第5話 ここってダンジョン?
逃げ出したはいいものの、どこに行けばいいのかなんて全く分からないから、とにかくあの場から距離を取ることにした。
幸い、誰にも襲われることなく辺りを彷徨っていると、この大自然の中に明らかに似つかわないような人工物を見つけた。
ーいわゆるダンジョン的なものかもしれないし、ここだったら誰にも見つからないだろうから、すこし覗いてみようかな。
それに、もしこれがダンジョンだったら、誰かと会えるかもしれない。先ほどの出来事によってほぼ確定で犯罪者な身分になってしまった私には、今すぐ人の多い町に行っても捕まるのがオチだろうから、まだここの方が安全だろう。
この世界について右も左を分からない私にとっては、まずは情報を集めることから始めないと。
***
「ここが入り口かな。お邪魔しま〜す…。………いや重っ、なにこれ。」
よくわからない模様が描かれている重厚な扉をなんとか押し開けると、目の前には殺風景な一直線の通路があるだけだった。不思議なことに、ここには太陽光が届かないのに微かな明るさがあるため、進むのに不便はない。
「さて、進もうかな。何も出ませんように………。」
ここがダンジョンであれば、敵の一匹や二匹出ない訳がないのだけれど、出来る限り出ないで……、そう祈りつつ、この何もない通路を進むことにした。
いつ何が来てもいいように、全方位に神経を尖らせながら進むこと体感およそ数十分。
……一向に景色が変わらないまま、ボス部屋みたいな場所にたどり着いてしまった。ここまでひたすら通路を歩いて、階段を下りるだけの道のり。人の気配どころか、生き物の気配すら全く感じなかった。
ここまで来るのに3回くらい豪華な扉と、その先に大きな空間も見つけたけれど、中には誰もいなくて、ただただ閑散としているだけだった。
ーもしかして、無人のダンジョンとか?というかそもそもダンジョンじゃないとか?
「とりあえず、ここまで来たんだし……ここだけ見たら引き返そう…。」
私の目の前にあるのは、今までのよりもさらに豪華な扉。明らかにこれまでとは違うのが一目で分かる。
「お邪魔しま~す…、ってか、重すぎるんだけど、毎度こんなに重くする必要あるのこれ…。」
これまた今までみたいに重い扉を押し開けて中に足を踏み入れると、誰もいないという予想に反して、
「………………、まじかぁ。」
このダンジョンのボスらしきものがいた。
私と相対するのは、一匹のアリ。いや、アリらしいと呼ぶべきかもしれない。だって、
「この大きさは聞いてないです。」
私の知っている蟻ではない。このサイズは軽くトラウマになりそう。
今すぐここから逃げ出したい気持ちを抑えつつ、私を簡単に丸吞みできそうなほどの巨大アリと向かい合うこと数十秒。
…せっかくここまで来たんだから、もう戦うしかないよね。ボスっぽいし、倒したら何かありそうだし。てか、そもそも入り口の扉しまってるし。
出来ることなら本当に戦いたくないんだけど……諦めて覚悟を決め、両手に剣を作り出して身構える。
そうして、巨大アリとの戦いの火蓋が切られー
「……どうしたの?」
巨大アリは、一向に動く気配を見せない。不思議に思いつつも、正直近づきたくないため遠くから静観していると、その巨体の六本の足が小刻みに震えていることに気が付いた。
「……もしかして戦いたくないとか?…ああ、あの分かった、分かったからそんなに頭を振らないで」
理由は知らないがなぜか戦いたくないらしく、私の問いかけに対してブンブンと頭を縦に振っている。私も戦いたくなかったから、正直かなりほっとしている。
…でもそんなに頭を振らないで欲しい。デカいとは言えど昆虫だし、目の前でぽろっと頭でも取れたら軽く失神する自信がある。昆虫は頭とか手足とかすぐもげるんだから。
「…じゃあ分かった。私も別に戦いたいわけでは無いから、戦わないよ。ところで、この部屋って、あなた以外何かあるの?」
聞くと、巨大アリさんは頭をふるふると横に振った。
「何もないの?そっかぁ…。」
ちょっと、いや、正直かなりがっかりしている。だって、ここまで来るのに結構歩いたのに、何もないなんて…。それに結局誰にも会わなかったし、ここに来た意味…。
これまでの労力が徒労に終わったことにしょんぼりしつつ、そうしてこの場から引き返そうとすると、何かトントンと壁を叩くような音が聞こえた。
「どうしたの?……そこに何かあるの?」
音のした方を見れば、先ほどの巨大アリさんがその長い脚で壁を叩いて、何かをアピールしていた。
「そこの壁がどうしたの?何かギミックがあるってこと?謎解き?」
頭を横に振り、違うと言っているのを横目に、そのアピールされた壁を見つめる。一見、なんの変哲もないただの壁だけれど、他のと何か違うのだろうか。
「この壁の先に何かあるの?…そうなの?」
何となく聞いてみると、巨大アリさんは頭を縦に振った。…でもさっきギミックは無いとも言っていたけれど…。
「もしかして、あなたを倒せばここが………、ああまってまって、倒さないから、そんなに怯えないでよ…。というか普通こういうのって、怒るのが定石なんじゃないの?
そんなに怯えられたら、なんだか悪いことしてるみたいじゃん…、いや、悪いことなのか……?」
何故だか知らないけれど、ここまで怖がられていることに複雑な思いを抱きつつ、なんとなくアリさんが言いたいことが分かってきた。
つまりこの壁にはギミックがあって、それはきっとアリさんを倒せば作動できる。そうすれば壁の先に行けるけれど、肝心のアリさんは戦いたくない。
それにまあ、ここまで来たら私も戦いたくない。そもそも勝てるのかはともかくとしても、なんだか悪いことをしている気分になるし、これまでの時間でなんだか情も沸いてしまった。…見た目は正直、まだ見慣れないけれど。
それじゃあどうやってこの壁のギミックを突破するか…。私は謎解き系が得意ではないから、こういうのにめっぽう弱い。ここで頭がいい人だったら、何かしらひらめくのかもしれないけれど、私はさっぱり思いつかない。
さてどうしようか…。
「………」
「…………」
「……………壊してもみてもいい?」
やっぱりこういうのは苦手。壊してみるのが手っ取り早いかなと思い聞いてみると、アリさんはそそくさとその壁から離れていった。いいってことかな。
「それじゃあいくよー、…えいっ!」
大きめの氷の剣を作り、それを壁に向かって全力で投げつける。大きな爆音とともに砕かれた石の破片が周囲に飛び散り、辺りに煙が立ち込めた。
その煙が収まるまで待つこと数秒。その後見えたのは、私が一人通れるくらいには穴の空いた壁だった。その壁の奥には、なにやら通路らしきものが見える。
ひと仕事終えて、やっぱりこれが最適解だったのかなと、なんだか誇らしい気持ちになりながら、笑顔でアリさんの方を見れば、アリさんは穴の開いた壁を見つめながら呆然としていた。
「あのー、大丈夫?通れるようになったから、私行ってみるよ。……全然反応しない…。…行ってくるね、またね。」
いまだ動かないアリさんに手を振り別れを告げつつ、先ほど空けた壁の穴をくぐり、通路を進むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます