第3話 閑話:正しい猫の飼い方③
カイルはすぐに封印されている
「僕には
「まったく
アードゥルは腹を立てているようだった。
「
「知らない。何件なの?」
「
「え?!」
さすがのカイルも驚いた。
「そんなに?」
「人口50万以上の
「…………僕は大陸中の酒飲みの人口を確認するのが恐ろしいよ……」
カイルをはじめとする研究員には体内チップの常備が義務付けられている。研究調査で環境の違う惑星に降下したときの負荷調整を目的とし、活動中の病気や怪我に対するある程度の応急手当が可能になる。
一方、酒のようなアルコール分の摂取による
一般に、カイル達が飲酒効果によるほろ酔い気分を味わいたいなら、シルビアから薬か皮下注射接種により体内チップを一時停止させるしかなかった。
そのためカイルはロニオスが常に熱く語る『酒の魅力』をいまだに理解できない。美味しいか不味いかの判断はできてもそこまでだった。
「で、まさか千軒全部をあたったの?」
「いや、どうせロニオスは味にうるさいから、評判のいい高級酒の店に絞った」
「賢明だ」
「それでも半年近くかかったぞ」
「時間外請求はロニオスにしてね」
カイルは先手をうって言った。請求をしようとしていたのか、アードゥルはチッと舌打ちをした。
ようやく麻紐と封印がわりの布をとくと、
「…………アードゥル?」
気絶状態に、カイルはやや問いただすような視線をアードゥルに向けた。
「ロニオスが気絶状態になるってどういうこと?」
「能力が
「はい?」
「私の移動運搬が乱暴であっても本当に
「……………………」
つまり丁寧な運搬はしなかったという宣言だ。
ロニオスの元
「ロニオス?」
二人の会話を聞いていたディム・トゥーラとエルネストは
「その白猫がロニオスだって?」
「うん、ディム、ロニオスを見つけたよ」
「シャトルの爆発で死んだのでは、なかったのか?!」
そのシャトルの爆発に関わっていたディム・トゥーラは驚きの声をあげた。彼は爆発前に、ロニオスによって強制的にシャトル内から地上に転位されて命拾いしていた。
「死んだというか……狼のウールヴェの素体を失った。だから世界の番人の力で新しいウールヴェの素体を与えてみたよ」
世界の番人と同化しているカイルがさらりととんでもないことを言う。
「「「……………………は?」」」
3人は問題発言をしたカイルを
カイルは呑気に語り続ける。
「世界の番人は、人々の願いごとをかなえようとする本質があるから、ちょっと願いごとを変更して叶えてもらったんだ」
「意味がわからない」
ディム・トゥーラはカイルの抱く純白の毛並みをもつ白猫を見つめた。確かに猫の尻尾は複数あった。
ウールヴェの特徴だ。
「それがロニオスの新しい素体とでもいうのか?しかし、なぜこんなことに?」
「だって、ディムは、ロニオスの死を自分が原因と後悔していたじゃないか」
指摘に絶句したのはディム・トゥーラだった。そしてそれは認めたくないが、正しかった。
「ロニオスの死を一生悔やんですごしてもらいたくなかった。だから世界の番人と妥協点を探ったんだよ」
「……妥協点?」
「ロニオスの願い事が、惑星文明が存続する様を境界線の向こうで亡き伴侶とともに平穏に眺める――だったんだよ」
「――」
「でね、その願いごとは、今じゃなくてもいいじゃない?そもそも復興に大変だから、猫の手も借りたい状態なわけ」
「………………まさか、それで素体を猫にしたわけじゃないだろうな?」
「………………違うと思うけど、なんで猫なんだろうね?はい」
カイルはディム・トゥーラにその身体を渡した。
ディム・トゥーラは呆然と猫もどきを受け取った。
そのまま、しばし立ちつくしてから、はっとカイルに問いただす。
「まて。なぜ、俺に身柄を渡す」
「………だって、ディムは意識がない状態を回復させるのが、上手いじゃないか。僕によく水をぶっかけてたよね?」
明らかに、カイルは観測ステーション時代の定番の起こし方を根に持っている。
「それはお前が馬鹿だからだ。ウールヴェとはいえ、動物にそんな
「えっ?ちょっと、待って、観測ステーション時代の僕の扱いって、ウールヴェもしくは動物以下?」
カイルは衝撃を受けたように、ディム・トゥーラに抗議した。
ディム・トゥーラはカイルの抗議を、完全に黙殺した。
手元の気を失っている白い猫を見つめる。問題のウールヴェは猫に
骨格や胴が細長くすらっとしているが、体高が平均的より大きく、何よりも毛並みは短毛種と長毛種の中間という長さだった。耳が大きく、ヤマネコの特徴が強い。何よりも尻尾が長く、二股に別れている。
それでも一般知識しかなければ、純白な毛並みと尾の特徴があったとしても、ただのネコとして見逃していただろう。アードゥルの発見、保護した功績は多大だった。これはアードゥルとロニオスの絆の強さの証明かもしれない。
ただこのウールヴェは野良猫というには、美しすぎた。純白な毛並みは、外にいたにもかかわらず貴族の飼い猫のように整いすぎていた。野良猫独特のボサボサな毛並みやノミのような外部寄生昆虫と無縁なのは、ウールヴェだからだろうか?
