初めて野球観戦に行ったら試合じゃなくて売り子のスニーカーばかり見てた話

祝井愛出汰

PayPayドームと売り子とスニーカーと

 行ったんです、PayPayドーム。福岡の。

 博多区役所に転入届出したらタダ券もらえたので。

 タダなのに往復の地下鉄代で520円かかるし、ペットボトルの水代で100円かかるし、計620円の支出を痛いなぁと思いながら行ったんです。


 道中の諸々については長くなるので省きます。

 球場内に入るまでの感想をひとまとめにすると。


『飲み物資本主義の権化ドーム』


 です。


 さて、場内。

 三塁側。

 通路よりも後ろの席。

 そこから見える野球の風景は──。

 風景は──。


 売り子。


 売り子しか見えない。

 売り子が多すぎる。

 1視界6売り子の瞬間すらある。

 多すぎる。

 おかしい。

 野球選手はちっぽけすぎてなにをやってるのか全くわからない。

 常人離れした超人的な肉体や、鍛え抜かれた美技。

 そんなものなにもわからない。

 それよりも売り子。

 売り子の頑張りしか見えない。

 中には。


『1位』


 なんて名札をつけた売り子までいる。

 1位。

 あるんだ、そんなの。

 テラフォーマーズのマーズランキング的な。

 嘘喰いの立会人の號奪戦みたいなことが裏では行われてるんだろうか。

 わからないけど1位。

 ちなみにめちゃくちゃ可愛い。

 関東でアイドル関連の仕事をして数多のアイドルたちを見てきた自分が断言するほどめちゃくちゃ可愛い。

 小さくて、目が大きくて、ほっぺたぷにぷに(たぶん)で、髪の毛の触角のところが後ろ向きにくるんっで、細くて、笑顔が愛嬌に溢れてて、適度にキビキビしててプロ意識を感じさせる。

 プラチナム系列のアイドルグループのセンターを務めてそうな感じ。

 1位の話しすぎたので話を元に戻す。



 球場内は寒すぎず暑すぎずのちょうどいい風が吹き込んできていて気持ちがいい。

 入口で渡された団扇を使わずに済むくらい。

 わりと飲食店だと「暑いほうがビールよく売れるから温度高めにしとけ!」なんてところもあるけど、ちゃんと快適な温度を維持してるのでえらいな~と思う。


 試合開始直前は場内暗くなって観客が謎のサイリウムを振る謎の儀式が繰り広げられる。

 なんのために振ってるのか。

 何が目的なのか。

 キラキラ感なのか。

 よくわからない。


 試合が始まる。

 ファールボールのときだけ異様に緊張が高まる(自分の)。

 当たったら死ぬじゃん。

 体育の授業ですらちゃんとキャッチ出来たことなかったのに、こんなファールボールなんか飛んできても躱すことが出来ないのは明白。

 絶対に自分が右に避けたら球も右にきて、左に避けたら球も左にくる。

 そうなるに決まっている、絶対に。

 自分の命と天秤にかけて、本当にこれ以上見る価値があるのか自問する。

 試合も何してるのかわかんないし。

 芝も思ってた以上にボロボロだし。


「よし、五回の表が終わったら帰ろう」


 リスクと620円の大金をかけてやってきた手間を天秤にかけ、そう決意する。

 620円。

 普通に自炊してたら1週間分くらいの食費。

 決して安くはない。

 試合も半分、5回表までも見れば何か得るものがあるかもしれない。

 そう思いながら売り子の持っている札を見て腰を抜かす。



『缶チューハイ 750円』



 缶チューハイ750円。

 缶チューハイ750円。

 750円、缶チューハイが。


 嘘でしょ?

 缶チューハイだぜ?(堂本光一ボイス)

 138円程度のもんじゃないの?

 750円。

 めまい。

 かつてディズニーランドに行ってあまりの食べ物の高さにリアルに膝から崩れ落ちたことを思い出す。


 そこからはもうあまり覚えていない。

 気がついたら売り子の履いてるスニーカーのメーカーをチェックしてた。

 それくらいしか5回表まで球場にて正気を保っていられる方法がなかった。

 以下、結果です。



 ■ ナイキ 10人

 ■ 謎メーカー 9人

 ■ ニューバランス 8人

 ■ FILA 2人

 ■ アディダス 3人(うちスタンスミス 2人)

 ■ アシックス 2人

 ■ ミズノ 2人

 ■ プーマ 1人



 おかしい。

 なにがおかしいって総数。

 36人も売り子はいない、絶対。

 たぶん二重計上してるのがめっちゃある。

 けどまぁ、大体ナイキとニューバランスが多かった。

 売り子號奪戦1位の子もナイキ。

 ニューバランスはソールの厚さから人気か。

 FILAもソールはばり厚いけど、ニューバランスより少なかったのはデザインの差か。

 アシックス、ミズノに関してはパッと見で「これミズノだ!」「これアシックスだ!」と確信を持てる人は変態なので、変態ではない自分には「たぶんアシックス……かミズノっぽいよな……」とうろ覚えなカウント。

 プーマは一人。

 そして意外だったのが──。


 アディダス3人。

 うち、スタンスミス2人。


 いやいや、スタンスミスって。

 革ですよ。

 重いじゃないですか、痛むじゃないですか。

 向いてなくないですか、売り子に。

 それも二人。

 

 そんなスタンスミスショックに動揺してるうちに回は4回。

 場内にはリア充サラリーマン(恵体、デコ出し、日焼け、ワイシャツ腕まくり、歯医者に毎月通ってそう、ジムとか行ってそう、風呂上がりに毎日5分間は鏡を見つめてそう)みたいな層が増えてくる。


 あっ、斜め前のカップルが餃子を「あ~ん」してる。え? 餃子を? ラー油とかつけてたのかな? 垂れてないのかな? めっちゃ気になる。


 5回表で帰ろうと思ってたけど気がついたら6回表。

 野球に関してはなにもわからないし一切楽しくないんだけど、人が多いから色々びっくりさせられることが多い。


 突如、「光るアイテムを振ろう」コーナーが始まる。

 なぜ?

