第5話 兎人の娘
また、悪い癖が出た。
スキル確認してる時間なんてなかったの夢中になって、怪我人を置き去りにしていたのをすっかり忘れていた。
あの娘、大丈夫だよな。
まさか、もうモンスターに食べられたりして……。
急いで戻らないと!
とてつもない不安に駆られた俺は、さっきよりもさらにスピードを上げ走った。
必死に森の中を走っていると数十メートル先に倒れている兎っ娘を見つけた。
まさか、死んでる!
俺は慌てて駆け寄り兎っ娘の無事を確認する。
「………ハァ、ハァ。」
全身怪我だらけでいつ倒れてもおかしくはないが息はある。
よかった……どうやら無事なようだ。
『大丈夫か?』
「っ……黒熊は?」
『大丈夫だ。もういないぞ。』
「そうですか。よかった! っく……」
『お、おい動くな。早く治療しないといつ死んでもおかしくないんだぞ。』
「お心遣い感謝します。ですが、そうも言っていられません。」
『何かあったのか?』
本当なら命に関わる怪我人を静止しなければいけないのだが兎っ娘があまりにも鬼気迫る表情をしていたので俺は、思わず聞いてしまった。
話を聞くと、どうやら、黒熊はあの一体だけではなく仲間が他にもたくさんいてしかもこの兎っ子の住む村の方へと行ったらしい。
一体でも厄介だったあんなに恐ろしい魔物が自分の村を襲おうとしているんだ。険しい表情になるのも無理はない。
『村が襲われているかもしれないって時に私だけいつまでも休んでるわけにはいきません!主様お願いします。どうか私に力を貸してください!」
『わ、わかった。だけど行く前に止血と治癒するポーションを飲んでからだ。』
「ありがとうございます。では、それが終わり次第出発しましょう。」
兎っ娘の切実なお願いと真剣な眼差しに気圧され、つい了承してしまった俺は、止血作用のある薬草と近くにあった竹を”吸収”して”再構成”した包帯でウサギっ娘に簡単な止血を施し、その後、数種類の薬草ときれいな水で作ったポーションを飲ませた後すぐに村へと向かった。
「先ほどは助けていただきありがとうございました。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はラパンと言います。主様どうぞお見知り置きを。」
ラパン、なんかもちもちしたかわいい名前だな。せっかく挨拶してくれたんだ。こちらも自己紹介しなければ、
『俺の名前は………えーと』
ん? 待てよ? 色々あってすっかり忘れていたがそういえばステータスを確認してた時に名前が名無しになっていたな。どうしようか。前世の名前は覚えているが、こんな体で同じ名前ってのも違和感がある。どうせだったらピッタリの名前の方がいいだろう。
そうだな……。
『アスト!』
ドイツ語で枝という意味だ。今の俺にピッタリだろ! え? 枝野とあんまり変わんないって?
だまらっしゃい! 意味は一緒でもかっこよさが段違いでしょうが!
なんてどこからともなく聞こえるツッコミに、アンサーしてみる。
《名前が、アストで登録されました。》
神の声だ! ステータスでも名前が名無しからアストに代わっている。これからの人生はアストとして頑張って生きていこう!
「アスト様、なんて素敵な名前でしょう。アスト様私のことはラパンとお呼びください。」
さてと移動中は暇だしどうせだったら戦闘やら治療やらで全然聞けなかったし暇な移動中に色々と気になることを聞いておくとしよう。
『あの……ラパンさん。俺のこと主って呼ぶのは、この兎人族の主って称号持っているからだと思うんですけど、その、初めて会った人のことそんなに信用して大丈夫なんですか?』
俺が、質問するとなぜかラパンが、頬を少し膨らませこちらを睨みつけてきた。何か気に障ったのだろうか?こちらを睨みながらもラパンは、質問に答えてくれた。
『兎神様がこの初号を与えた方は、魔王を救った勇者様や死病から人々を救った大賢者様など代々清き心を持った方々ばかりです。それだけで我々兎人族にはあなたが信頼するにたりえるお方であり得る証です。そして、それは、やはり正しかった。貴方は見ず知らずの私を助けてくれたのだから。村のみんなもきっとアスト様を歓迎しますよ。』
ラパンはその凛とした目で真っ直ぐ俺を見つめて言った。面と向かって誉められたことなど実に数年ぶりで俺は、恥ずかしくて思わず顔を背けてしまった。そして、気恥ずかしさを誤魔化すように話を続けた。
『それにしても、僕が兎人族の主の称号を持っているってよく分かりましたね。』
「昨晩、村の巫女の元に兎神様の信託があったんです。兎神様の子供を助けし救世主であり私たち兎人の主となる方が異世界よりこの世界にお生まれになったと。」
兎神様の子供を助けた………?
そんなことあったか?
あっ!もしかして死ぬ直前に倒木から逃したあのウサギのことか。
あの兎は兎神様の子供だったのか!
なるほど。
だから兎神様は、お礼に邪神の目で存在が消えるはずだった俺に加護を与えてくれたり、こんな有難い称号まで下さったのか。
色々と合点が入った。
「それで私がアスト様の捜索の名を受けたのです。水鏡でお姿も拝見していましたしすぐに分かりましたよ。」
『なるほど。そうだったんですか。』
と俺が返答すると、なぜかラパンは、俺を掴み、頬をさらに膨らませて、顔を近づけてきた。
「……アスト様、アスト様は私たちの主なのですから、敬語など不要です。それと私のことはぜひラパンとお呼びください。」
『いや〜それはちょっと無理ですかね。知り合ったばかりで呼び捨てで呼ぶのってなんだか照れ臭いし・・・。』
「さっきまでは、もっと砕けた話し方だったじゃないですか!」
『いや〜、さっきは生死がかかった緊急事態でしたし……。』
もしかして、敬語で話しているから、怒っているのか?
けどなぁ、初対面の人と馴れ馴れしくするの苦手だし。無理して砕けて話なくても俺はいいと思うんだ。
決して女性と話すのが急に恥ずかしくなったとかそう言うのじゃないよ……。
だが、ラパンの怒りは収まらず、止まらない。
「ア・ス・ト・さ・ま!」
『わ、わかったよラパン。これでいいかな……。』
「はい。」
結局、押し切られてしまった。
ラパンは笑顔だけど、なんというか圧が凄い。
昔、俺が記念日を忘れていた時の彼女の顔にそっくりだ。
今でも覚えているがあの時の彼女の顔はまるで般若みたいですごい怖かった。
仲直りするために何度も土下座したのが今となっては懐かしい思い出だ。
転生してから戦いの連続で多少度胸がついたから耐えられているが、前世の俺だったら今回も間違いなく即土下座コースだ。
これじゃあ、どっちが主かわからないな……ハハハ。
そうして兎人族の村までの道中様々な会話をしながら進んでいたが、当初の予定よりも遅れていたためさらにスピードを上げることにした。
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