26.天使の怒り
夕方を過ぎた空が紺色に染まっていく。天界がある空にはもう星空が広がっている。ライムは大きな銀色の翼を強く羽ばたかせ一気に港上空へと舞った。
「感じる。あそこだな」
港の外れにある寂びれた倉庫。強い呪魔の気配をビシビシと感じる。ライムがゆっくりと地面におり翼を収める。
「怜奈、待ってろよ」
そうつぶやいてから寂びた扉をギシギシ音を立てながら開いて行く。
「怜奈っ!!」
倉庫の中に居たのは黒服を着た男達数十名。その中央に白髪の老人と、椅子に座り手足を縛られた怜奈の姿が見える。黒服の男が言う。
「誰だ、お前?」
ライムは周りの状況を見て怒りを抑えながら怜奈に尋ねる。
「無事か、怜奈?」
「え!? あ、うん、無事だけど……」
驚く怜奈。たださすがに三上家の人間には手を出していないようで、詩音に比べ怪我などはない。無視をされた黒服が怒声を上げる。
「てめえ、聞いてんのか!? おらぁ!!!」
夜の静かな倉庫。寂しく点けられた小さな明かりが辺りを照らす中、男の声が響く。白髪の老人がライムに尋ねる。
「三上喜一郎は来ないのかね?」
「喜一郎? 来ねえよ」
ライムは爆発しそうな怒りを感じながら答える。老人が言う。
「私は三葉小次郎。この娘の父親である三上喜一郎に用事がある。多少さっきの別の女を痛めつけたが、まだ分からんかったか」
それを聞いたライムが大声で叫ぶ。
「てめえら、その行い万死に値するっ!!」
一瞬怯んだ黒服達。しかしすぐに笑いながら言う。
「生意気な兄ちゃんだな。お前もその体で分からせてやろうか?」
そう言いながらライムを囲む黒服達。怜奈が叫ぶ。
「逃げてっ!! 逃げてよ、ライム!!!」
チャラい金髪の男。きっと喧嘩は弱いだろうし、そもそもこの人数相手にたったひとりで勝てるはずがない。怜奈が涙ながらに三葉に言う。
「お父様に私からお願いするから!! もうこんなの止めてよ!!!」
三葉が笑いながら言う。
「ほお、この男。お嬢さんの何なのかね~? 大切な人? まあ喜一郎さんにはちゃんと話はして貰うけど、その前に彼にもきちんとその罪は償って貰うよ」
三葉が後ろに下がり、周りにいた男達に言う。
「やれ。我々を侮辱した奴にきちっとお礼して差し上げな」
「へいっ!!」
黒服の男達が声を上げてそれに答える。怜奈が涙声で言う。
「もう、止めてよ……」
ライムが軽く右手の指二本を立てて言う。
「詩音に対する仕打ち、怜奈を泣かしたこと……、マジ許せねえ」
「
「
右手に発現する光の剣。そして言う。
「ほお、逃げも隠れもしねえとは。さすが中級呪魔だな」
「……堕天使か? 落ちこぼれが、この僕と戦うだって?」
静かな子供の声が辺りに響く。ライムはゴクリと唾を飲み込んでから答える。
「
「お前には関係ないだろ。だが僕の邪魔をするならば……」
呪魔がナイフを手にした両手を振り上げる。
「消す」
同時に放たれる
「
ライムの前に現れる光の障壁。呪魔の放った黒きナイフがどんどんと音を立ててぶつかる。
(くっ……)
だが想像以上に強力な呪魔のナイフ。幾つかは障壁をぶち抜いてライムに襲い掛かる。
ふっ……
光りの障壁を残したまま空中へ舞い上がるライム。そして大きく翼を羽ばたかせると、高速で呪魔へと肉迫する。
ザン!!!
「ギャッ!?」
一瞬。呪魔の横を飛び抜けたライムの光の剣が呪魔の体を半分に切断する。
「ふう」
後方に立ち、ゆっくりと剣を収めるライム。斬られた呪魔は音もたてずに煙となって消えて行った。ライムが止まったままの黒服や三葉を見て言う。
「さて、きっついお仕置きが必要だな」
そうつぶやきながらまず黒服全員の頭や顔、胴を
ドフ、ドフッ!!
