6 挿し木で増やしてくれたまえ

「風向き、変わりそうね」


 唐突に植木さんが「ガン●ム水星の魔女」の、タケモ●ピアノの人たちみたいなことを言い出した。しかもなぜかてよだわ言葉で。


「風向きが変わりそうって、なにかあったんですか?」


「いや? 実にシンプルに、風向きが変わっただけだよ。そろそろ雨が降るんじゃないかい?」


 聞かなきゃよかった。そして植木さんの言うとおり、雨が降り始めた。植木さんは自分の部屋に帰っていった。

 梅雨のジメジメするボロアパートで、僕はごろ寝をしてスマホをいじっていた。こんなボロアパートだがちゃんとワイファイが飛んでいる。きょうは大好きなアニメの配信日だ。ワクワクとスマホの画面を眺める。

 せめてタブレットで観たいのだがそんな余裕はない。テレビはあるがオンボロの、リモコンに「地上アナログ」のボタンがあるやつで、ネット配信の番組は見られないしBSもついていない。

 そしてこの県には民放が3つしかないし、たまに深夜にアニメが地上波放送されていても録画機も持っていないので、なんだかんだ流行りのアニメはスマホで観るしかないのだった。


 スマホの画面を見ていると、なにやらざざ、と違和感のある挙動をした。なにごとだ、と思っていると、なにやら英語のテロップが流れ始めた。英語の成績は悪くないがこんなに勢いよくテロップを流されるとさすがに追いつけない。

 本当になにごとだろう。まあいいか。そう思って、アニメの続きを観る。面白いがさっきのテロップに恐怖心を感じてしまう。

 アニメを見終わるころ、部屋のドアがドンドンされた。なんだなんだ、藤村のおじさんか。宇宙人二人が無力化したんじゃなかったか。


「大変だカズトくん! アパートの周りが軍隊に包囲された!」


 なんですと。よくわからないが緊急事態らしい。窓の外を見るとなにやら軍隊のようなものが部屋を包囲していた。

 うん、たしかに軍隊だ。なんでじゃ。宇宙の種チャンネルとか宇宙の種サイトがなにかまずいことになったのか。はたまた植木さんが堂々と全裸でうろついたのか。なんにせよあまり状況はよくない、いや端的に言って大ピンチだ。


「ここは包囲されているぅ。植物質宇宙人、いますぐ出てこいぃ」


「これは私が出ていけばいいのかな? 谷さんと一緒に」


「ダメです。そんなことしたら解剖されてホルマリンに漬けられますよ。そしたら移民団がきた時に備えた活動ができなくなる」


「ウーン……じゃあ、挿し木で増やしてくれたまえ」


 植木さんはやすやすと右腕をボキっと折って、折れた腕をホイと僕によこした。そんな無茶な。なかなかにホラーなものを渡されて怯んでいると、谷さんも現れた。


「わたしも挿し木で増やせるから。ほら」


 谷さんも腕をボキっと折って僕に預け、二人ともベランダから飛んで軍隊に連行されていった。

 いや、挿し木で増やせるったって、そんなボキっと折ってどうにかできるもんなの。だいいちどこに植えろと。僕はグルグル考えながら、軍隊がいなくなるのを見つめた。

 日本語を話していたが日本の自衛隊の装備ではないように見えた。公安とかいうやつ? はたまたアメリカ軍? さっぱりわからない。


 とりあえずレモンさんにメッセージを送ったが、レモンさんは習い事に行っているらしく待てども待てども返事が来なかった。ようやく連絡がついたのはその日の夜遅くだった。

 こっそり家を抜けてきたレモンさんと、ぼきっと折って放っていった宇宙人の腕を見比べる。

 そういえば、とレモンさんはスマホの画面を見せてきた。


「宇宙の種サイト、運営に削除されてる」


「宇宙の種チャンネルは……無事だな。やっぱり宇宙人がやってくるって書いたのがまずかったか」


「宇宙の種チャンネルはただのド根性植物チャンネルだからね……」


 次の日は土曜だった。とりあえず二人してホームセンターに向かった。挿し木する腕を育てるためのプランターを買うのだ。

 どうしてホームセンターというところはこうもワクワクするのだろうか。ついプランターとはなんの関係もない、ペットコーナーのモルモットの前で「ぷいぷいかわいいね〜」と恵比寿顔になったり、建築資材のコーナーを興味深く眺めたりしつつ、大きめの野菜用のプランターと、花や野菜に使う土を購入した。鉢底石なるものも買った。


 アパートに帰ってきて、植木さんの腕と谷さんの腕を植える。切り口のほうからぱやぱやと根っこが生えていて、なんとも不気味である。でも根っこが生えているおかげで植える向きがわかった。

 植え付けて水をやる。指先がびょんびょんする。怖い。

 なにやら谷さんの指先が手招きするように動いているので、もしや、とシャーペンを持たせてみた。ルーズリーフを預けると、さらさらと文章を書いてよこした。


「移民団 もうまもなく地球に到着するみたい」


「まもなくってどれくらいまもなくです?」


「猶予はあと半月ないくらい 梅雨明けのころには地球に到着するみたい」


 それはだいぶまずいのではなかろうか。


「移民団って、地球人類とは違うところに住むんですよね? それなら問題ないのでは?」


 レモンさんがそう言う。やはりレモンさんはSFの読みすぎなのではないだろうか。


「だとしても混乱が起きることは避けられないし 移民団の宇宙船にミサイルを撃ち込まれたら星間大戦争になっちゃう 反撃手段を我々は持っていないけれど 地球人の武器とおなじような武器を生産して自衛する予定のはず」


 だいぶまずいどころかかなりまずい。隣のレモンさんが「性感大戦争!?」と変態になっているのはともかく……。

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