第9話 戦いの後

 あれから何時間経ったのか。目を覚ますと辺りは、すっかり暗くなっていた。かなりの時間眠っていたみたいだ。


「主様、おはようございます。」


『……おはよう。』


 どうやらラパンに抱きかかえられたまま寝てしまったようだ。まるで赤ん坊だ。少し恥ずかしい。

 それよりここ……。一体どこだろう? 滝や湖が見えるし西の広場ではないようだけど……。

 それに、あれは………。

 ウサギだ! しかも凄いでかい。2mくらいはあるんじゃないだろうか。まるでもふもふ山である! 

 いいな〜あの柔らかそうな毛。あの毛に包まれたい。

 俺が、物欲しそうな顔でウサギを見ていると、ラパンが耳元でこっそり聞いてきた。


「乗りますか? ジャイアントラビット!」


 『いいのか!』


 ラパンは抱いていた俺をジャイアントラビットという兎の背に乗せた。

 毛皮の中にダイブした俺の全身を兎毛が包み込み、外からは見えないほどすっぽりと埋まった。

 うわぁ〜何だこれ!すんごいサラサラしてて気持ちいい!

 ラパンから我が子を見るようなすごく暖かな目を感じるが、今は、そんなのどうでもいい!

 このモフモフ山を堪能しなければ!

 俺は、それから10分くらいモフモフを堪能した。

 ふ〜 満足満足。兎好きの俺にはまさに至福のひとときだった。


 

「ふふ、どうでしたか?」


『素晴らしい、最高の触りごごちだったよ!』


「よかったです!」


『すっかり忘れていたがそういえば、ここって、一体どこなんだ?』


「ここは、神秘の滝と言って神事の際に使う大事な場所で、村の地下道からしか来られないためいざという時の避難場所にもなっているんですよ。」


『そういえば、ホイルンドが神秘の滝に行くとかなんとか言ってたな。」


「おぉ!アスト様……目を覚まされましたか。」


 会話をしている俺たちに、兎人の老人が声をかけ、近づいてきた。

 老人はまるでシルク生地のように滑らかな衣を身に纏っている。他の人たちが着ているものとは明らかに違うものだ。おそらく、兎人族の中でもかなり位の高い人なのだろう。


「アスト様、お初にお目にかかります。私は、この村の村長をしているキロスと言います。私のことはキロスとお呼びください」

『キロルか、よろしく頼む。』


 がっちりと握手を交わして、挨拶をした。

 年配の方にタメ口というのは気がひけるけど、ラパンに敬語でしゃべった時、すごい怒られたし、主の威厳を出さないとな。

 村長は俺に深々と礼をすると、後ろを振り向き、声をあげた。


「皆のもの、我らの救世主が、目を覚まされたぞ!。」


 キロルの号令で村人は一斉に俺の周りを囲むように集まり、膝をつき、平伏した。


 目の前の状況にただただ困惑していた俺に、キロスは、笑顔を浮かべて言った。


 

「アスト様、先ほどは我ら兎神の民を救ってくださり本当にありがとうございます。我ら兎人の民は、この御恩に報いるため貴方様に忠誠を誓います。」


《称号兎人族のを獲得しました》


 キロルの感謝の言葉とほぼ同時に神の声が聞こえたためステータスを確認すると、兎人族の主が消えて代わりに兎人族のという称号が追加されていた。

 おそらく、兎人族の主として皆から認められたため称号が変化したのだろう。

 皆から認められたのは、素直に嬉しい。

 しかし、俺が実際に黒熊を倒したのも三体だけで他の黒熊を倒したのは兎人族の皆さんだ。

 俺はその称号に見合うためのことはほとんど出来ていない。少し後ろめたい気分でもある。

 だから、つい否定してしまった。

 感謝された時に卑屈になって否定ばかりしていると相手の気持ちを踏み躙ることになると前世の社会人経験で分かってはいたのに口走ってしまったのだ。



『いえいえ俺は黒熊を何体か倒しただけで感謝されることなんてそんな。あいつらを倒したのはみなさん自身の力ですよ!』

 

「いえ、それは違います。主様がいなければ、我々は全員、なすすべなく黒熊に食われていたのですから。」

 

 キロスは、俺の目を見ながらはっきりとそう答えた。

 表情から見てもどうやら、気を悪くしてはいないみたいだ。

 俺は、肩を撫で下ろした。

 だがおかしい。俺はキロスの言葉の違和感に気がついた。

 この黒熊の死体の山を見る限りでは、ラパンの他に黒熊を倒せるやつが何人もいるはずだ。

 ラパンの戦いを目の前で見ていたがはっきり言って今の俺よりも数倍強かった。

 おそらく他にも俺より強い人はいるだろう。

 それなのに、たかが黒熊を数体倒しただけの俺がいないだけで黒熊に全滅なんて絶対有り得ないだろう。

 なんで、キロスは、あんな出鱈目を言ったのだろうか?



 ……そうか! おそらくキロスは、初めて会った俺に気分良くなってもらおうとおべっかを使ったんだ。

 俺は後ろめたい気持ちが表情に出て何とも言えない顔していただろうし………。

 その心遣いは、すごく嬉しい。

 だが、気づいてしまった以上素直に自慢げになるというのも小っ恥ずかしい。

 そう思った俺は、毒にも薬にもならないような相槌を打った。

 だが、そんな俺とは対照的に村人はキロスの言葉に全員が真剣な顔で頷いていた。

 俺を抱えているラパンも、首がとれるほど頷いている。

 どうやら皆の反応を見る限り、キロスの言っていることは、事実みたいだ。

 しかしそれじゃあこの黒熊の死体の山と辻褄が合わなくなる。一体どういうことだ?



「そなたの疑問、妾が教えてやろう。」



 俺の心をまるで見透かしたかのような、言葉セリフが遠くから聞こえてきた。

 

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