20.黒服の襲撃
「ちょ、ちょっと、もう少しゆっくり歩いてよ!!」
ライムの腕にしがみ付き歩く怜奈。長身のライムと腕を組んで歩くのは想像以上に苦労する。ライムが苦笑して言う。
「ごめんごめん。俺、足長いし」
(むかっ!!)
怜奈がむっとした表情で言う。
「どうせ私はチビですよ!! ……胸もないし」
怜奈は巨乳ではないがスタイルの良い詩音を思い出し、ムッとして頬を膨らます。成長著しい中学生とは言えやはり大人と子供。越えられない壁を感じ怜奈が落ち込む。
「なあ」
「な、なによ!!」
優しい言葉でも掛けて来るのかと期待した怜奈が、立ち止まってじっと前を見つめるライムに気付いて辺りを見回す。ライムが言う。
「囲まれてるな」
「え? あっ……」
怜奈の目に移る数台の黒塗りの車。無意識にライムと組んでいた手に力が入る。
「怜奈様」
その中ひとり、サングラスをかけた黒スーツの男がライムと怜奈の前へと歩み寄る。怜奈が言う。
「黒沢? これは一体どういうことなの!?」
名前を口にした怜奈を見てライムはそれが彼女の親族関係であることを理解した。黒沢の周りに集まる黒服の男達。夕方の表通り。異様な雰囲気を放つ黒スーツ集団に通行人もチラチラ見ながら歩いて行く。黒沢が言う。
「怜奈様。家へ帰りましょう」
そう言って手を差し出す黒沢に怜奈が舌を出して言い返す。
「嫌よ。どうせお父様の差し金でしょ? 私、帰らないから!!」
困った表情を浮かべる黒沢。怜奈と腕を組んでいるライムをぎっと睨みつけて言う。
「そこの金髪。お前、怜奈様がお幾つか知っているのか?」
「怜奈? 中二だろ」
黒沢がサングラスを外しながら言う。
「中二と言えばまだ世間では子供。お前に何の罪悪感もないのか?」
ライムが首を傾げて言う。
「ないね。幾つだろうが怯えている女の子の傍に立つのが俺の役目」
「……」
黒服達の間から馬鹿にした笑いが起る。そんなライムの腕にしがみ付いている怜奈は内心焦っていた。
(お父様が本気を出して来た……、ライムじゃとても勝てないし、どうしよう……)
女にはめっぽう強いが、細身でチャラい金髪のライム。喧嘩になったら一方的にやられるのは明白だ。
「怜奈」
強がったふりをしていた怜奈の目に、その最悪の男の姿が映る。白髪交じりの頭に眼鏡。貫禄あるその中年の男は怒りを抑えるようにしてゆっくりとふたりの前にやって来た。怜奈の顔が青ざめる。
「お父様……」
ライムがじっとその男を見つめる。怜奈の父、喜一郎が言う。
「何をやってるんだ、怜奈。勝手に家を出て。そのチャラい男は一体誰なんだ? 説明しろ」
ゆっくりだが威圧ある声。怜奈がライムの腕を掴む手に力が入る。
「関係ないでしょ……」
「あるだろっ!!!」
「!!」
喜一郎の大声に怜奈の体がびくっと動く。周りを歩く人達が足を止め突然聞こえた大声を出す中年の男を見つめる。喜一郎が大声で言う。
「我儘を言うのもいい加減にしろっ!! どれだけ私が心配していると思っているんだ!! そんな訳の分からない男と腕を組んで!!!」
喜一郎の言葉が響く度に体を委縮させる怜奈。いつもは虚勢を張ってでも人に屈しない怜奈にしては珍しい姿。見かねたライムが喜一郎に言う。
「なあ、あんたよ」
『あんた』呼ばわりされた喜一郎が額に青筋を立てて言う。
「軽々しく私を呼ぶな!! この低俗男が!!」
金髪で着崩した白のジャケット。どう見てもチャラ男。そんな姿が喜一郎は気に入らない。ライムがポケットに手を入れたまま言う。
「あんたさ、そんな大声出してたら怜奈だって怖がるだろ? 仲良くしたいのか、叱りたいのか、それじゃあ分かんねえぜ」
「き、貴様……」
顔を真っ赤にした喜一郎が周りの黒服に向かって言う。
「やれ。あの馬鹿を捕まえろ!!」
「はっ」
その言葉と同時に動き出す黒服。怜奈が叫ぶ。
「止めなさいよ!! 黒沢っ!!」
そんな声を無視してふたりに襲い掛かる男達。ライムはため息をついてから指を二本立て、軽く空を斬って言う。
「
ライムの周りに光る波しぶきが回転しながら四方へと広がる。止まる空間。静寂。誰も動かなくなった世界でライムがゆっくりと喜一郎に近付き、両手を前に突き出し鞘から剣を抜く仕草をしながら言う。
「そこにいんだろ? 分かってんだぜ」
「ウギギギ……」
喜一郎の影から現れる小鬼のような呪魔。
「
ライムが
「ギィイイイイーーーッ!!!」
「!!」
呪魔の両手から放たれる衝撃波。目に見えぬ攻撃だと気付いたライムが片手を前に出し叫ぶ。
「
うっすらと輝く光の盾。中級呪魔を討伐したことでライムに徐々に天使の力が戻り始めている。
ドオオン!!!
