34.堕天使の抵抗
(ライムさんに翼が生えて、ウラドさんと……)
輝く星空の下、ウラドからの交際を断った詩音。ライムへの想いを否定できずにいた彼女の前に、その本人が現れた。意味の分からない会話をウラドと交わした後、突然翼が生え戦いに。
目まぐるしく変わる状況変化に詩音がその場に座り込む。
(天域が展開できねえ……)
天使本来の力が出せる天域。それが展開できなければ戦いが不利になるのは明白。だが、とは言えその余裕もないし展開したところで上級呪魔ウラドにはそれを破る力がある。銀色の髪をかき上げながらウラドが言う。
「残念ながら男としてはあなたに負けてしまいましたが、まあ戦いの方では私に隙はありませんよ」
「ざけんなよ!! 俺だって前とは違う!!」
あれから多くの中級呪魔を浄化させ力を回復させて来たライム。以前のようには行かないはず。ウラドが余裕の笑みを浮かべながら言う。
「じゃあ、行きますよ」
そこから詩音の目に映る光景はまるで夢、どこか異世界のような光景だった。
ライムの手から発現した光る剣。ウラドはそれに素手で対処し、何やら目に見えない砲弾のようなものを放ってライムを攻撃する。
(訳が分からない……、でも……)
銀色の翼を羽ばたかせウラドと戦うライムを見て詩音が思う。
――ライムさん、本当に天使だったんだ。
天使ネタと言って相手にしていなかった自分。それを信じろと言う方が無理はあるのだが、全く信じようとしなかったことに少しだけ反省の気持ちが生まれる。
でも理解できない。どうしてウラドとライムが戦うのか。ウラドとは一体何者なのか。
「はあ、はあ……」
そんなふたりの戦いがどれだけ続いたのだろうか。
最初は互角だった戦いも、徐々に余裕を持ったウラドが押し始める。ライムの着崩した白のジャケットは既にぼろぼろになり、至るところからの出血が痛々しい。
「もうやめて……」
詩音は涙声でそうつぶやいた。
いつも優しかったウラド。
いつもそばに居て助けてくれたライム。
そんなふたりがどうしてこのように争わなければならないのか。
ドン、グフ、ドオオオン!!!
「ライムさん!!」
やがてウラドの攻撃が一方的に入るようになる。所詮ライムは一介の天使。力を開放してきたとは言え上級呪魔の相手になれるほどではなかった。
ウラドの攻撃を受け、吹き飛ばされたライムを詩音が駆け付けて抱きしめる。
「ライムさん、ライムさん!! しっかりして!!」
血まみれのライム。いつものような余裕も笑みもない。詩音がそんな彼を抱きしめながら言う。
「どうしてこんなことに……」
そして顔を上げ、こちらに近付いてくるウラドに言う。
「もう止めて下さい!! ウラドさん!!!」
無言のウラド。詩音に抱かれたライムが言う。
「詩音、あいつに何言っても無駄だ……」
「ウラドさんは一体何なんです!?」
ライムは何かを悟ったような顔で言う。
「あいつは呪魔。人に憑りついて悪さをする奴だ……」
「呪魔……」
初めて聞く名称。それを聞いていたウラドが言う。
「詩音さん、本当に残念です。あなたの最高の美味な血を頂きたかったんですが……」
「もう止めて下さいって、ウラドさん……」
ライムを抱きしめ涙を流しながら詩音が言う。ウラドが答える。
「でももういいんです。ある意味、あなたの絶望の血が頂けそうですから」
そう言って軽く指を上げ、ライムに向かって何かを放つ。
ドン!!
「ぎゃっ!!」
それは目に見えない弾丸となってライムの翼を撃ち抜く。
ドン、ドンドン!!!!
「ぐっ……」
目には見えないが、その発射される音と共にライムに痛みの表情が走り、同時に鮮血が舞う。詩音が叫ぶ。
「もう、もう止めて!!!!!」
助からないと思った。
抱きしめた時から既にぐったりとしている。それに加えて容赦ないウラドの攻撃。みるみる腕の中で生気を失っていくライムに詩音の涙が止まらない。ライムが言う。
「詩音、逃げて。次は君がやられる……」
(!!)
