第4話 黒熊襲来 

 ……なんだあの恐ろしい雄叫びは。

 声を聞いただけなのに一瞬、呼吸ができなくなった。

 ……こいつはヤバい。

 早く逃げないと。

 声を聞いただけでこれだ。

 もしこのモンスターに見つかってしまったら…………命はない。



『ここにいるのは、危険だ。街に戻ろう。』


「う、うん。」



 俺たちは、街に向かって全速力で走った。

 さっきまで、浮かれていた子供たちも必死になって逃げている。

 てっきり、スライムを倒した勢いで倒しにいこうとする思っていたが、子供たちもこの危険を感じているようだ。


 ハア……ハア……。

 それにしてもさっきから凄まじい打撃音が聞こえてくるな。

 もしかしてこの恐ろしいモンスターと戦っている奴がいるのか?

 

 すると、ズドン!という凄まじい轟音と共に俺たちの目の前に誰かが落ちてきた。

 近づくと、美しい少女が倒れていた。

 ブロンドの髪にクリッとした目で橙色のシャツに黒ショートパンツを履いている。

 一見人間の出立ちだが 淡い桜色の鼻、人中と繋がった小さな口に大きな耳、それに全身が白い体毛で覆われている。

 人間とウサギの特徴が混じり合っている。

 こいつは間違いない兎人族だ!

 

 まるでトリートメントしたかのような美しい毛並み。

 今すぐこの兎っ子をもふりたいが…………。どうやらそれところじゃなさそうだ。

 全身が傷だらけで胸に大きな爪痕があり、血が大量に流れてしまっている。いつ命を落としてもおかしくない。 

 幸い”世界図書館”で、薬草は、見つけられるし前世で怪我をしている動物や作業中に怪我した人も手当てしてたから、応急処置のやり方は多少覚えている。

 急いで治療をしないと……。


『おい、大丈夫か!』


「うっ……あっ……危ない! 主様逃げて…………!」


 ガサガサ!

 

 後ろの茂みから音がしたので振り向くと目の前に、禍々しい黒いオーラを放つ巨大な熊が立っている。

 前世の熊を悠に五倍は超える体躯を持ち剣山のように硬く刺々しい漆黒の毛に全身を覆われた熊である。

 ただそこに立っているだけなのに息が詰まりそうだ。

 声を聞かなくても分かる。

 間違いない。奴がさっきの声の主だ。

 こいつは一体何者だ…………。


 俺は、気になって目の前の熊について調べた。


 

 黒熊 ランクBの魔物。魔素の濃い地域に生息していて非常に大きな体躯を持っている。全身の毛は、岩を貫く硬さ。その巨大な爪は、鉄をも切り裂く。非常に温厚な生き物である。

 


 あれが温厚?どう見ても殺気立っているようにしか見えないが……。

 まあ触らぬ神に祟りなしだ。

 ここは隠れてやり過ごそう。

 黒熊は明後日の方向を向いていて幸いまだ、俺たちの存在には気づいていないようだしな。

 俺たちは茂みに隠れて、黒熊の様子を伺った。


 

 グルル!


 しまった。目があってしまった。


 『くっ、見つかってしまったか。』


 ゆっくり後退しようとしたが、


 グラァーーーーーーーーーーーー!

 と威嚇された。


『…………逃す気はないってことか。』


 やるしかない。俺は覚悟を決めた。

 本当はこんな化け物と戦うなんて怖くて逃げ出したい。

 だが……今俺の後ろには小さな子供と怪我で動けない兎っ子がいる。

 逃げるわけにはいかない。

 それに、はるか太古の昔より子供を守るのが我々大人の務めだ。


『俺が囮になる! そのうちにお前らは逃げろ!』


「でも……」


『いいから早く行け!』


「うん。」


俺がそう言うと子供達は一目散に逃げた。

すると黒熊は、目の前の大木を全身の毛で薙倒しながら子供たちを追いかけた。


 

『おい!どこに行くつもりだ。』

 

 俺は、”伸縮自在”で目一杯伸ばした足を鞭のようにしならせ黒熊の眼球目掛けて振り下ろした。


「ギャアアア」


 

 会心の一撃を食らった黒熊は、目を押さえながらうずくまっている。

 流石に目玉までは頑丈じゃなかったみたいだな。


 ギロッ……グルルル!


 『……怒っているのか? そうだ。それでいい。お前の敵は俺だ。ついてこい。』

 

 俺は、黒熊が子供達と怪我を負った兎人族の少女を襲わないように反対方向へ走った。

 黒熊に捕まらないようにするため木の間を蛇行しながら逃げた。

 しかし、バキッ!!! メリメリメリ ドスン 

 黒熊は、目を血走らせ木を薙ぎ倒し俺に向かって真っ直ぐ追いかけてきた。


『効果なしか…………。』


 さて、どうやって倒す。

 このまま逃げ回っていてもすぐに捕まってジ・エンドだ。


 そうだ! さっきみたいに目を攻撃すれば・・・いや駄目だ。

 さっきは、敵が油断していたから隙をついて急所の目を攻撃できたが、二度目はないだろう。 

 他の場所を狙っても・・・・痛てェ! 

