33.銀色の翼を持つ男

「詩音さん、バスはお嫌いですか?」


 社員旅行で温泉地に向かう詩音達。会社が手配したバスに乗り数時間。ウラドが隣に座った詩音に声を掛けた。出発から元気のない彼女。ウラドもそれに気付いて心配していた。詩音が答える。


「い、いえ。ちょっと考え事を……」


「そうですか。体調不良でなくて良かった」


 銀髪のイケメンのウラド。皆同性同士で座っているのに、なぜか詩音の隣はウラドになっている。ウラドが前を向いたまま言う。


「会社の旅行とは言え、こうして詩音さんと一緒に出掛けられるなんてとても光栄です。本当に感謝しています」


「い、いえ。私なんか……」


 不幸な女。改めて自分をそう思う。前に座った女子社員が後ろを振り返って言う。



「ウラドさ~ん」


 手には缶ビール。既に酔っているようだ。女性がビール缶を差し出して言う。


「はい、どーぞ」


 それを困った顔で答えるウラド。


「いえ、隣に女性がいるのでお酒に酔うには……」


「ねえ、花水さん。いいでしょ? ウラドさんが飲んでも~」


 既に酔いが回っている女性社員。そう詩音に尋ねる態度は否定を許さないもの。詩音が答える。



「ええ、大丈夫です……」


「ほーら、ウラドさん。花水さんもいいって。さ、飲んで飲んで!!」


 女性社員はイケメンで、普段クールなウラドの困った顔に興奮しているのか話す声もどんどん大きくなる。ウラドが女性から缶ビールを受け取って答える。


「分かりました。詩音さんがそう仰るなら……」


 そう言って缶ビールの蓋を開け、一気に口に流し込む。女性社員が嬉しそうに言う。


「いい飲みっぷりですね、ウラドさん!! さすがイケメン、何でも似合う~!!」


 結局イケメンに絡みたかっただけなのか。詩音はやや疲れた表情でそのやり取りを見つめる。満足した女性社員が前を向いて椅子に座り直すと、それを見たウラドが隣に座る詩音に尋ねる。



「詩音さんはお酒は飲める方で?」


「いえ、あんまり……」


「そうですか。今日の夕飯はお酒も出る様なので楽しみなんですがね」


「はい……」


 覇気のない詩音。そんな彼女にウラドが耳元で囁くように言う。



「今日の夜、少しお時間頂けませんか」


「え?」


 驚いてウラドを見つめる詩音。ウラドが言う。


「大切なお話があります」


 そう言って微笑むイケメンの顔を詩音はじっと見つめた。






「はあ……」


「なに?」


 その日の朝、早朝に詩音が出掛けて行ったタワマンのキッチンでため息をつくライムに怜奈が尋ねる。テーブルに顔を乗せながらライムが答える。


「詩音、行っちゃった……」


「そうね」


 まるで興味がなさそうに朝食の準備をする怜奈。


「追いかけて行こうかな……」


「はあ?」


 さすがに怜奈が驚いて振り返る。ライムが言う。


「だって、俺を守護天使に認めてくれなきゃ、天界に強制送還何だぜ」


「また天使ネタなの?」


「だからネタじゃねえって。マジで連れてかれる……」


 怜奈が呆れた顔で朝食を作りながら言う。



「はいはい。どうでもいいからちゃんとご飯は食べてね」


「うい~」


 ライムはそう答えると怜奈が作ってくれた朝ご飯を美味しそうに食べた。






(ここでいいのかしら……)


 社員旅行で宿泊したホテル。天然温泉がついたリゾートホテルで、その温泉はもちろん食事に至るまで現実を忘れさせてくれるほど素晴らしいものであった。

 地元の名酒に山の幸、肌に良いと言う温泉を満喫した後、詩音はリゾート内にある見晴らしの良い丘の上へとやってきた。


「星が綺麗……」


 辺りは暗いが、見上げれば空にはきらきらと星が瞬き輝く。耳にはせせらぎの音。詩音は設置されたベンチに腰を下ろし、自分を呼び出したウラドを待った。


(大切な話って、一体なんだろう……?)


 見当がつかない。仕事の話だろうか。人には聞かれたくないような重要な話。ホテルの浴衣を着てベンチに座る詩音に、同じく浴衣を着たその銀髪のイケメンがやって来て声を掛けた。


「詩音さん、お待たせしました」


「あ、ウラドさん」


 その優しい笑みのせいか、日本人ではないのだが浴衣が良く似合う。ウラドが詩音の隣に座り言う。



「綺麗な夜空ですね」


「は、はい……」


 一体どんな用なのだろうか。緊張する詩音にウラドが言う。


「こんな時間にすみません。ご迷惑だったでしょ」


「いえ、そんなことは」


 謙遜する詩音にウラドが笑って言う。



「仕事の話ではないのでそんなに構えなくてもいいですよ」


(仕事の話じゃない?)


