第6話 壊滅
スピードを上げるので振り落とされないようにしっかり捕まっててください。ではいきますよ。」
お……おっ………おおお…………!
まさに、脱兎の勢いだ。高速道路を走っている車と同じくらいスピードでいるんじゃないか?
気を抜いたら一瞬で振り落とされそうだぞ。
俺は、振り落とされないようにラパンの体にしっかりと抱きついた。
『あっ⁉︎』
思わず声が溢れるほどに柔らかい……。
全身を覆う毛は、硬い毛がなくサラサラツルツル。
まるで、絹に包み込まれているような感覚であまりのいい触り心地に思わずニヤケてしまった。
だが、今は緊急時、浮かれてばかりは居られない。
倒すのにあんなに苦労した黒熊が村には何体もいる見たいだし、気を引き締めないと。
にやけた顔を引き締めた。
だが、なぜだ。
引き締めたはずの顔が緩んでしまう。
駄目だ!この柔らかい感触には抗えない。
すまない。
今だけは、この感覚に身をゆだねさせてくれ。
こうして俺はラパンのもふもふの毛並みを背中で堪能しながら、村に向かった。
村にはものの数分で到着した。
「な……に………これは?どうなって……。」
村を見てラパンは絶句していた。
それは無理もない。
あたりを見渡すと村は、到底、人が住んでいるとは思えない程凄惨な景色になっていた。
綺麗なレンガで作られていたであろう家屋は倒壊、瓦礫の山となってそこかしらに点在しており村のあちこちでは黒煙が立ち込めていた。
『おーい、誰かいないか!』
「はぁ、はぁ、 誰かいないのか!」
俺たちは、大声で誰か無事な人がいないか懸命に探した。
すると、瓦礫の山の近くに傷だらけの兎人族の少年が全身傷だらけの状態で倒れているのを見つけた俺たちは、急いで少年に駆け寄った。
「ホイルンド! 大丈夫か!」
「……ラパンおねーちゃん戻ってきたんだ。……よかった。それじゃあおねーちゃんの肩に乗っているのが?」
「そうだ。この方が私たちの主、アスト様だ。黒熊にやられて死にかけていた私を助けてくださった。」
どうやら、倒れていた少年は、ラパンの弟だったようで名前は、ホイルンドと言うらしい。
ラパンと比べ、全身の毛が少し茶色みががっているのが特徴だ。
「そうなんだ。…………アスト様、ラパンおねーちゃんを助けていただいてありがとうございました。」
『いや!そんなことより、君は傷だらけで足も折れているんだ。早く怪我の手当てしないと!』
「ぼ、僕の方は後で大丈夫です。それよりハロルドにぃを助けてください。十分ほど前、黒熊に襲われた時、瓦礫に挟まれて動けなくなった僕を助けるために囮になって西の広場の方に…………。」
ホイルンドの話を聞いてラパンの顔はみるみる血の気がひき青ざめていた。
一体どうしたんだ?
「ハロルドが……!」
『ハロルド?』
「ホイルンドの兄で、私の弟です。」
もう一人弟がいたのか!
しかも黒熊に追いかけれているだと……。かなり不味いな。
黒熊は、Bランクの魔物だ。正直時間が経てば経つほど生存確率は、下がって行く。
隠れているとしてもこの狭い村の中だ。見つかるまでそう時間はかからないだろう。
あまり時間はない。
「なぜ村が攻められている! 一体自警団の連中は何をしているんだ‼︎」
ラパンは、目を血走らせ、怒気の籠った声でポツリとつぶやいた。
俺と同じく、ラパンの漏らした言葉が聞こえたのかホイルンドが答えた。
「黒熊が攻めてきた時、自警団も最初は退けてたんだ。……けど、後少しのところで、さらに黒熊の大群が現れて、自警団も対応できず何体かが東の門を壊して村の中に侵入してきたんだ。」
我に帰って思い出したのかラパンは、慌てた様子でホイルンドに聞いた。
「他の皆はどうした? 無事なのか? 」
「他のみんなは、神秘の滝に避難したから、無事だと思う。あそこは、村の人じゃないと見つけられないし……。」
「そうか………。よかった!」
ラパンは他の人たちは、無事だと分かり、ホッと肩を撫で下ろした。
だが、すぐに、
「……大体のことは分かった。ハロルドは、私が助ける。あとは任せてくれ。」
苦虫を噛み潰したような顔でそう言うとすぐに、西の広場に向かおうとした。
だが俺は行こうと歩き始めたラパンを呼び止めた。
『ラパン、ちょっと待て!』
「アスト様、何を悠長にしてるんですか!一刻も早く西の広場に行かないと!」
呼び止めた俺にラパンは語気を強めて、詰め寄った。
……無理もない。自分の弟が命の危険にあるんだ。ラパンの言う通り、時間もないし焦る気持ちもわかる。 しかし、
『少し落ち着け。お前が、ハロルドを早く助けたい気持ちもわかるけど、黒熊がまたいつここに来るか分からないんだ。ホイルンドをこのまま放っておくわけには行かない。安全なところまで動けるようにしないと。』
「………!」
俺は、さっき作った包帯と瓦礫の山にあったレンガを”吸収”、”再構成”して添え木と松葉杖を作り、ホイルンドの手当てをした。
『これで動けるはずだが、どうだ?』
「はい! 大丈夫です。これなら歩けます。」
『一人で大丈夫か?』
「はい、近くにに黒熊はいないみたいだし、近くに滝までつながる地下道の入り口がありますから。」
黒熊がまだ近くにいるかもしれないから気をつけるようにと言い残し、ホイルンドと別れを告げた俺たちは、西の広場に向かった。
「どうした?」
西の広場に向かっている道中、ラパンは急に足を止めて首を垂れた。
『どうした! 怪我でも怪我悪化したのか⁉︎』
「主様さっきは、ありがとうございます。」
『ん?なんのことだ?』
「アスト様が治療してくれたおかげでホイルンドは無事に逃げられました。」
『いやいや!そんな!全然! ちゃんと治療できてよかったよ。 ヘへっ』
この年にもなると褒められることなんて、滅多にないから何だか照れるな。
「ただ……情けないです。」
ラパンが項垂れた様子で話し始めた。
「本当ならアスト様が気づくより前に、私が気づくべきだった。なのに、ハロルドを助けないとって焦って、アスト様にも当たってしまった。もしアスト様が気づいていなかったらホイルンドは死んでいたかもしれない。自分の不甲斐なさに腹が立ちます。」
変わらず、項垂れた様子のラパンだが、目に涙を浮かべ唇を噛み締め、握った拳からは血が出ている。
『そう自分を責めるな。誰だって家族に命の危険が迫っていたら、冷静じゃいられない。俺だってそうだ。』
「…………」
『それにいつまでも落ち込んでる暇はないぞ。大事なのはこれからだ。・・・弟助けるんだろ?」
「はい!ふぅぅぅぅ……………すうぅぅぅ」
俺の問いかけにそう答えると、突然、
パァン!
!?
自分の両頬を思いっきりビンタした。
突然の出来事に驚いた俺は、数秒固まってしまった。
だが、ラパンは気合いが入ったようでさっきまでの項垂れた様子とは打って変わり目に闘志が宿り、表情は引き締まっていた。
俺も気合い入れないとな。
気を引き締め直した俺たちは、西の広場に向かって、再び、歩みを進めた。
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