30.叶わぬ想い
夜の都会。幾つものネオンや交差点を急ぐ人達の群れ。
そんな景色を商業ビルの二階にあるコーヒーチェーン店の椅子に座りながら、ピンク髪の女の子がつぶやく。
「はあ、ここのフラッペ最高だわ~。地上って怖い所だけど、こんなに美味しい物に溢れているとはびっくり」
地上の修行にやってきたマリル。幾つかの下級呪魔は浄化させたが、そんな事よりも地上の食べ物の美味しさに驚いていた。天界とて決して料理はマズくはない。ただ地上はありとあらゆるニーズに応えたニッチな料理が楽しめる。凶悪な呪魔にさえ絡まなければこちらの生活も悪くない。
「でも本当はライ君とこういう場所に来たかったんだけどな~」
何度も誘ったがすべて断られたマリル。天界で将来を誓った身としては寂しい気がする。マリルがピンクの髪をくるくる指に絡めながら言う。
「ほんとライ君は恥ずかしがり屋なんだから~」
そう言ってフラッペを手にしたマリルの目に、夜景が映る窓ガラスのすぐ傍に見てはいけないものが映った。
「え?」
それは真っ赤な体に四枚の翼。ゆっくり上空からマリルの居る商業ビルのガラス窓付近へと降りて来る。マリルが頭を押さえて言う。
「わ、私、疲れてるのかな……、とっても嫌なものが目に……」
「
窓の外から聞こえる天域を展開する言葉。同時に広がる音と時間の止まった世界。その範囲はマリルやライムの数倍以上。マリルは深くため息をついて覚悟した。
「パパ……」
マリルが気が付くと、時間が止まったカフェの店内に腕を組んで立つ父親の姿があった。もう逃げられない。ここにミカエルが来たということは必ず自分を連れて帰るということ。半ば諦め顔のマリルがミカエルに尋ねる。
「私を連れ戻しに来たの、パパ?」
ミカエルが頷いて答える。
「そのつもりだが、その前にひとつ聞かせて欲しい。なぜ地上へ来たんだ?」
「なぜって、ライ君を追っかけて来たんだよ」
「ライム、か……」
分かっていたとは言え、改めて娘の口からあのチャラい金髪の男の名が出ることにやや苛立ちを覚える。マリルが言う。
「黙って来たことは悪いと思うけど、私だったちゃんと許可を貰ってここに来てるんだからね。パパが無理やり連れて帰そうたってそう簡単には……」
「分かっている。お前を無理やり連れて帰ったところでまた目を離せばここに来るんだろ? それでは根本的な解決にならぬ。だから考えた」
「考えた? 何を??」
珍しい父親の態度にマリルが尋ね返す。ミカエルが言う。
「ライム・ミカエルをだな……」
驚くマリル。その父の言葉に耳を疑った。
「ただいま……」
夕刻。タワマンのドアが静かに開けられ、赤髪の女の子が帰って来た。ここ数日、実家である父喜一郎の家で過ごした怜奈。久しぶりのタワマン帰宅である。
「よお、おかえり。久しぶりだな!」
「え、ええ、そうね……」
怜奈は困惑していた。ここへ早く帰って来たいと思ってはいたが感じたことのない緊張が彼女を躊躇わせ、とは言え早く帰りたいと心の奥で何かが叫ぶ。迎えたライムが尋ねる。
「親父さんと一緒だったんだろ?」
「うん……」
この金髪のチャラい男。そう、自分はこの男のことをずっと考え、会いたかったのだ。今でも忘れない港の倉庫で三葉に捕まった時の出来事。詩音と、そしてこの男が助けに来てくれた。怜奈が言う。
「ねえ、その、ありがとう。助けに来てくれて」
「ああ、あれね。いいよ、全然。さ、入んな」
「ええ……」
玄関に立っていた怜奈はそのままリビングへと向かう。一緒に来たライムがソファに座りながら尋ねる。
「親父さんとは仲直りできた?」
「まあね。色々心配掛けちゃったみたいだね……」
いつもより素直な怜奈。ライムが嬉しそうに言う。
「それは良かった。怜奈の幸せは俺の幸せ。マジで良かった」
そう微笑むライムの笑顔に一瞬どきっとする怜奈。周りに詩音がいないことを確かめてから尋ねる。