「……本当にロニオスなのか?」
ディムは猫を抱きながら、発見者のアードゥルに対して困惑気味に問いかけた。アードゥルは肩をすくめた。
「念話も交わしたし、こんなふざけた性格の男が他にいるものか」
「ひどい言われようだ……」
「理解していると言ってくれ」
「……まあ、確かに」
わかり合ったかのような二人の会話にカイルは思わず突っ込んだ。
「そんなにロニオスはふざけた性格だったの?」
カイルよりも、
血縁者の質問にディム・トゥーラとアードゥルは一瞬黙り込んだ。
「カイル・リード」
アードゥルが珍しく優しくカイルの両肩を叩いた。口調に慰めの色がこもる。
「はい?」
「世の中には知らない方が幸せってこともあるんだ」
「…………………………」
「俺も同意する」
ディム・トゥーラもアードゥルの意見に賛同した。
ディムは昔、
本当にそうだと、ディムは思った。
カイルには、ロニオスのような
カイルはお人好しの素直な性格のままでいて欲しい。馬鹿で、人に利用されるお人好しさを腹立たしく思った時期もあったが、ロニオスのような知恵と狡猾さをつけてほしいか、そのままでいて欲しいかという究極の選択を突き付けられるなら、圧倒的に後者だった。
例え、ロニオスと同じ規格外の能力をもち、周りをどんどん魅了していく人たらしだとしても――。
ウールヴェは起きる気配がなかった。
こうなると、能力が
以前のロニオスなら簡単に
結局、ディム・トゥーラは優しく起こすという選択をした。
アードゥルとカイルは、そろって『バケツに水を張ってそこに顔を沈めろ』という動物虐待のような起床方法を提案したが、中身がロニオスだとしてもディム・トゥーラはその提案を却下した。
「僕には水をぶっかけるくせに」
カイルは、なぜか拗ねていた。
「単に効率の問題だ。ずぶ濡れになったウールヴェの毛並みを誰が、乾かすんだ?」
そばにいた歌姫が世話役としてうずうずと立候補をしたそうにしていたが、「だめだ」の一言とともにアードゥルはミオラスの手を握ることで、三次災害の発生を未然に防いだ。
見知った人々の前で手を繋がれるという行為に、百戦錬磨の娼婦であったミオラスの方がウブな少女のように照れた。今までのアードゥルにはない大胆な行動だった。
アードゥルの意外なスキンシップの公表に、エルネストやカイル達の方が目を丸くした。それがどんなに珍しいことか、彼等の方も理解していた。
「アードゥル?」
「すでに事故が発生している。ミオラスに世話役はさせない」
「事故?」
「カイル・リード。君はロニオスが同調しているこのウールヴェが、エル・エトゥールの胸に強く抱かれるのが平気かね?なんだったら、君の
「………………想像する前に
「理解してもらえて、何よりだ」
アードゥルはそっけなく応じた。
「俺を勝手に想像のネタにするな」
ディム・トゥーラはカイルとアードゥルを
「ロニオス」
思念と肉声で呼びかけたが反応はなかった。
「ロニオス・ブラッドフォード」
ウールヴェは気絶したまま、目をさまさない。
「……本当に能力が
エルネストがぼそりと感想を述べ、内容に周囲の人間の方がぎょっとした。
カイルが首を傾げて、しばし考え込んだあと、手を伸ばしてディムが抱いている白猫の頭に触れた。
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