 だめだ。攻撃してみたが効果がない。むしろこっちがダメージを喰らってしまった。

 やっぱあの硬い毛に覆われた体には効果ないか・・・どうする。

 何か現状を打開できるものはないか。

 …………なにか。


 ーーゴウーーゴウーー

 轟々と荒々しい音がする。

 一体なんの音だ?

 気になって音のする方に視線を移すとをそこには大河が流れていた。

 川か…………!!!

 そうだ!これなら、黒熊を倒せるかもしれない。

 成功するかはわからないが試してみる価値はある。しかしそのためには、準備が必要だ。

 黒熊との距離をもっと距離を引き離さないと……。

 俺は、さらにスピードを上げ、追いかけてくる黒熊との距離を離し、道中で作戦に必要な物資を集めた。

 これで準備は整った。

 


 覚悟を決めた俺は、森を抜けた草原で黒熊を迎え討った。

 黒熊は俺を見つけるとすぐさま襲いかかってきた。

 噛みつかれる寸前で俺は空へ飛んだ。

 あらかじめ腕を 近くの木に巻き付けておいたのだ。

 熊は逃げる生き物を追う習性がある。

 そして、スピードを出して追いかけていた黒熊は急には止まれない。


 グララアアアア! 


 『かかったな。』

  

 ズボッ


 黒熊は俺が”吸収”した川の水と草原の土を絶妙な割合で”再構成”した泥を”放出”して敷き詰めて置いた地面にまんまと嵌まった。

 

『…………あまり動かない方がいい。そいつは動けば動くほどはまっていく底なし沼だぞ。』

 


 グアアアアアアアアアア! グウウウ…………キュウ。


 

 初めは叫声を上げて暴れていた黒熊もやがて呻き声に変わって大人しくなり最後には消え入るような声で沈んでいった。


 かーっ! 終わったあー! 

 初めは策もなく大見え切った手前どうなるかと思ったけどまあ、上手くいってよかった。

 熊は体重が重いから自重で勝手にどんどん沈んでいくと思ったんだよな。それに暴れてくれたおかげで思ったより上手く嵌まってくれた。

 痛てて。少しダメージがあるな。

 回復しておくか。

 光合成で傷を癒していると、神の声が聞こえた。


《レベルが上がりました! スキル 硬化 身体強化 体術を獲得しました。。》


 黒熊を倒したことでレベルが上がったようだ。それと新しいスキルも。そういえば、進化してから忙しくて一度も確かめてなかった。ステータスを確認する。





ステータス


名前:名無し

種族:*#樹$&¥?

LV:53

H P:108

MP:48

攻撃力:84

守備力:97

精神力:110

敏捷性:269


称号:兎を愛せし者

加護:兎神の加護、邪神の目

技能:世界図書館、思念伝達、伸縮自在 魔力感知、魔視、魔聴、吸収、放出、再構成、光合成、身体強化、硬化、体術

耐性:呪術無効

魔法:ーーー


身体強化…………運動能力を上昇させる。熟練度によって上昇率は異なる。


硬化…………全身または部位の硬質化。熟練度によって硬度は異なる。


体術…………武器を一切使わない武術。熟練度によって使える技が限られる。



 とりあえず、新しいスキル一通り試してみるか。

 まずは、身体強化だ。

 ふむ。使う前と比べて遥かに体が軽くなった。使う前に比べて身体能力が2倍ほど底上げされたみたいだな。

 次は、体術を使ってみるとしよう。

 ん!頭の中に、武術の経験が流れ込んでくる。まるで、ずっと前から扱っていたかのようだ。

 今使えるのは、三つ。

 最初は、鍛体

 武術の基本。身体操作の最適化。 

 

 さっきまでの頭の中でイメージした自分の動きと実際に動く時のずれがなくなった。

 次への動作のスムーズさがさっきまでとは段違いだ。すごいなこれは。それに意識しなくても常に使っていられるみたいだ。

 次に、柳。

 相手の打撃を受け流す技。相手の関節を軽く押すことで打撃を受け流すのか。

 

 最後は流拳。

 体の内部へのダメージを与える殴打技だ。

 試しにこの木で試してみるか。

 流拳!

 

 ドン! バキバキバキバキ!

 

 木の表面には、傷ひとつ付いていないが芯の部分から裂け、木が縦に真っ二つに割れた。

 

 最後は、硬化だ。

 とりあえず、この岩でも殴ってみるか。

 ふん! 

 バゴーン! ゴロッ ゴロゴロ

 ……粉々になったな。

 ひょっとしたらさっきは攻撃しても一切傷が付かなかった黒熊の毛も・・・。

 バキッ!

 殴ったら普通にへし折れた。

 ……なるほど。どれもかなり戦闘に役立つスキルだ。

 これなら、危険な異世界でもなんとか生き抜いていけるだろう。

 スキルを確認し始めてから1時間が経過していた。

 夢中になっていた俺は大事なことをうっかり忘れていた。

 しまった! 怪我人のことすっかり忘れてた! 早く戻らないと……。


 俺は、うさぎっ子のところに急いで向かった。


 

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