呪魔が憑いていたとは言え、人とはなんて愚かな生き物なんだろうとライムは思った。くだらない利権や見栄の為に平気で悪行を働く。顔を腫らした詩音の顔を思い出し、ライムの殴る手に更に力が入る。
「……キリがねえ。この辺でもういいか」
そう小さくつぶやいてからライムは椅子に縛られたままの怜奈の縄を解き、お姫様抱っこしてから指を立て言う。
「
同時に動き出す時間。表情の消えていた男達に動きが戻る。
「ぎゃっ!!」
「うぎゃっ!!」
「ぐほっ!!」
「痛てええ!!!」
工場内で次々と起こる黒服達の悲鳴。突然、頭部や体への強い衝撃が彼らを襲う。
(え?)
怜奈は目を疑った。
今の今まで椅子に縛られていたはずが、いつの間にかライムらしき男に抱かれている。そして響く黒服達の悲鳴。倒れる男達。怜奈は一体何が起こったのか全く理解ができなかった。
男が怜奈を抱いたままゆっくり三葉の元へ歩み寄る。
「おい」
「あわわわっ……」
同じく顔面に強い衝撃を何度も受けた三葉は恐怖のあまり失禁し、地面に蹲っている。
「顔を上げろ」
「うぐぐぐっ……」
恐怖。得体の知れない相手。命じられ恐る恐る見上げたその人物は、銀色の翼が生えた人知を超えた存在。三葉は自然と床に頭をつけ答える。
「は、はい……」
殺される、三葉は本能でそう思った。まばゆい程の後光を放つ存在。一体何が起きて、何が現れたのか分からないが彼の人としての本能が危険を告げていた。
ドフッ!!
「ぎゃっ!!」
男は怜奈を抱いたまま三葉を蹴り上げる。ひっくり返ったまま動かない三葉。殴られて蹲っていた黒服達もようやく立ち上がり始めるが、主の前に立つ神々しい存在を前に体が硬直する。怜奈を抱いた男が言う。
「女を攫い殴り、泣かせた。それは万死に値する。覚悟せよ」
三葉が泣きそうな声で懇願する。
「ご、ごめんなさい!! わ、私が間違っていました。お許しを、お許しを……」
まるで子供、いや赤子のようになって許しを請う三葉。怜奈を抱いた男は再度三葉を蹴り飛ばし、上から言う。
「一度だけ赦す。だが次はないと思え。同じ愚行を繰り返すのならば天使の裁きが下るだろう」
「は、はい!!!!」
蹴られた三葉はすぐに土下座をして応える。
怜奈を抱いた男は無言でそのまま工場のドアの方へと歩き消えて行く。三葉がぼろぼろと涙を流しながらつぶやいた。
「神の、神の怒りに触れてしまったのか……」
ようやく安堵した三葉。冷たくなっていた手足に感覚が戻り始める。そのまま脱力し、仰向けになって工場の天井を見つめた。
(これって、ライムなの……?)
強い後光を放ちながら自分を抱く男。光で顔は良く見えないがまるでライムのよう。
「あっ」
工場を出た怜奈は見慣れた黒塗りの車がやって来るのに気付く。
「お父様だ!」
三葉の部下が連絡して慌ててやって来た三上喜一郎。後光を放つ男は怜奈を下ろすと優しい声で言う。
「心配してやって来てくれたんだ。さ、行きな」
(え?)
聞き慣れた声。安堵する声色。だが確認しようと振り返った怜奈の前に、その存在は消えていた。
(誰なの……? ライムなの……)
泣きそうな顔で駆け寄って来る父喜一郎を背に、怜奈はひとり暗い星空を見上げた。
(詩音詩音詩音詩音っ!!!!)
ライムは銀色の翼を強く羽ばたかせ詩音が眠るタワマンへと急いだ。気休め程度の治療は発つ時にしておいたが、やはり心配だ。星が輝く夜空の下、ライムが全力で飛行する。
「あっ」
タワマンに近付いたライム。だがそのルーフバルコニーに立つ黒髪の女性を見て心臓が止まり掛けた。
(詩音!?)
それは間違いなく先程助けた詩音。なぜあんな所に立っているのか。何をしているのか。そう思ったライムの目にそれが映った。
「詩音ーーーーーーーっ!!!!」
ルーフバルコニーに立った詩音は無表情のまま、そこから飛び降りた。
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