障壁にぶつかる衝撃波。同時に移動する呪魔の気配。ライムがくるっと振り返って後方の
「そこっ!!」
「ギャン!!」
頭から真っ二つに斬られた呪魔。そのまま煙となって呆気なく消えて行った。
「ふうっ……」
ライムは剣を収め小さく息を吐くと、止まって動かない喜一郎の元へ行きその体に触れながら言う。
「
部分的な解除。同時にライムはその背に銀色の翼を大きく広げる。
「あっ、あ……」
時間が戻った喜一郎が周りを見る。同時に目に入ったその翼を持った畏怖すべき相手を見て、無意識に地面に頭をこすりつける。
「愚かな人間よ」
「は、はい!!」
喜一郎は全身から流れる汗を感じながら答える。恐怖。人のDNAに刻まれた絶対に抗えない相手。喜一郎は体の震えをぎゅっと力を込めて押さえつける。ライムが尋ねる。
「娘が大切か?」
「は、はい……」
地面に頭をつけたまま喜一郎が答える。ライムが言う。
「貴様が娘を大切に思う気持ちは分かる。親子の関係に俺もあまり口出ししたくない」
黙って聞く喜一郎。ライムが言う。
「だがよ、あいつにあんな怯えた顔させられたんじゃ、さすがに黙ってられねえ!!」
「は、はい。申し訳ございません!!」
少し顔を上げた喜一郎の目に移る怯えた顔の怜奈。その瞬間理解した。娘は所有物ではない。自分の言いなりになる物でもない。人格を持ったひとりの人間。感情もあれば反発もする。喜一郎は下を向き溢れ出る涙を必死に堪える。ライムが言う。
「俺の言いたいことは分かったか?」
「はい! この胸にしかと刻んでおきます……」
そう言って喜一郎が再び地面に頭をこすりつける。ライムが
「その言葉、忘れぬぞ。三上喜一郎」
「はっ」
ガン!!!!
ライムは喜一郎の頭、そして周りにいる全ての黒服の頭を
「
「え? ええ!? なに、これ!!!」
突然ライムにお姫様抱っこされた怜奈。顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。ライムが言う。
「さ、逃げるぞ!! ほら!!」
そう言って怜奈を抱きかかえたまま走り出すライム。怜奈もライムにしがみ付きながらキャーキャー叫ぶ。
「ぎゃっ!」
「ぐっ!!」
「うぎゃっ!?」
ライム達が去って行った現場では、黒服達が突然感じる頭部の激痛に頭を押さえて蹲る。何が起こったのか分からない。その中で座ったまま脱力した喜一郎だけがじっとオレンジ色の空を見上げていた。
「ちょ、ちょっと、一体どうなってるのよ!!」
ライムにお姫様抱っこされたままの怜奈が顔を真っ赤にして言う。走っていたライムが立ち止まり、ふうと大きく息を吐いてから言う。
「いや~、ここまで来ればあいつらももう追って来ねえよな」
「ま、まずは下ろしてよ!!」
「ああ、悪い」
そう言って地面に怜奈を下ろすが、動揺しているのか足が震えて真っすぐ立てない。ライムが怜奈の腰に手を回し言う。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「だ、大丈夫よ!! それよりお父様はどうなったの??」
ライムがにっこり子供のような笑みを浮かべて言う。
「まあ、多分大丈夫だ」
「どうしてそう言い切れるのよ」
「どうしてって俺、天使だし」
「もお……」
怜奈が呆れた顔でため息をつく。ライムが言う。
「じゃあ買い物行こうか」
「は? い、今から買い物!?」
あまりに普段通りのライムに怜奈が驚く。
「そうだよ。早く怜奈の作ったご飯食べたいし」
「だ、だけど……」
先程父親に襲撃されたばかり。また探しに来る可能性もある。動こうとしない怜奈を見たライムが、再び彼女をお姫様抱っこして走り出す。
「さ、行くぞ!!」
「ちょ、ちょっと、やめてよ。きゃーーーっ!!!」
怜奈は恥ずかしさと嬉しさで声を上げながら、しっかりとライムに抱き着いた。
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