第1話 エンカウント
「夏休み、羽目を外しすぎないようにね。安全第一で過ごすこと。じゃあ今期の授業は以上。起立」
生徒がばらばらと席を立つ。
「礼」
「横峯」
栗色の髪の持ち主に声をかける。
「立花。帰ろうか」
「おう。本屋寄っていい?」
「もちろん」
長い坂を一緒に降りていく。新緑が目の底に焼きついた。自転車を押しながら前を行く横峯が振り向いて微笑む。
「立花はほんと本屋が好きだね」
「ほぼ毎日寄ってるからな」
「筋金入りだよまったく」
ふんふんとご機嫌に鼻歌を歌う横峯。
「ま、その代わりに楽堂屋に行けるからいいんだけど」
楽堂屋とは、本屋の近くにあるCDショップである。横峯は音楽が好きで、曲作りが趣味なのだ。昔は商店街の入口で別れたものだが、今はお互いの買い物に付き合っている。
本屋に着く。俺が真っ直ぐ向かうのは画集コーナーだ。ここの本屋は画集の棚に力を入れているらしく、三連ほどの本棚が使われているし、入れ替えも頻繁にある。しゃがんで一番下の画集を手に取る。妖気を放つろくろっ首が描かれた表紙。好きな作家さんの新刊だ。
「新しいの出てる」
「よかったねぇ立花」
ニコニコしている横峯。可愛すぎて一瞬くらっとした。保護したい。
なんとか正気を保って画集をレジに持っていく。代金を払って、二人で店の外に出た。楽堂屋に向かって歩きだす。
「あ、横峯じゃない」
後ろから声がかかった。掠れた低い声だ。誰だろうと振り返る。その時、横峯がびくりと震えたように思えた。
「……岩田さん」
「岩田さんって他人行儀だな。昔みたいに花男って呼んでくれよ」
そこにいたのは背の高い男だった。精悍な顔立ちをしているが、顔に浮かんでいたのは薄ら笑いだった。
「横の子、彼氏?」
なんとなく横峯の前に立つ。
「横峯に何か用ですか。ないなら帰ります」
「そういきりたたなくても。俺ね、横峯の元彼なんだ」
「……岩田さんにそんな自覚があったなんて知らなかったな」
後ろで横峯が暗い声で言い、笑った。
「だって遊びだったじゃない。横峯もそのつもりだったでしょ」
沈黙が落ちる。
「……一生そう思っていればいいですよ」
絞り出すような声だった。
「行こう、立花」
横峯が踵を返す。俺は岩田をちらりと振り返って、横峯の横に並んだ。岩田はあの薄ら笑いのままだった。
「横峯、あいつって」
「中学時代に付き合ってた二コ上の先輩」
「……へぇ」
「ごめんね、立花。変なことに巻き込んじゃって」
「そんなこと、」
「向こうは遊びだったんだ。だからあんな態度でいられる」
その言葉で、横峯は本気だったことを悟った。もしかすると、初恋の相手なのかもしれない。
「横峯」
「今日は帰ろう。まだ商店街にいるかもしれないし」
横峯の表情は暗かった。俺はもう何も言えなくなって、そのまま横峯と別れ、帰宅した。
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