7 ナメクジを見たときのような悲鳴

 植木さんと谷さんの腕の挿し木は、次第に木質化してきた。小突くと木を小突いたような音がする。しかし指先は柔らかいままで、ときおり筆記具を要求する。

 筆記具として最近ではホームセンターのディスカウントのワゴンにぶち込まれていたデジタルメモ板(1000円なり)を使っているのだが、それのタッチペンと板を渡すと「水が欲しい」だの「肥料が欲しい」だのと喚き散らすように書く。そう、この人たちは植物なので、水や肥料を与えねばならない。

 植木さんと谷さんは、自分の力ではなにもできない、恐ろしく非力な存在になってしまったのだ。

 宇宙人の寄せ植えにせっせと水をやって暮らしているというのもなかなか変な状況だが、もう半月もしないうちに宇宙人が押しかけてくる。そう思うと水やり以外にできることを考えなくては……と思う。

 しかしホームページは運営に削除されてしまったし、それを恐れて宇宙の種チャンネルはいつまでもド根性植物を探すチャンネルである。よそのチャンネルではごく当たり前に、陰謀論やインチキ医学が語られているというのに、僕らは宇宙人のことを一つ話すこともできない。

 完全なる「どうしたもんじゃろのう」であった。


 ある日、学校の帰り道、夕暮れの空に異様に大きなほうき星が見えた。まさか宇宙人が来訪してしまったのか。慌てて帰って谷さんにタッチペンを握ってもらう。植木さんは適当なことしか言わないのであまり信頼されていない。


「あれはいわばハシ●ヤンみたいなものだと思う」


 突然のスーパーヒーロータイムであった。


 要するに地球になにか害を成したいエイリアン、ということらしい。ヒーローではない僕たちの出るところではないのか、と尋ねると、谷さんは親指を立てた。出なくていいらしい。安堵する。

 同じくほうき星を見たレモンさんがやってきた。いや、この時間に男子の部屋に来てだいじょうぶなもんなの。そう言うとレモンさんは少し恥じらうような顔をした。


「ヘンタイ!」


 いやあんたには負けるよ。


 とにかくあのほうき星は自分たちに無関係。それだけで安心できた、のは束の間。テレビをつけるとニュースをやっていた。東京が巨大なエイリアンに襲撃されている。なるほど僕らではどうしようもないやつだ。

 自衛隊が出動したものの、エイリアン――見た目は動物っぽい――には手も足も出ないようだ。

 とりあえずレモンさんは帰った。怪●8号じみた展開になってきたなあ、としみじみと思う。あの漫画、始まったときは「なんだこのおもしれーやつ!!!!」となったが、最近はちょっと中だるみしている気がする。そんなことはどーだっていいのだ。


 動物っぽいエイリアンを打ちのめすため、東京から人間や動物は疎開し、エイリアンを倒すために巨大人型決戦兵器が用いられることになった。

 巨大人型決戦兵器、その名を「ヴィーガンガ●ダム」。明らかに植物質宇宙人の技術で製造されたもので、完璧に植物でできていると植木さんは言う。エネルギー源は太陽と水なので、事実上どんな天候でも戦えるし、ニュート●ンジャマーを仕掛けられても痛くも痒くもない。

 ただ、どこから宇宙人の技術が漏れたのか、それだけが心配だ。


 ヴィーガンガ●ダムは八面六臂の大活躍で、あっという間にエイリアンを叩きのめした。そこまではよかったのだ、倒したエイリアンの体が弾けて、なにやら小型のエイリアンが日本じゅうに散らばったようなのだ。

 意味ないじゃん! とテレビの前で叫んだ日本人はどれくらいいたのだろうか。そしてそのエイリアンは、我が家にも現れた。


 植木さんの腕が、びくっ、びくびくっ、と、ハートマークをつけたらえっちな漫画になりそうな動きをした。

 タッチペンとメモ板を渡す。植木さんはさらさらと書いてよこした。


「あのエイリアンが近い! あのエイリアンは我々をかじる!」


「いやヴィーガンガ●ダム圧勝したじゃないですか」


「ヴィーガンガ●ダムの素材がこの星の植物だからだよ! あいつらはメタルビーバーといって、我々をかじるエイリアンなんだ!」


 はあ……。

 そう思ったら窓になにかがべちべちと激突した。雨降りでジメジメするので窓は閉めてあるのだが、ぶつかってきたものを見て僕は絶句した。

 エイリアン、別名メタルビーバーが、窓に次々と突っ込んできていたのである。どうやら植物質宇宙人の居場所が分かるようだ。体は柔らかいらしく、小さな子供が窓ガラスに顔を押し付けたようになっている。


「ウワー!!!!」


 ナメクジを見たときのような悲鳴が出た。

 慌ててアパートじゅうの窓を閉めた。よし、と思ったところで玄関がドンドンされた。


「おい! カズト!! いるんだろ!? 出てこい!!!!」


 あわわ、藤村のおじさんだあ……!

 完全なる四面楚歌というか大ピンチというか、どう動くべきかわからない状況になってしまった。藤村のおじさんを入れてしまうと、腕を植えているという異様なものを見られて通報されてしまう。そうなったら宇宙人のことが意図しない形で明らかになってしまう……。

 かといって窓から逃げるとするとメタルビーバーがドンドコ入ってくるに違いない。マジでどうしよう、僕は泣き出したい気分だった。

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