その言葉、ライムが死を覚悟した言葉を聞き詩音の中の何かが切れた。
「ライムさん……」
詩音はまるで聖母のような表情を浮かべライムを抱きしめて言う。
「私を幸せにしてくれるんでしょ? 約束は守ってくださいね……」
そう言って抱きしめたライムの唇に、自分の唇を重ねた。
「!!」
最初にそれに気付いたのはウラドだった。
詩音から飛び上がるように後方に跳躍。全身から汗を流し身構える。自分と同格、いやそれ以上の禍々しい何か。意識が薄れて行くライムが思う。
(あ、やべえの出て来た……)
詩音の呪魔解放条件、『自分からキスをする』が発動。彼女に憑いていた最も強い呪魔の封印がこのタイミングで解放された。後方に下がったウラドがその新たに現れた呪魔に尋ねる。
「あなた、どなたです?」
ウラドと詩音の中間地点。そこに黒い霧のようなものが発生し、その中から現れた新たな呪魔。真っ黒の中世の騎士のような鎧姿に片手剣。表情のない顔がそれに答える。
「我に名などない。ただ主の命に従い敵を殲滅する」
新たな呪魔が言う『敵』。それがここに居るウラドを含めたすべてだとすぐに理解した。その感じたことのない殺気を前にライムが言う。
「詩音、あれはヤバい。早く逃げろ……」
詩音がライムを抱きしめながら言う。
「嫌です!! どうしたあなたを置いて逃げられるんですか!!!」
ある意味覚悟はできていた。
自分を幸せにできる者はこの腕の中にいる金髪の男だけ。彼が死ぬと言うのならもうこの世に未練はない。この状況において初めて詩音はその気持ちに素直になれた。ライムが懇願するように言う。
「逃げろ、頼むから逃げるんだ……、マジであいつは容赦なく……」
もう言葉を発するのも辛いライム。上級呪魔が二体。もう一介の堕天使ごときが手に負える状況ではない。とにかく今は愛する人の命が最優先。逃げて欲しい。どうにか逃げて生き延びて欲しい。
「殺す」
だがそんなライムの願いとは別に、新たな上級呪魔は剣を振り上げてライムと詩音に斬りかかった。ライムが叫ぶ。
「逃げろ、詩音ーーーーーっ!!!!」
だがそんな声とは裏腹に、詩音は倒れたライムをぎゅっと抱きしめる。
ザン!!!
振り下ろされた呪魔の剣。その光景を見たライムが信じられない声を上げる。
「ウ、ウラド……、どうして……!?」
そこには新たな呪魔の剣によって体を斬られたウラドが立ち尽くしていた。まるで詩音を守るかのようにその間に立つウラド。どぼどぼと黒い血を流しながら答える。
「し、詩音さんは私の獲物。誰にも渡しはしませんよ……」
「ウラドさん!!!」
その姿に気付いた詩音が大きな声で叫ぶ。ウラドはその傷が致命傷であることを悟り、やや自嘲気味に言う。
「私としたことが対象を守るために命を落とすとは……、はあ、詩音さん。あなたは本当に罪な人ですね……」
そう言ってガクッと両膝を地面に突き倒れるウラド。詩音が首を振りながら叫ぶ。
「ラウドさん、ウラドさん!!!!」
だが彼はそれに答えることなく弱々しく頷き、そして最期は笑みを浮かべ煙となって消えて行った。
「そんな、そんな……」
目の前で起きていることに頭の処理が追い付かない詩音。ただ圧倒的な邪気を放ち、こちらを睨みつけているその忌むべき存在の危険性には十分気付いていた。ライムが言う。
「詩音、お願いだから逃げてくれ……」
そう言って無理に立ち上がろうとするライム。詩音が言う。
「もういいよ、ライムさん。私、幸せでした。あなたに会えて、私……」
そんな詩音をライムが弱々しく抱きしめて言う。
「馬鹿言うんじゃねえ。お前はもっと、これからもっと幸せにならなきゃならねえんだ。こんな所で……、うぐっ」
動くだけで全身から出血するライム。詩音がそんな彼を支えて言う。
「幸せです。もう、十分幸せですよ……」
涙交じりの声。だがその言葉に偽りはなかった。
「殺す。主の敵、すべて殲滅スル」
上級呪魔は剣を振り上げふたりに近付く。ライムが立ち上がり詩音の前に立って言う。
「来いよ、外道が。この俺が……」
そう言いながら足元がふらつくライム。それを支えながら詩音が言う。
「ライムさん、もういいよ……」
覚悟はできた。もう十分だと。ライムが首を振って言う。
「よくねえ……、俺が、俺が……」
「俺が何だって?」
(!!)
そんなライムの耳に懐かしい声が響く。その声の主は星が輝く夜空からゆっくりと舞い降り、ライムの元へと降り立つ。四枚の翼、真っ赤な体。ライムが小さく言う。
「ミカエル様……」
大天使ミカエル。娘のマリルを連れてこの最悪の状況の中、ふたりの前に舞い降りた。ミカエルが言う。
「よくぞ耐えた、ライムよ。あとはこの私に任せておけ」
「ライ君の治療は私がするね~」
そう言ってライムに駆け寄るマリル。安堵したライムの意識が徐々に薄れて行った。
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