21.詩音と怜奈のお料理
「はあ……」
ライムとの買い物を終え、タワマンに帰って来た怜奈は何度もため息をつきながら夕食の準備をしていた。帰りもライムにべったりとくっつき、周りをきょろきょろ見ながらの帰宅。やはり相当父親が気になるのだろう。キッチンに立つ怜奈にライムが言う。
「あんまり気にすんなって」
「でも……」
父親のことになると途端に弱気になる怜奈。
「今日は何とか逃げられたけど、あなたはお父様の怖さを知らないんだから」
「怖さ? 知らねえな」
キッチンの椅子にどっかり座ったライムが両手を軽く上げてふざけて答える。祖母には今日の件を連絡しておいたが、やはり何をされるか分からない恐怖はある。
「ただいま……」
そこへ仕事を終えて帰宅した詩音が申し訳なさそうな顔で入って来る。ライムが立ち上がり詩音に言う。
「おお、おかえり。詩音」
「あ、はい……」
憔悴した顔。生気のない表情でライムと怜奈に言う。
「あ、あの……」
「なに?」
そう答えるライムとは対照的に、怜奈はそのまま黙って料理を続ける。詩音が言う。
「色々あってすっかり忘れちゃってたけど、ここの家賃とかお食事代とか払わなければと思って……」
今は全く金銭的余裕がない。もちろんこの先のことになる。ライムが笑って言う。
「要らないって。俺が呼んだんだし」
「で、でも……」
嬉しい答え。だがそこまで甘える訳には行かない。ライムが言う。
「もともとこの部屋だって絹子に住めって言われたんだから。食事代だって貰ってるし」
それを聞いた怜奈が振り返って尋ねる。
「はあ? 買い物のお金っておばあちゃんのお金だったの? あなたのじゃないの??」
「違うよ」
あっけらかんと言うライムに怜奈がはあとため息をつく。詩音が尋ねる。
「あの、絹子さんって言うのは一体……」
ライムが答える。
「絹子? ああ、怜奈の祖母だよ。
詩音の頭の中で色々なものが繋がる。
「え? それってつまり、あなた『ヒモ』ってこと?」
意外な言葉にライムが苦笑して答える。
「ん? まあそうだな。そう言う意味じゃヒモってことになるな」
詩音が呆れた顔で言う。
「だから言ってるでしょ。ホストなんて仕事はダメだって」
それについては怜奈も賛同して料理しながら頷く。ライムが答える。
「ホストだってちゃんとしてるって。まだ給料もらってないけど」
そう言えば以前、店から給与振込口座を教えてくれと言われていたことを思い出す。ライムが言う。
「まあ、だからお金はいいから。気にするな」
言われた詩音が首を振って言う。
「気にするわよ。た、確かにそう言って貰えると助かるけど、……、あ、じゃあ、せめて家事ぐらい手伝わせて」
そう言うと詩音はカバンを床に置き、腕をまくって怜奈の隣に立つ。
「え?」
驚く怜奈。隣に立つ詩音が少し強張った笑みを浮かべ言う。
「手伝います。怜奈さん」
怜奈がじっと手元を見て答える。
「べ、別にいいです……、これぐらいできるし……」
「一緒にやんなよ、な!!」
「きゃ!!」
「ぎゃっ!?」
そのふたりの間に入り、ライムが両手でふたりの肩を抱きながら言う。驚いた怜奈が身を強張らせて言う。
「な、なによ!? いきなり!!」
対照的に詩音はびっくりはしたものの小さく俯く。ライムが言う。
「詩音がこう言ってるんだから一緒にやればいいじゃん」
少しの沈黙の後、怜奈が小さな声で言う。
「わ、分かったわ。……じゃあお願いします。詩音さん」
「うん、任せて。何をすればいい?」
それを聞いた詩音の表情がぱっと明るくなる。ライムも笑顔で椅子に戻り、詩音を見つめながら小さく頷く。そして開いた右手を握りしめ小さくつぶやく。
「
詩音に憑いている呪魔の解析。新たな印の解呪法を探る。集中したライムの頭に解析結果が浮かび上がる。
(見えた!! えっと次の解呪法は……、『抱き合って空を飛ぶ』って……)
詩音に聞かれた怜奈が答える。
「じゃあ、とりあえずお味噌汁を……」
ライムが叫ぶ。
「できるか、そんなもん!!」
「は?」
詩音が鬼の形相で振り返り、ライムを睨みつける。そして包丁を手にしたまま近付いて言う。
「ライムさん、私のこと馬鹿にしてませんか? 味噌汁ぐらい私だってできますよ……」
手にした包丁を突きつけ無表情でライムに迫る詩音。ライムが慌てて手を振り答える。
「い、いや、違うんだ。そう言う意味じゃないって!!」
「じゃあ、どういう意味ですか? 答えによっては許しませんから」
「れ、怜奈助けて~」
ふたりの様子を見ていた怜奈がふんと顔を背けて言う。
「知らない」
「お~い!!」
結局、最後には助けてくれた怜奈に感謝し、三人は一緒に夕食を食べた。
「いってらっしゃーい」
「ああ、行って来るよ!」
夕食を食べ終えた三人。ホストの仕事為に出掛けるライムを詩音と怜奈が見送った。
(綺麗な肌……)
玄関で隣に立つ詩音の肌を見て怜奈が思う。黒髪に絹のような透き通った肌。やややつれているがその美しさは霞まない。
「怜奈さん、じゃあ私、片付けますね」
台所の皿。まだ洗っていない。怜奈が答える。
「一緒に洗います」
「いいって。今日は任せて」
絶対に譲らないと言う目を見た怜奈が頷いて答える。
「分かりました。じゃあ、お願いします」
そう言って部屋へと帰る怜奈。自分も学校では可愛いという自負はあったのだが、詩音のそれは何か別の意味で自分とは違う。大人と子供の差か。平らな胸のせいか。どうしても詩音に素直になれない怜奈がひとり自室へと戻る。
「……仕方ないか。さあ、じゃあ洗おうかな」
キッチンに戻った詩音が再び袖をまくり、山盛りになった皿を見て言う。怜奈はまだ心を開いてくれないが、久しぶりに誰かと一緒に食べた夕食。とても美味しかった。朋絵の家では時間が合わなくてほとんど一緒に食べていない。
(まだ警戒されているみたいだけど、早く溶け込まなきゃ……)
皿を洗いながら詩音がひとり思う。
トゥルルル……
そんな詩音の耳にテーブルの老いたスマホ着信音が響く。皿を洗いながら止まる手。水を出したまま目の焦点がぼやける。
(お母さん……)
ずっと連絡のなかった母親からの着信。詩音は険しい表情を浮かべながら手を拭き、スマホを取る。
「もしもし……」
細々とした声。対照的に電話の向こうでは割れんばかり大きな声が響く。
『あ、詩音? 今どこに居るのよ!!』
「どこって、前と変わらないよ……」
嘘。今は引っ越してタワマンにいる。母親が言う。
『ちょっと今度大事な話があるんだけどさ、うちに帰って来られない?』
詩音は目の前が真っ暗になった。ある意味母親から逃げ回っていた自分。不用意に電話に出てしまったことを少し後悔した。
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