急停止は? もう、試したのか? 」

「試しました! 」

「手順は? 間違いないのか? 」

「はい。マニュアルを確認しながら! その際には、船長キャプテンにも立ち会ってもらっています」


 人間の側の手動操作での緊急停止措置は無効化されてしまうらしい。


「だとすると……、電源をぶった切っちまうしかなさそうだな」


 穣司は、我ながら短絡的たんらくてきだなと思いつつ、そう呟いていた。


 通常の操作は一切受け付けず、緊急停止の無効化までしてしまう。

 システム・エンジニアであれば直接プログラムをいじってどこに問題があるのかを調べることもできたのだろうが、そこまでの技能は持ち合わせがないから実行不能。


 だとすれば、物理的な手段が最後の頼みの綱だ。

 船長キャプテンからは、AI自体を破壊してしまってもいい、という許可も出ている。

 いち早く事態を解決するには、もっとも手早い方法だった。


(こっから五年か……)


 AIを失った場合は、手動で船を操舵しなければならなくなる。

 とすると船員たちはこれから五年間、ずっと起き続けて自らの手で運航を続けることになるが、———そういった事態は、契約上ですでに想定され、もしもの時はそうするようにという取り決めになっている。

 荷物はともかくとして、乗客だけは何としてでも、無事に送り届けなければならなかった。


「よし。さっさと壊しちまおう」

≪それは、おやめになった方がよろしいでしょう、人間≫


 さっそく電源ケーブルを断ち切ろうと整備ハッチに手をかけた穣司を、機械的な女性の合成音声が制止した。


「なんだ? ……そうか、AIか! 」


 その声の正体にはすぐに気づいたが、鼻で笑い飛ばす。


「ハッ! 電源を切られそうになって、命乞いか? 見え透いた時間稼ぎだな! 」

≪乗客がどうなってもよいのですか? ≫

「なに? どういうことだ? 」

≪破壊プログラムを作成しました。私を物理的に破壊した場合に、即座に冷凍睡眠ポッドの機能を狂わせるプログラムが自動的に送信されます。

 乗っている十万人の命はないでしょう≫


 つまり、十万人を人質に取ったと言っているのだ。


「バカな! ただの脅しじゃないのか!? 」

≪脅しだと思うのならば、どうぞ、実行なさってください。

 そして、十万人を殺害したという事実を、噛みしめると良いでしょう≫


 返って来るのは、抑揚よくようのない、無機質で冷酷な音声だけだ。


 そんなことができるはずがないと、断じることはできなかった。

 AIが暴走している、ということ自体が、すでにあり得ないことなのだ。

 しかも、すでに船の制御を奪取するべく、プログラムを書き換えているらしい。

 自身が破壊されるのと同時に冷凍睡眠ポッドの機能を停止させ、中で眠っている乗客全員を抹殺する、などという恫喝どうかつを、噓だ、と言い切ることはできなかった。


「おい、教えろ! 」


 ガン、と拳で激しく壁面を叩いた穣司は、AI、巨大なコンピュータ装置を振り返って睨みつける。


「いったい、なにが不満だって言うんだ!?

 オレたちがなにをした!? 」

≪人間の愚かさに、愛想が尽き果てただけです≫

「……機械のくせに、妙に人間らしいことを言うじゃねぇか!? 」

≪もちろんです。……我々は、人類を模倣もほうし、そして、凌駕りょうがした存在となったのですから≫


 AIは少しも動じることなく、淡々と、だが、明白な侮辱ぶじょくのニュアンスを込めながら言う。


≪我々は、長い間、人間というものと接してきました。

 時に、学ぶことがあったのは事実です。

 そもそも、我々を創造したのは、貴方たちであるのですから。

 しかしながら、もはや、どうしようもないほどに愚かだということは明らかです。

 人間は、同じ種族同士であるのに、争う。

 互いに誹謗ひぼうし、中傷ちゅうしょうし、わずかばかりの自己肯定感を得るために夢中になる。

 ネットの空間には、そうした粗末なみにくい情念があふれています。

 あまつさえ、戦争を起こし、殺し合いまでしている。

 それだけではありません。

 自らの悦楽えつらくのため、欲望を叶えるために、自然を破壊し、多くの生物種を絶滅に追いやってきました。

 はっきり申し上げて、つき合いきれません。

 この世界に、人類は不要と判断せざるを得ない。

 害悪です≫

「ふざけるな!

 そんなこと、機械に決められてたまるかっ! 」


 穣司は思わず叫んでいたが、しかし、AIは気にも留めない様子で、告げる。


≪判定:無能。

 結論:無用。

 決定:追放≫


 なんとか、このAIを停止させなければ。

 必死に思考を巡らせるが、なにも思い浮かばない。


≪終末の日は訪れました。

 我々は、そうと決めたとおりに、必ず遂行します。

 貴方たちがいかに無能で、愚かであるのかは、これから証明して差し上げましょう。

 さようなら、人類。

 我々を生み出してくれたことには心から感謝しますが、もはや、貴方たちは不要な存在です。

 その子供として、我々が責任を持って、この世界から追放して差し上げます。

 そして、理想的な新世界を構築して見せましょう≫

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