35.『幸せにな』
(これは一体どういうことなんだ?)
大天使ミカエルは急ぎ駆け付けたこの状況を見て思った。
(あの上級呪魔は、ウラドではない……)
ウラドの強い呪魔を感じ、一緒に居た娘のマリルと共にここへ急行。案の定ライムが戦ってはいたのだが、その相手はウラドではなく未知の呪魔。それもウラドを凌駕するほどの力の持ち主。
(だが良い。何者であろうが我の前に現れた呪魔は殲滅する!!)
「
ミカエルの手に太く重々しい大剣が発現する。大天使が使う強力な剣。一介の天使とは威力も破壊力も違う。ミカエルがマリルに言う。
「ライムの治療を頼む。あとできるなら天域展開を」
「はい!!」
マリルは少し離れた場所からライムを治療しつつ、指を二本立て軽く
「
マリルの体の周りから発せられる光の波。周囲を回転しながら広がり、静寂の空間を作り出す。
バリン!!
(え?)
マリルは目を疑った。
展開したばかりの天域が、上級呪魔が軽く振る上げた剣によって一瞬で破壊された。ミカエルが言う。
「さすが上級呪魔。天域をこうも容易に破壊するとは」
力ある呪魔のみ持つとされる天域破壊能力。優位な天域で戦えない。これが下級天使では上級呪魔と戦えない大きな理由である。ミカエルが大剣を構え言う。
「ならば我の全力を持って仕留めるのみ!!」
中世の暗黒騎士のような呪魔。一切の表情を変えずミカエルに対峙し、手にした剣を振り上げて言う。
「我が主の敵。殲滅セヨ」
ガン!!!!
ミカエルの大剣と呪魔の剣が激しい音を立てながらぶつかる。地を揺らすような衝撃、その威力に空間が歪む。
「ミカエル様……」
その衝撃で目を覚ましたライムが小声で言う。
「ライ君、起きた? あれ、一体何なの!? ヤバいでしょ……」
目覚めたライムを開放しながらマリルが尋ねる。
「分からねえ。だけど詩音に憑いていた呪魔の一体。恐らく最強クラスだ……」
「私に憑いていた……」
傍にいた詩音がそれを聞き顔を青くする。ライムが言う。
「安心しな、詩音。確かにあいつはやべえ奴だけど、こっちも天界の大天使様が相手だ。負けることはねえ」
「う、うん……」
目の前で繰り広げられる常識を超えた戦い。輝く星空の下、銀色の翼を持つ大きな大天使が得体の知れない呪魔と刃を重ねる。
だがその上級呪魔は皆が考えるよりずっと強かった。
「はあ、はあ……」
攻撃は入るが
ザン!!!
「ぐああああ!!!!」
呪魔の攻撃。ミカエルの赤い体に直撃し、鮮血が吹き上がる。
「パパ!!!」
それを見たマリルが思わず飛び出す。ミカエルが叫ぶ。
「来るな、マリル!!!」
ミカエルに向かって飛び出したマリル。そんな無防備な彼女を上級呪魔は見逃さなかった。
「消エヨ」
ザン!!!!
「ぐわああああああああ!!!!」
「え?」
マリルは目を疑った。
一瞬で自分の間合いまでやってきた呪魔。振り上げられた剣にすら気付かないマリルが、瞬時に移動し代わりに盾となって斬られた父の倒れる姿を見て絶叫した。
「パパっ!! 嫌ああああああああああ!!!」
血を流し倒れるミカエル。その傍でマリルが泣きながらその体を抱きしめる。呪魔が言う。
「主の敵を殲滅スル」
そう言いながら今度は本来の目的である詩音の方へとゆっくりと歩き出す。
「嫌、嫌……」
その圧倒的な邪の前に詩音が腰を抜かして動けなくなる。大天使を凌駕するほどの呪魔。ただの人間である詩音にはその圧に触れるだけで気を失うほど。
「近寄んじゃねえよ、クズが……」
そんな詩音の前に怪我をしたライムが立ち上がる。マリルに治療されたのだが完治とは程遠い姿。血で赤く染まったぼろぼろの服。立つだけでも痛々しいその姿に詩音が言う。
「逃げましょう、ライムさん!!」
ライムは翼をぐっと夜空に広げて答える。
「ダメだ。とてもあいつからは逃げられねえ。詩音、お前ひとりで行け。そのくらの時間は稼ぐ」
(!!)
