16.明と暗
「
触れたものを解除する天使のスキル。動かなかった康太に時間が戻る。
「あっ……」
康太が無意識に声を出した。
目の前にいる畏怖すべき存在。輝く後光を放ち、翼を広げた人知を超えた存在。康太は慌てて両手を床につき頭をこすりつける。
「も、申し訳ございませんでした!!」
中級呪魔に憑かれていても残る記憶。目の前の存在との約束を反故にした罪の意識が内から沸きだす。ライムが言う。
「汝にひとつ問う」
「は、はい」
康太が床に頭をつけながら答える。
「お前の婚約者、
康太が少し顔を上げて答える。
「はい。もう二度と彼女を悲しませません……」
心からの声。天使の力を解放しているライムにはそれが偽りのない言葉だと理解した。ライムが言う。
「本当だな?」
「はい……」
「万が一にもその約束を違えた場合は……」
ライムが手にしていた
「これでお前を処刑する」
「は、はい!!」
康太が再び頭を床に擦り付けて返事をする。ライムが思う。
(気休め程度だが簡単な天印を施しておいた。しばらく下級呪魔程度なら近付くこともないだろう)
天使が施すことができる天の印。人間には見ることができない印だが、呪魔が忌み嫌う効果を持つ。上級呪魔にはほとんど効かないが、そこらに蔓延る下級呪魔程度なら十分効果が期待できる。ライムが頭を下げる康太を見て小さく言う。
「じゃあ、これは俺の
ガン!!!!
「ぎゃっ!!」
ライムは
頭を強打されそのまま仰向けで気を失う康太を見てから、ライムは詩音の元に行きお姫様抱っこして言う。
「確かこんな感じだったよな……、よし。
そして指で空を斬り天域を解除。周りの時間が動き出す。
「え? あっ、ちょ、ちょっと!!」
お姫様抱っこされた詩音が足をばたつかせて騒ぎ始める。一方の朋絵は突然床に仰向けに倒れている婚約者の康太を見て悲鳴に近い声を上げた。
「こ、康太さん!?」
ライムの腕から降りた詩音が、朋絵と共に倒れている康太の元へ駆け寄る。状況が理解できない朋絵は動かない康太を膝に乗せ、涙ながらに名前を何度も叫んだ。
「康太さん、康太さん、どうしたんですか!!」
「う、ううっ……」
朋絵の声に意識を取り戻した康太が目を開ける。それを見た朋絵が安堵の涙を流して言う。
「良かった……」
詩音も小さく息を吐き何ごともなかったことに安心する。
「おい」
それを後ろで腕を組んでみていたライム。釘をさすように康太へ言う。
「約束、守れよ」
「え? あ、はい!!」
現実か夢か。康太の瞼に焼き付いている畏怖すべき存在。それが目の前にいるライムと重なって思わず順応に返事をする。詩音が振り返って尋ねる。
「なに? 約束って??」
ライムが苦笑して答える。
「なーに、男同士の約束ってやつだよ」
「??」
首を傾げる詩音。ライムは部屋の出口へと歩きながら康太を膝の上に乗せる朋絵に向かって言う。
「朋絵」
「え? あ、はい……」
朋絵が顔を上げてライムに答える。ライムが笑顔で言う。
「そいつ、また裏切ったら俺のところに来い」
「え?」
意味が分からない朋絵が目をぱちぱちさせる。ライムが片手を上げ部屋を出ながら言う。
「俺が貰ってやる」
「ちょっと!! ライムさん!!!」
詩音が部屋を出て行くライムを追いかけるように駆け出す。ライムは笑いながらドアを閉め立ち去って行った。詩音が顔を赤くしてぼうっとしている朋絵に言う。
「朋ちゃん、あんなの気にしなくていいから」
朋絵が笑って答える。
「え? ああ、うん。でも素敵な人だよね、詩音の彼氏さん。なんか天使みたい」
「そうそう! あいつ自分のこと天使とか言って中二病で……、ちょっと!! 彼氏じゃないってば!!」
朋絵は意外そうな顔で言う。
「そうなの? ふたりを見ていたらそうにしか見えないけど。お姫様抱っことかされてたじゃん」
「い、いや、あれは彼が勝手に……」
「朋絵っ!!」
(!?)
突然朋絵に抱き着く康太。そして涙を流しながら言う。
「ごめん。本当にごめん。私はどうかしていたよ。君を、絶対に幸せにする……」
朋絵もそれに抱き返して答える。
「はい。康太さん……」
詩音はそんなふたりを小さく頷いて見つめた。
「さーて、じゃあ仕事にでも……」
部屋を出て、ひとり通りを歩いていたライムが体の異変に気付く。
「おっ?」
薄くぼんやりと光るライムの体。同時に沸きだす力。ライムはぎゅっと拳を握って言う。
「力が戻って来ているな。まだ全然足りねえけど、中級呪魔を浄化したお陰かな」
呪魔を浄化し、人間を幸福にする。それが天使の地上での役割であり、ライムが自力で天界に帰る唯一の手段。
「だが、まだまだ足んねえ。もっとたくさんの人を幸せにしなきゃ……、そうでなきゃ……」
ライムの脳裏に上級呪魔ウラドの顔が思い浮かぶ。
「あいつを倒せねえ」
詩音を狙う厄介な敵。天使としても、男としても負ける訳には行かない。ライムは頭を掻きながら中々口説けない詩音を思い出し、小さくため息をついた。
「じゃあ、お幸せにね」
「うん。ごめんね、詩音」
その数日後、本格的な結婚準備に入る朋絵と康太を前に詩音が深く頭を下げて言った。
約束の一週間。部屋を解約して転がり込んできた詩音にとって、ひと時ではあったが部屋を貸してくれた朋絵に心から感謝した。朋絵が心配そうな顔で言う。
「次のところまだ決まってないんでしょ? 大丈夫なの?」
詩音が明るい表情で答える。
「心配ないって。別の友達のところにまたしばらく行くことになったから」
「そう。本当にごめんね」
「いいって。残った荷物はまた後で取りに来るね」
「うん……」
婚約者の康太も心配そうな顔をする。ライムに呪魔を浄化された康太は、人が変わったかのように優しさ溢れる男になった。喧嘩はするが怒鳴ることも、そして朋絵に手を上げることも無くなった。スーツケースを手に詩音が笑顔で言う。
「じゃあ、お幸せにね!!」
「うん、詩音も式には来てよ!!」
「了解~」
詩音は明るく振舞った。決して何も悟られないように。
ガラガラガラ……
駅前。スーツケースをコインロッカーに預けた詩音はそのままネットカフェに入る。ほとんど来たことのない場所。朝まで滞在すれば宿泊する場所として使えるという知識を頼りにやって来た。
「では、こちらをどうぞ」
案内された個室。狭いがリラックスはできるし、シャワーも一応ある。だが思ったより値段は高かった。
(どれだけいられるのかな、ここにも……)
ほとんど手持ちのお金も尽きかけている詩音。次の給料が出たとしてもすぐその多くを返済に充てなければならない。終わりのない借金。出口の見えないトンネル。エリートサラリーマンと婚約し幸せな表情だった友達の顔を思い出してしまい、自然と涙が出る。
「誰か、助けて……」
ネットカフェの暗い個室。詩音はテーブルに顔を乗せ小さく涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます