第6話 壁の先
先程のアリさんに別れを告げ、壁の裏に隠されていた薄暗い通路を進み、階段を下っていくと、扉を見つけた。
今までの重厚で豪華な扉とは違う、いつもの見慣れた木製の扉に、なんだか安心感を覚えつつ、とりあえずノックをしてみるものの、暫く待っても何も反応が返ってくる気配は無かった。誰もいないのかな。
ーとりあえず、開けてみるしかないよね。
道中、ほとんど何も無かったとは言え、一応はダンジョン(仮)の最下層の先の隠し通路を経てたどり着いたこの場所。今度こそきっと何かあるに違いない。
「お邪魔しま〜す…」
一抹の期待と、また不安を胸にそのドアノブを掴み、押す。
しばらく誰も使っていないのか、ギギギ、という音と共に私の視界に入ってきたのは、今まで見てきた殺風景で閑散とした部屋とは異なる、生活感のある部屋だった。
やはり中には誰もいなくて、あるのはどれも年季の入ったテーブルや椅子。そして壁際には本棚に綺麗に陳列された多くの本がある。しかし一方で、掃除は行き届いているようで、埃っぽさは無かった。人が住んでいる気配は感じられないけれど、誰かが掃除しているのかな。
ところで、この部屋を見渡す限りは、なんだか普通の書斎のように見える…けど、この中で一つだけ、明らかに異質なものを見つけた。
「……何、これ?」
部屋のちょうど真ん中にある、この部屋のインテリアとしては明らかに浮いている”それ”は、質素なデザインの台座と、スイカサイズほどの透明な球体がその上に乗っていた。
これが一体なんなのかは、分からない。
ただ、そんな不思議な球体に、私は気づけば、吸い寄せられるように近づき、手を伸ばしていた。
半ば無意識に、その球体に触れた、その瞬間。
「っ!?」
突如、今まで経験したことのないような、なんとも言えない不快感が身体中を巡り、たまらず手を離そうとするも、一度触れてしまった手はくっついてしまったかのようにぴくりとも動かせなかった。突然のことに目を白黒させるも、そうしている間も、「何かが抜け落ちるような感覚」は時間と共に増すばかり。
「っなに、これ!全然離れらんないんだけどっ!?」
必死な抵抗も虚しく、状況は変わらず。絶え間なく押し寄せる不快感に、もう耐えられない。そう思った瞬間、私は意識を手放した。
***
どのくらい気を失っていたのかは分からない。
不意に感じた冷たい床の感覚に、意識がだんだんと覚醒してくる。
…そっか、さっきはよく分からない球体に触れて、その後これまたよく分からない感覚に襲われて…結局そのまま気絶しちゃったのか。
なんだか、さすが異世界というべきか…今日一日だけでもかなり多くの不思議な体験をした気がする。これから先、こういうことが日常になって、段々と慣れて当たり前になっていくのかな。今のところ、全く想像が出来ないけど…。
…それはまあ置いておいて、この床で寝ているのもそこそこに、そろそろ起きないと。正直、今日はかなり色々ありすぎて疲れたから、このひんやりした床の心地よさに身を任せて、眠ってしまいたいくらいだけれど………、良いかな。いやダメだよね。とりあえず、もうすこしだけ頑張ろう。
そう思い、目を開けると……
「…?」
目を開けた先にいたのは、淡い光を放つ球体が、ふわふわと私の前を漂っている。大きさはテニスボールほどだろうか。
何だかその様子が面白くて、それに手を伸ばすと……
「はじめまして、マスター」
……どうやら私は、自分が思っているよりもずっと疲れていたみたいだ。だからこんな幻覚が見えて、さらには幻聴まで聞こえるなんて。
「マスター、私はこれから貴方様の……あの、横にならないでください。マスターがお疲れなのは分かりますが、とりあえず少しだけでもお話を……、ああ、寝ようとしないでください。………………こんなところで寝たら、風邪をひきますよ。起きてください。もう、横になったままでもいいので、せめて目を開けてください。マスタ
ー」
私に対してだろうか。必死に話しかけてくる声が聞こえる。でも、そんな訳ない。私のことを”マスター”と呼んでいたような気がするが、それもきっと気のせいだろう。私は誰かの主人になった記憶はないし、異世界に来て一日目にして更なる面倒事の予感を抱えるようになるはずが……
「…面倒事と思われるのは不本意ですが、それでも構いませんので、とりあえず現実逃避をお止めください。」
…心の声を読まないでおくれ…。きっとこれは幻覚。きっとこれは幻聴…。
「………もう、しょうがないですね。申し訳ございません、起こしますよ、マスター」
「……………っ!?うわっ、なにこれ眩しい!目が痛い!!死んじゃう!」
「目が覚めましたか、マスター。これくらいでは死なないと思いますが…まだ覚めていないようでしたら、後10段階ほどは明るくすることが可能ですが、いかがいたしましょうか。」
「ごめんなさいごめんなさい!起きます、起きますから、その眩しいのを止めてください!!許して!!」
***
「うぅ、まだ目がチカチカする…。」
これまでのダンジョン内が薄暗かったことも相まって、先ほどの光攻撃はかなり私に効いていた。この世界に来て初めての物理的大ダメージと言っても過言ではない。私のことをマスターと呼ぶあの光球は、森の中で会ったなんとか王国の隊長さんよりも強いかもしれない。
「私は武力を持ち合わせておりませんから、そんな訳ないでしょう。」
「当たり前のように私の思考を読まないでよ。どうやっているの、それ。」
「…そろそろお話してもよろしいでしょうか。」
はぐらかされた。まあいいか。
「改めまして、はじめまして、マスター。私は”ダンジョンアシスタントー汎用型AGI:001と申します。これからマスターを様々な面でサポートさせていただきます。」
「……ああ、うん。私は月光鈴。まあ、とりあえずよろしくね。」
「……」
「あれ、どうしたの?」
聞きたいことを飲み込んで、とりあえず自己紹介したんだけど、なぜか固まってしまった。なんだか、目の前の彼女はなんだか困惑しているみたい。…いやまあ、見た目はただの光球だから、なんでそんなことが分かるんだって話だけれど。直感です、直感。
「…道理で、あれだけの魔力が……。あの、マスターは、もしかして”転生者”様でいらっしゃいますか?」
最初の方はよく聞こえなかったけれど、なぜか急に私が転生者であることを当てられて、今度は私が固まってしまう。
「……なんで分かったの?」
「マスターのお名前が、とても珍しく、また過去の転生者様の名前の形式と類似していたためです。」
「ああ、そういうことかあ。新しい名前、考えておいた方がいいかな?」
「マスターの現在の名前をそのまま使用し続けた場合、名前を教えることは自らが転生者であるということも同時に相手に教えることになります。おそらくマスターの場合は、面倒事を回避するためにも、むやみやたらに自身が転生者であると言いふらす必要はないと思われますので、新しい名前を考えておくのがよろしいかと。」
新しい名前、新しい名前……。どんなのが良いかな。
「……それじゃあ、”リン”ってのはどう?」
「それでしたら、違和感ないかと。少なくとも転生者様であることは、隠せると思います。」
ちなみに”リン”は、元の名前の”鈴”から取ったもの。特にひねりがあるわけでもないけれど、私は両親がつけてくれたこの名前が好きだったから。新しいこの世界でも、欠片でもそれを残したかった。
「改めて”リン”として、よろしくね、……名前なんだっけ。」
「”ダンジョンアシスタントー汎用型AGI:001です」
「長い!さすがにそれは」
「毎回言うのがめんどくさいと言うと思いましたので、私のことは”エビネ”とお呼びください」
「私のことよく分かってるね…。まあ、聞きたいことはたくさんあるし、まだこの状況を何にも理解してないけど、とりあえずよろしくね、エビネ。」
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