 なぜ暗闇の中で光るアイテムを振らなければならない?

 理由をまず説明して欲しい。

 BGMはPerfumeの『チョコレイト・ディスコ』。

 なぜPerfumeの『チョコレイト・ディスコ』に合わせて暗闇の中、光るアイテムを振らなければならないのか。

 振ってる人はあんまりいない(1割くらい)。

 やはり人は意味もなくPerfumeの『チョコレイト・ディスコ』に合わせて光るアイテムは振らない。


 続いて「覆面レスラー(誰?) vs きくちりょう(誰?)」の腕相撲対決を見せられる。

 なぜ?

 腕相撲。

 小学校時代、力持ちのムキムキ能勢くんが全校集会の余興? で腕相撲の対戦者を募り、当時調子ノリだった自分(あだ名「ホネホネロック」)が名乗り出て瞬殺されて全校生徒の空気を微妙にしたトラウマが脳裏に蘇り鬱。

 気がついたら腕相撲が終わってた。

 どっちが勝ったのかはわからない。

 ただ、その結果を受けて渋い声のナレーターが言った。


「クラッカーを鳴らしましょ~う!」


 はい?

 クラッカー?

 なぜクラッカー?

 腕相撲が終わったらクラッカーを鳴らすという暗黙の了解がこの世にはあるのだろうか。

 そして誰もクラッカー鳴らさないので、そんな暗黙の了解はこの世に存在してないことがわかってホッとする。


 ここで7回裏が終わったら帰ろうと決意。


 自分もわりと疲れてきてるが、売り子もたいがい疲れてきてる。

 見せちゃいけない顔を見せちゃってる売り子もちょくちょく。

 試合の行方よりも彼女たちの体調の方が気がかり。

 そして気づく。


「あ、売り子さんって結構小物をカスタマイズしてるんだ」


 と。

 例えば、一人でぬいぐるみ(数体)、シュシュ、リボン、頭に花を装備してる欲張り装備ウーマン。

 RPGなら小物は一人一点しか装備できないのになんていう贅沢!

 これだから現実はやめられねぇぜ! なんて思うはずもなく、自分の小宇宙セブンセンシズがピキーンときらめく。


「靴下」


 ホークスだからか彼女たちはイメージカラーの黄色のルーズソックスを履いてるんだ、という気付き。

 そして「あっ、それ以外にも靴下色々いるんだ」という気付き。

 7回を迎えようというさなか。

 新たな気づきを得てしまった自分。


 スタンスミスの子は靴下が短い。

 絶対かかと擦り切れるやつじゃん。

 かかとの擦り切れよりもおしゃれさ優先なのか。

 號奪戦1位の子は黒のヒザ下ソックスで清楚系。キャラ作りの徹底っぷりがすごい。

 ピンクのニーハイ&膝サポーターでめっちゃ膝守ってる子も。


 そういえば5回くらいでふと外周通路を一周してみた時に完全にオフの表情になってる売り子さんとすれ違って諸行無常みを感じた。

 あと「焼きちくわ」という謎食べ物がめっちゃ売り切れててカルチャーショックだった。

 焼きちくわって。

 ちくわ焼いただけでしょ?

 それが売り切れって。

 600円。

 棒にちくわ通して焼いただけで600円。

 怖いわ、恐ろしい。

 わからない。

 なぜ棒にちくわを突っ込んで焼こうと思ったのか。

 それを売ろうと思ったのか。

 そしてなぜそれが売り切れるほど人気なのか。

 球場内にケンタッキーフライドチキンが三店舗もある意味もわからない。

 ちなみにディッピンドッツアイスワゴンだけめちゃくちゃ人気で大行列が出来ていた。

 それはよくわかる。450円で安いし、ポップだし、オシャレだし、冷たいから。

 わかることがあってよかった。


 さて、帰ろうと思ってた7回表も過ぎて7回裏。

 意外とここらへんで帰りだす人が多い。

 ひねくれものな自分としては、このタイミングで一緒に帰りたくなくなる。

 しかたがないので今度は客のスニーカーのメーカーなどをチェックし始める。

「あっ、売り子のスニーカーと全く一緒のを履いてる人がいた!」

 なんてワンペア気分で盛り上がるも、すでに退勤モード。

 8回表の時点で球場から撤退。

 出口で再入場券を渡されるもいらないとも言えず、ワンチャンなにか爆破犯とかが現れて脅されドームへと戻らなければならない可能性もあるかもしれないので一応もらっておく。

 そしてそのまま帰宅。


 都心部に近づくにつれ町中は中国人、もしくは韓国人旅行客のみになっていく。

 みんな家族連れ、もしくはカップル。

 楽しそうだ。

 自分は一人ぼっちでPayPayドームに行って入場窓口で「お二人様ですね?」と言われるも「あ、いや一人です……すみません……」と恥ずかしい気持ちになって売り子のスニーカーや靴下を眺めてへとへとになって帰ってきたというのに。

 中国人、韓国人旅行客たちのスニーカーをチェックする気は、起きなかった。

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初めて野球観戦に行ったら試合じゃなくて売り子のスニーカーばかり見てた話 祝井愛出汰 @westend

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