ワン・タイム・サマー

序章 夏が始まる

「夏休みだねぇ、立花」

 放課後、誰もいない教室で机に寄りかかって、横峯がどこか甘やかな声で言った。

「だな」

「去年の夏休みのこと、覚えてる?」

「忘れるわきゃないだろ」

「へへ」

 横峯は嬉しそうな顔をした。去年の夏休みのことを忘れられるはずがない。何度も繰り返した上に、横峯の告白を受けた。うんざりと喜びが一度に押し寄せた夏だった。あれから一年か。長かったような、短かったような、どちらとも言える感覚がある。

「今年の夏さぁ、母方の祖父母の家の近くで海の家やっててさ」

「うん」

「そこでバイトしない? 割と給料良かったよ」

「……いいな」

 根がインドアの俺は、誘われてやっと外に出られるようなところがある。横峯の誘いを断る理由など一つもなかった。というか、これで横峯と一夏過ごせるのか。

「……へへ」

「あ、嬉しそうだね立花。僕と過ごせるのがそんなに嬉しい?」

「……まぁな」

 そう言えば、横峯は自分からけしかけたくせに耳を赤くした。

「……祖父母の家に泊まることになるよ。いとこも帰ってるらしい」

「へぇ」

 いとこか。横峯の幼少期のことなどを聞き出せるかもしれない。わくわくするな。赤くなった耳をそっと撫でると、横峯は頬も赤くして恥ずかしそうにそっぽを向いた。可愛い。額に口づけると、丁度開いた窓からさわさわと木々が揺れる音がした。夏が始まる。

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