32.帰還命令
「ふわ~あ、疲れたなぁ……」
深夜の都会。ホストの仕事を終え、店を出たライムは星空を見上げながら背伸びした。仕事も順調。地上生活も思った以上に上手く過ごせている。
「今日は疲れたんで飛んで帰ろうかな」
いつもタクシーで帰宅するのだが、時間が掛かる上眠気も使ったので翼を広げて飛んで帰ることにした。誰もいない裏路地に入り銀色の翼を発現させたライムがその異変に気付く。
(あれ、これって天域……)
気が付くと周りの時間が止まっている。呪魔の者ではない、天界の者による『
「あっ」
自然と身が強張っている原因が分かった。天から降りて来る四枚の羽根を持つ天使。真っ赤な体に神々しいオーラ。一介の天使であるライムが片膝をつき、その人物を見上げて言う。
「ミカエル様。お久しぶりです」
大天使ミカエル。ミカエルファミリーの盟主でありライムが最も苦手とする人物。ミカエルはゆっくりとライムの前に降り立つと翼を休めて言う。
「こっちの生活はどうだ?」
「はい。結構楽しんでおります」
本来厳しい修行の場となる地上。凶悪な呪魔は問答無用に天使を襲い、いつ命を落としてもおかしくない危険な地。そこで人間の為に幸福をもたらすのが天使の役割だが、その仕事の厳しさ故修行の地とされている。ミカエルが言う。
「多くの呪魔を浄化させたようだな」
「はい。頑張りました」
中級以上の呪魔については出現と同時に天財グループによって即時観察され、データとして記憶される。ライムが倒した詩音に近付いた中級呪魔もすべて登録済みだ。ライムが立ち上がって尋ねる。
「あの、ミカエル様」
「なんだ?」
ライムが少し理解できない表情で尋ねる。
「ミカエル様ほどの大天使が、一体どうして地上になんか来たんですか?」
ひとつだけ心当たりがある。それを念頭にしながら尋ねたライムにミカエルが答える。
「うむ。一番の目的は上級呪魔ウラドの浄化だ」
「なるほど」
それは予想していた。あれほどの力を持つ呪魔。ライムごとき天使には普通手に負えない。ライムが尋ねる。
「あの、『一番』ってことは、二番もあるんですか?
それを聞いたミカエルがここぞとばかりに腕を組み言う。
「ああ、実はライム。お前の天界帰還の許可を出そうと思っている」
「え?」
さすがにその言葉には驚いた。地上に堕とされた天使は多くの呪魔を浄化し、それ以上の多くの人間を幸せにして初めて天界への帰還が可能となる。それがこの早さ。ライムの頭が混乱する。ミカエルが言う。
「こちらに来て短期間のうちに中級呪魔を数体浄化させ、人間の幸せに貢献した。少し早いが天界に戻っても良いと私は考えている」
ぽかんと口を開けて話を聞くライム。まさに寝耳に水。ミカエルが尋ねる。
「お前も早く天界に帰りたいだろ?」
「え? あ、それは確かにそう思っていましたけど……」
安全で美しい天界。規律があり美女が多いそれはまさに天使の住む楽園。だが今のライムにはある思いがある。あまり嬉しそうな顔をしないライムにミカエルが尋ねる。
「どうした? 天界は素晴らしい場所だろ? お前も早く帰りたいはず」
「ミカエル様、ひとつお聞きしてもいいですか?」
「うむ。なんだ?」
ライムがやや恐縮して言う。
「俺を早く帰したいって言うのは、もしかしてマリルの為だとか?」
「!!」
余裕だった表情のミカエルに一瞬動揺が走る。
「ば、馬鹿を言うでない!! 天界規定に私情を挟むことなど……」
「えー、だってあいつ、俺がここに居ると多分帰らないって言うし」
「うぬぬぬっ……」
一番痛いところを突かれたミカエル。当然ライム帰還の目的は娘の為。自分の傍に置いておきたいし、このような危険な地上に居られては夜も眠れない。ミカエルが額に青筋を立てて言う。
「黙れ。とにかくお前は天界に帰るのだ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ミカエル様!! 俺にもまだやりたいことがあって……」
「やりたいこと? 天界でやればいいじゃないか」
「いや、違うっす。こっちで幸せにしたい人間がいるんですよ」
ミカエルが頷いて言う。
「知っている。花水詩音のことだろ?」
「はい……」
天財グループでその情報は得ている。特級薄幸女子の詩音。天財グループからもある意味注目されている。ミカエルが尋ねる。
「その人間には近付くな。上級呪魔ウラドが憑いている」
「知っています。だけど俺、絶対あいつに負けたくないんですよ」
ミカエルが真剣な顔で言う。
「死ぬぞ、お前」
上級呪魔は大天使ミカエルとて強敵。勝てるかどうかも分からない相手。ライムが言う。
「いえ、でも約束したんです。彼女を幸せにすると」
「そんなもの天使の力を使えばどうにでもなるだろ? そもそもお前はその女に守護天使になることすら認められていなだろ?」
「はい……」
何度かお願いしたがすべて断れたライム。対象相手に認められなければ守護天使になれない。逆に守護天使になればその対象を守る義務が生じるためこちらに残る理由になる。ミカエルが翼を広げ浮上しながら言う。
「近いうちに通達が行く。そうしたらすぐに戻って来い。いいな?」
そう言うと止まった空間の中、暗い空へと消え去って行った。
「あ~あ、マジどうしよう……」
そう言いながらライムも翼を広げ浮揚する。今、やるべきことはただひとつ。急ぎタワマンへと向かって飛行した。
「ただいま……」
深夜のタワマンの部屋。いつもはもうみんな眠っている時間。小声でそう言い、リビングに上がったライムは誰もいない部屋を見てため息をつく。
「まあ、そうだよな……」
この時間起きているはずがない。小腹が減ったので何か食べようと冷蔵庫を開けたライムの背中に、そのか弱い声が掛けられた。
「おかえりなさい、ライムさん」
「あ、詩音?」
振り返ったライム。眠そうな顔の詩音が後ろに立っている。
「起こしちゃった?」
「ううん。眠れなくて……」
そう言ってキッチンの椅子に座る詩音。ライムが尋ねる。
「どうかしたの?」
「分からない……」
座りながらじっとライムを見つめる詩音。
(私は、どうしたいの……?)
その回答が見つからない。ずっと考えていて眠ることもできない。
「明日から社員旅行だろ? 早く寝なきゃ」
「うん。分かってる」
そう言いながら寝そうにない詩音。ライムも真向いの椅子に座り、詩音に尋ねる。
「なあ、詩音。昔『守護天使になりたい』って言ったのを覚えている?」
「ええ、もちろん」
また天使ネタ。ただ今はそのすべてを疑おうとは言えない。何か特別なものを感じる目の前の金髪の男。ライムが言う。
「改めて言うよ。俺を守護天使にしてくれない?」
「……よく分からない」
「なにが?」
「あなたがふざけてるのか、真面目なのか」
「俺は最初から真面目だぜ」
「そうね……」
そう答える詩音の言葉にその意味は感じられない。ライムが言う。
「俺、天界に帰らなきゃいけないって言われてさ。でもこっちに守るべき人がいれば残れるんだ。その言わば契約みたいなものが守護天使になること。だからなって」
お店でお酒を飲んで来ているはず。やはり酔っているのか。詩音は小さくため息をついて達があると、自室に戻りながら言う。
「やっぱり部屋で休むわ。おやすみなさい」
「あ、おい。詩音!!」
ライムの言葉に耳を貸さずに部屋を出る詩音。
「う~ん、困ったなあ……」
ライムは手にした缶ビールのふたを開け、それをグイと口に流し込んだ。
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