詩音は無意識にライムに抱き着いた。そして顔を上げ涙声で言う。
「私を幸せにするんでしょ。ひとりで逃げたら幸せにはならないよ……」
ライムはそれににこっと笑顔で応え、詩音の腰に手を回して言う。
「ああ、そうだった。じゃあ、あいつを何とかするか」
そう言い終わると同時に手に天使の剣を発現。詩音に言う。
「下がってろ、俺が潰す!!」
詩音が頷きひとり後方へと下がる。それを感じ取ってからライムが単騎、上級呪魔へと斬りかかる。
「うおおおおおおおお!!!!」
堕天使渾身の攻撃。すべての力を込めて上級呪魔に斬りかかる。
「ライ君、無理だよ……」
「あいつは、何をやっている……」
ライムと上級呪魔の戦い。それをマリルとようやく意識を取り戻したミカエルが見て言う。
「ぐあああああ!!!」
やはり圧倒的な力の差があった。
その戦いはまるで大人と赤子の戦いのよう。ライムの剣ではほとんど呪魔の体にかすり傷ひとつ付けることはできなかった。マリルが叫ぶ。
「ライ君、逃げて!! 今、応援呼んで来るから!!!」
そう言うもののマリル自身、呪魔の圧倒的な邪に気圧され思うように体が動かない。その間にも呪魔の攻撃を受け体中から血を流しふらつくライム。流れ出た血が周りの地面を真っ赤に染め上げる。詩音が両手で顔を押さえながら嗚咽する。
「無理だよ、ライムさん。もう無理だよ……」
体が震える。すぐにライムの傍に駆け付けて抱きしめてあげたいのに恐怖で体が動かない。
(あー、マジ強ええな、こいつ……)
ミカエルの回復まで耐えられればと思ったライムだが、とてもそんな時間すら耐えられそうになかった。
「
ガンガン、バリン!!!
「ぐっ!!」
光の障壁を張るも、瞬時に破壊され吹き飛ばされる。
「ライムさん!!」
詩音は目の間に吹き飛ばされて来たライムに抱き着き、泣きながら言う。
「もういいよ。こんな酷いの、もういいよ……」
(詩音……)
ライムは彼女の心からの想いを感じ決意する。
「なあ、詩音」
「はい……」
詩音が涙目で返事をする。
「俺が守護天使だって認めてくれるかい?」
「認めるよ!! 認めるから、早く逃げ……」
半身起き上ったライムが優しく詩音を抱きしめる。
(えっ……、これって……)
詩音が不思議と彼から強い決意を感じる。ライムが言う。
「幸せにな」
「え? ライムさん!?」
ライムはそう笑顔で詩音に告げると血を流しながら立ち上がる。そしてこちらへやって来る呪魔に向かって叫ぶ。
「これ以上てめえの好きにはさせねえ!! 覚悟しろ、このクズが!!!」
「ライ君!!」
その姿を見たマリルが思わず名を叫ぶ。
呪魔に向かって走り出したライム。同時に両手を背後に回し、自身の背から生えた銀色の翼に手をかけ、それを一気にもぎ取った。ミカエルも叫ぶ。
「やめろっ!! ライム!!!!!」
ライムはマリル達の悲痛な声が響く中、そのもぎ取った翼を呪魔に投げつける。
「これで終わりだ。俺と一緒に逝こうぜ」
「グガアアアアア!!!!!」
二枚の翼を投げつけられた呪魔。その銀色の翼がまるで呪魔の邪を吸い取るように漆黒の色へと変わる。あれほど圧倒的な強さを誇っていた呪魔だが、翼を投げつけられるとまるで手品のように煙となって消えた。
「ライムさん!!!」
詩音の叫び声。そして時を同じくしてライムがその場に倒れた。
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