 そう言われた詩音が横に座るウラドを見つめる。ウラドが立ち上がり詩音の前に行き、片膝をついて言う。



「単刀直入に言いますね。詩音さん、私と結婚を前提にお付き合いして頂けませんか」


「え?」


 詩音は目の前に膝をつき求婚する男の髪を見つめた。銀色の髪が星の光を受けて美しく輝く。言われたことを頭で整理し、詩音が聞き返す。


「ちょ、ちょっと待ってください。ウラドさん、それって……」


「もちろんプロポーズです」


「プ、プロ……」


 詩音の顔が真っ赤に染まる。明るい昼間じゃなくて良かったと思った。一体どれだけ自分の顔が動揺に包まれているのか考えただけでも恥ずかしい。ウラドが言う。



「初めてお会いした時からずっと想っていました。完全な私のひと目惚れです。あれから仕事をご一緒させて頂くにつれあなたの魅力に惹かれ、もうこれ以上我慢ができなくなりました」


「そ、そんなこと……」


 何と答えていいのか分からない。ウラドが言う。


「上司と言う立場でこのようなことを言わなければならないのは心苦しいのですが、もう構いません。詩音さん、私とお付き合いして頂けませんか」


 詩音は固まった。相手は優秀なエリートサラリーマン。仕事もでき優しく、社内の評判も良い。彼と一緒になればきっと幸せになれるだろう。不幸ばかり背負ってきた自分でも、これをきっかけに良い方向に迎えるかもしれない。

 だが詩音は黙ったまま何も言えなかった。彼女の頭に金色の髪をした男が浮かんでいた。



「お返事は、頂けませんでしょうか?」


 黙り込む詩音にウラドが尋ねる。


「あの……」


 中途半端な言葉では駄目だ。きちんと思ったことを伝えなければならない。



「私、今心にひとりの男性がいるんです」


「はい……」


 片膝をついたままそれを聞くウラド。


「ウラドさんのお気持ちはすごく嬉しいのですが、今それに『はい』と言えない自分がいます。本当にごめんなさい」


 ベンチに座ったまま深く頭を下げる詩音。それを見たウラドはゆっくりと立ち上がり詩音に言う。



「金髪の男、ライムさんですか?」


「え……」


 まさに図星。驚いた詩音が何かを言う前にウラドが言う。



「残念です。私を好きになってくれれば最高のになったのですが、こればかりは致し方ないですね……」


「ウラドさん……?」


 話の意味が分からない詩音。ウラドが言う。



「だそうですよ。さん!!」


「!!」


 ウラドが詩音が座ったベンチの後ろに向かって大きな声で叫ぶ。驚く詩音。その声に反応するようにその金髪の男が歩きながら答える。



「そうですって、こっちには全く聞こえなかったんだけど。なに話したか教えてよ」


「ラ、ライムさん!?」


 立ち上がって振り返り、その居るはずのない人物を見て詩音が驚愕する。


「どうしてあなたがここに居るですか!!」


「どうしてって、付いて来た」


「やっぱりストーカーなんですか!!」


「えー、だって詩音ちゃん心配だしー、そう言う悪い奴に絡まれるしー」


 そう冗談っぽく言うライムにウラドが前に出て言う。



「私はその態度が最初から気に入らなくてね。まあ計画は失敗。と言うか私の負けですかね」


 何を言っているのか全く理解できない詩音。ライムが答える。


「まあどっちか勝ちかってことはまだ正直よく分からないんだけどね。詩音ちゃん、俺のこと好き?」


「こ、こんな時に何を言っているんですか!!」


 恥ずかしさと驚きで思わず叫ぶ詩音。ウラドが言う。



「まあいいでしょう。最愛の人からゴミのように捨てられた悲しみには劣りますが……」


 ウラドから強い邪気が放たれる。



「最愛の人を目の前で悲しみもまた、格別」


 そう言いながら高速でライムに迫るウラド。



 ガン!!!!


 ウラドの拳とライムの光の障壁がぶつかり鈍い音を立てる。


(くそっ、天域を展開できねえ……)


 あまりに強いウラドの圧。一瞬でも余分な動きをすればられる。ライムが覚悟を決める。



「え?」


 詩音はその目に映った光景に絶句した。


「ライム、さん……?」


 ライムの背中から発現された大きくて美しい銀色の翼。暗闇で光り輝くその羽はまるで天使。本来の力を出すにはこうするしかなかったが、天使の力を解放すれば人間である詩音は畏怖し、無条件で従うことになる。


(この姿じゃなくて、『金髪の男ライム』でお前を口説きたかった。ああ、くそったれが!!)


 ライムは未だ余裕の笑みを浮かべる上級呪魔を見つめる。ウラドが言う。



「じゃあ、始めましょうか。あなたを殺して最高に絶望した血を頂きます」


「詩音は俺が守るっ!!!」


 上級呪魔対堕天使。その本気の戦いが始まりを告げた。

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