9 いやなセカイ系
しばしなんなのかわからない乗り物でどこかに連れ去られた。車だろうと思っていたらだんだん耳がツーンとした。飛行機なのだろうか。だとしたらどこに連行されているのか。
いや、車で高い山に登っている可能性もワンチャンあるぞ。小さいころ家族旅行で八幡平に車で遊びに行ってやっぱり耳がつーんとした。
家族、か。
父さんは亡くなり母さんは僕をおいてどこかに行ってしまった。身寄りのなくなった僕は、親戚付き合いをしていた藤村家を頼ったが、結局酒乱のおじさんにいじめられて家を出て、いまの暮らしをしている。
そんなこと思い出しても、なんにもならんな。
ため息をつきたかったが明らかに左右を兵士に固められている。ため息なんかついたらきっとまずいことになるのでこらえる。
レモンさんは無事だろうか。植木さんと谷さんの挿し木をした鉢は無事だろうか。無事じゃないよな、あそこまで踏み込まれたわけだから。
レモンさんはともかく、植木さんと谷さんは電極なんぞ取り付けて拷問されている恐れがあるぞ。ヘビメタを聴かせるのだ。植物にインドのシタールを使った伝統音楽を聴かせたらスピーカーに抱きついたという話を聞いたことがある。その逆をやられて、「ヒイイお慈悲を」となるのだ。
あるいはカッターナイフを取り出してチキチキ繰り出して見せるのだ。植物はダメージを受けそうになると悲鳴をあげると聞いたことがある。
いや、こんな月●ムーの記事みたいな植物の秘密思い出してどうなるの。
「降りろ」
手を引かれて乗り物を降りる。けっこう歩かされた。背中になにか固いものを当てられている。こんなことレモンさんに言ったら変態解釈しそうだな。
「座れ」
なにやら座らされた。ほどよい背もたれのある椅子のようだ。目隠しが解かれる。
目の前には、なにやらいかめしい顔をした中年男性がいた。誰だっけ。思い出そうとして思い当たったのは、藤村のおじさんであった。
いや違う、藤村のおじさんはこんなに清潔じゃない。もっと汚くてヨレヨレになっている。目の前の人物はしゃれた背広をぱりっと着こなしていて、髪は適切に整えられ、ちゃんとした遠近両用のメガネをかけていた。
「蓮沼一人くんね?」
人気声優のかわいい声がそう言った。な、なんぞ? 見れば紳士はスマホを持っている。どうやら某ドラマの力士俳優が演じた役と同じ感じのようだ。日本語はわからないのだ。
「はい、そうです」
またかわいい声が響く。
「宇宙人を匿ってたっていうのは本当なの?」
「ええ、まあ……というかお隣に住んでただけで、僕は宇宙人を匿いたくて匿っていたわけでは」
「でも宇宙人を匿ってたのはマジよりのマジじゃない」
どういう語彙だ翻訳AI。
「でも怪獣が日本に出たとき、ヴィーガンガ●ダムを作ったじゃないですか、あれは宇宙人の技術を使ったんじゃないんですか?」
「そうよ。宇宙人の技術を、我々は宇宙人を分解して手に入れたの。守られるべきは地球人類よ」
分解。つまり解剖されたということか。植木さんや谷さんはもうこの世にいないのではなかろうか。
「宇宙人たちは人間の住めないところで暮らすつもりなんです。許してやることはできないのですか」
「ダメよ〜ダメダメ。そうやって軒先を貸すと、どんどん侵略して母屋に入ってくるんだから。ハビタットが違うと彼らはいうけど、現に人間の住んでいるなかに2パーセントも住んでるのよ。侵略する気満々じゃない」
それもその通りだ。
「宇宙人たちは人類と和平交渉がしたいと言っていました。だから影響力のある人に近づきたいと。だから僕はやりたくもないユーチューバーをやってたわけでして」
「そのわりに嬉々としてド根性植物探してたじゃないの」
「そりゃユーチューバーがお通夜ムードじゃお話にならないですよ」
「まあそれはそうね」
納得するんかい。
「とにかく、宇宙人と接触していたことは分かってるの。それを野放しにできないって話。どこで宇宙人の話をポロリするかわからない。だから捕まえた。キミと一緒に活動していた中島レモンなる女の子も同じ。キミのところでスクスク育っていた宇宙人の腕も回収させてもらったわ」
「そうですか。今後僕はどうなるのですか?」
紳士は難しい顔をした。
「脳内の記憶をある程度削除して、元のところに戻すわ。でもこの技術はまだ確立されていなくて、記憶がすべてぶっ飛んでしまう可能性も高い。エンターテインメントの記憶喪失は都合よくストーリー記憶だけなくなるけど、記憶がすべてぶっ飛んだら赤ちゃんみたいな状態になる」
それは困る。
「大丈夫よ、そうなったら当局が全て面倒を見るから。ちゃんと一人で用を足せるようになるまで、オムツをつけてトイレトレーニングもするわ」
「それは人間の尊厳を踏みにじることではありませんか」
「人間の尊厳とこの地球、どっちが大事なの!?」
またいやなセカイ系が出てきてしまった。僕は叫んだ。
「僕が僕じゃなくなるなんていやだ!」
「どうして? 親に見捨てられてアル中の親戚にいじめられる人生なんて、いいものであるはずがないじゃない」
たしかにそうだ。でも僕の本能は、僕でありたいと叫んでいた。
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