「ねえ、ライム。あの時助けてくれたのはあなたよね? でも、なんて言うか、私と救い出してくれた人ってちょっと不思議な人だったの」
「不思議?」
「うん。凄いオーラを放っていたと言うか後光が差していたと言うか。その、まるで天使みたいな……」
「なるほど」
「ねえ、あなた昔自分のこと天使って言ったよね? あれってあなたなの?」
ライムが頷いて答える。
「そうだよ」
飄々と答えるライムに怜奈がやや納得できない顔で尋ねる。
「そうだよって、あれってちょっと普通じゃなかったんだよ?」
「普通じゃないって、そりゃ俺天使だし……」
少し困った顔でそう答えるライムを見て怜奈が困惑する。
(どこまで本当のことを言っているのかしら? からかってる? いえ、そうには見えないけど……)
「もういいわ。ねえ、それより教えて。今でも詩音さんのことが好きなの?」
急に話題を変える怜奈。やや困惑しつつライムが答える。
「好きだよ」
「付き合ったの?」
「いいや、まだ。中々手強いねえ~」
そう冗談っぽく言うライムに怜奈が近付いて言う。
「じゃあさ、私が付き合ってあげようか?」
「は?」
さすがにその言葉には驚きを隠せないライム。怜奈が言う。
「振り向いてくれない人よりもさ、私の方がいいんじゃない?」
そう言いながら怜奈は顔が真っ赤に火照っていることに気付く。さらに続ける。
「私、まだ中二だけど、もうすぐ高校生だし、胸だって小さいからあなたが希望すること全部はできないかもしれないけど、いっぱい頑張るし。だから……」
そう話す怜奈を立ち上がったライムが優しく抱きしめる。
「え?」
それが一瞬自分を受け入れたくれたかと思った怜奈。だが次の言葉を聞いて全身の力が抜ける。
「ごめん。俺が好きなのは詩音なんだ」
「……」
いい香りがする。男なのに、こうなんと言うか香水とかではないライム自身の色香。そんな彼に抱きしめられながらその言葉を聞く。
「怜奈、お前には絹子や親父さんもいて、お金だって不自由していない。俺の仕事はみんなを幸せにすること。だから……」
「私だって幸せじゃないよ!!」
涙声になりながら怜奈が言う。そんな彼女の頭を撫でながらライムが答える。
「分かってる。だけど詩音は本当に信じられないぐらいの不幸を背負った女の子で、ちょっと放って置くだけでどんどん遠くに行っちまう……」
「私だって、私だって……」
ライムを強く抱きしめ返しながら怜奈が言う。
「怜奈。俺、本当に好きになっちまったんだ。詩音のこと」
「!!」
その言葉を聞いた怜奈の全身の力が抜けていく。ライムが言う。
「本当は色んな場所へ行って、色んな人の幸せを紡いでいかなければならないんだけど、ダメだな。詩音から離れられなくってさ」
身体を強張らせる怜奈。そんな彼女にライムが言う。
「だから俺は命を懸けて彼女を幸せにする」
ダメなんだ、そう怜奈は思った。
何かもう根本的な何が違う。自分が想う気持ちと彼が詩音に持つ気持ち。その根底の何かが違う。年齢とか容姿とか、そう言ったものではない何か。怜奈がライムから離れ、背を向けて言う。
「じょ、冗談に決まってるでしょ!! なに本気にしてるのよ!! あ~あ、これだから四十路のオジサンは困るね~」
(怜奈……)
背を向けてそう言う彼女の方は震えている。怜奈が床に置いたカバンを持つとそのまま部屋を出ながら言う。
「私、疲れたからもう部屋で休むね。入って来ないでよね。じゃあ」
そう言って怜奈は軽く手を上げ背を向けたまま部屋を出る。ライムも無言でそれを見送る。
バタン……
自室に戻った怜奈。すぐにベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
「うっ、ううっ……」
怜奈は大声で泣きたくなるのを必死に堪えて、ひとり涙を流し声を殺して泣いた。
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