13.ウラドの食事会
(早く次の住むところ探さなきゃ……)
友人である朋絵のアパートに引っ越した詩音。だが結婚を控えた彼女の部屋には一週間しかいられない。すぐにでも新しい部屋を探さなきゃならない詩音であったが、大きな問題に直面していた。
(お金がない……)
結婚詐欺で全財産どころか借金まで背負った詩音。とても新しい部屋を借りる資金など持っていなかった。
「はあ、どうしよう……」
会社のPCの画面を見ながら詩音がため息をつく。モニターには青白い顔をした自分の顔が映る。ここ最近ずっとお金のことばかり考えていて顔に生気もない。
「
そんな詩音に先輩である中年女性社員が声を掛ける。四十路の彼女、仕事用の眼鏡に手をやりながら手にした書類を詩音に見せて言う。
「これ花水さんが作ったよね?」
「えっ、あ、はい……」
何かやらかしたのかと詩音が動揺する。
「発注ミスよ! ほらここ」
そう言って指差された書類には必要でない品が間違えて記載されている。
「うそ!?」
慌てて自分のPCで確認するもやはり自分の入力ミスであることが判明。すぐに頭を下げて謝罪する。
「ご、ごめんなさい!!」
「ごめんなさいじゃないでしょ! どうするのよこれ? お客さん、間違った品が届いてるって怒って電話かけて来てるのよ!!」
女はそう言って保留ランプの点いた電話を指差す。
「早く出て!! 謝罪しておいてよ!!」
「はい……」
詩音は頭を下げるとすぐにクレームを入れて来た電話を取る。四十路の女の所にやってきた別の女社員がわざと聞こえるように言う。
「また間違えたんですか?
女が侮蔑した表情を浮かべて答える。
「そうよ。また間違えたの。一体どれだけやれば気が済むのかしら。ぷぷっ」
女達の笑い声が事務所に響く。
「あ、はい。本当に申し訳ございません……」
電話口で頭を下げて謝罪する詩音。その姿を見ながら女性社員達が馬鹿にした表情を浮かべる。
「代わるよ」
(え?)
そこへ突如やって来た銀色のイケメン長身男性。詩音の持っていた受話器を手にすると優しい口調で言う。
「ウラドです。お世話になります」
(ウラドさん……)
電話を代わったのは今の上司であるウラド。呆然とする詩音の隣で優しく、言葉巧みに謝罪を重ね受話器を置く。詩音が頭を下げて言う。
「あ、あの。ありがとうございました……」
ウラドが答える。
「部下の責任は僕の責任。気にしなくてもいいよ」
そう言って微笑む顔はまるでドラマの中の主人公のように魅力的。女性社員達が舌打ちしながら離れて行くのを見てからウラドが言う。
「お礼はいいよ。でもその代わりにいい加減一度ぐらい夕食に付き合って貰えないかな」
「あ……」
ずっと断って来た夕食の誘い。少し考えたが今はもう引っ越しも終わったので断る理由もない。詩音が小さく頷いて答える。
「はい。分かりました。よろしくお願いします」
ウラドが笑みになって答える。
「ありがとう。今日はいい一日になりそうだよ」
そう言って軽く手を上げて去って行く。詩音は小さく息を吐いてから仕事に戻った。
「さあ、遠慮しないで食べて」
「は、はい……」
仕事終わり、真っ赤な高級スポーツカーに乗って連れられたのは、都市部一等地にある高級フランス料理店。店名も読めないお洒落なお店。静かな店内に、周りの客は皆高級な服を着たワンランク上の人達ばかりが集まる。
仕事用の安いシャツを着た詩音は終始下を向いて小さくなる。ウラドが尋ねる。
「洋食は嫌いだった?」
「い、いえ。そんなことは……」
嫌いもなにもこんな高級料理食べたことがない。どうやって食べればいいのか。マナー違反はないのか。そんな事ばかり詩音の頭の中に浮かぶ。ひとり食事を楽しむウラドが尋ねる。
「失礼なことを聞いてもいいかな、詩音さん」
「え? は、はい……」
詩音が顔を上げて答える。
「詩音さんはまだ独身?」
「え? そ、そうですけど……」
いきなり想像もしていなかった質問に詩音がどきっとする。ウラドが首を左右に振りながら言う。
「こんな魅力的な女性が居ながら周りの男性達は一体何をしていたのだろう。僕には理解できないよ」
「そんなことは……、私すごく運が悪いと言うか、不幸と言うか……」
ウラドがフォークをテーブルに置いて言う。
「最高の美味じゃないか」
「え?」
詩音が顔を上げて首を傾げる。ウラドが苦笑いして答える。
「いやいや。この料理だよ。ごめんね、とっても美味しかったから」
「そ、そうですね……」
詩音もスプーンを使って添えられた蒸し野菜を口に運ぶ。ウラドが思う。
(不幸な女の血。これほどそそるものはない。まあ、それよりも……)
ライドは立ち上がり『お手洗い』と言ってテーブルを離れる。
(くだらない『虫けら』共が集まって来てるな)
ウラドは歩きながら詩音の視界に入らない場所で指を二本立て、真横に空を斬る。
「
同時にウラドの周囲に円形状に吹き上がる黒き波。それがまるで波紋を広げたように四方に広がり時の止まった空間を作り出す。
静寂。天使の『
「消えろ。ザコ共。それは私の獲物だ」
そう言って右手を前に突き出し衝撃波を放つ。下級呪魔達は逃げる間もなくウラドの攻撃の前に煙となって消え失せる。ウラドが言う。
「人のデートを邪魔するとはなんと無粋なl」
そう言って暗域を解除しようとした時、後ろから声が響く。
「
(!!)
ウラドが店の入り口に立つその人物に目をやる。そして尋ねる。
「天使か?」
「そうよ。あなた何者……?」
ピンク色の髪に露出多めの服。指を二本立てたままじっとするマリルは目の前の呪魔を見て体の震えが止まらなかった。
(強い邪を感じて思わず来ちゃったけど、こいつヤバい……)
天使の本能。邪を感じると浄化したくなる気持ちが抑えられなくてやって来たはいいが、相手は一般天使が手に負えるレベルではない強力な呪魔。ウラドが答える。
「私はね、別に天使なんて興味はないんですよ。殺すことも、排除することにもそれほど興味はない。だけどね……」
ウラドが右手を前に静かに言う。
「私の邪魔をするようならば容赦はせぬ!!」
ドオオオオン!!!!
「!!」
右手から放たれた強い衝撃波。咄嗟にマリルが両手を前に防御姿勢を取る。
「
マリルの前に張られた小型の光の壁。ウラドの衝撃波を受け爆音を上げる。
ドオオオオン!!!
「きゃっ!!」
勢いで後方に吹き飛ばされるマリル。勝てないと踏んだマリルはそのままドアから外に出て翼を広げ飛び立つ。
ウラドは乱れた髪を整えながらテーブルに戻ると暗域を解除。目の前で動き出す詩音に笑顔で言う。
「さあ、食事を続けましょうか」
詩音は突然戻ってきたウラドに驚きながらも頷いて食事を続けた。
「なにあれ? 怖~い!!」
マリルは大きな翼を羽ばたかせながら上空でひとりつぶやく。呪魔の浄化並びに人間の幸福が天使の仕事。だけどあれは想定外の大物。
「一緒に居た女の子って、確かライ君の……」
ライムと詩音が会話をしていたのを思い出すマリル。少しイラっとしながら大声で言う。
「ライく~ん!! どこにいるの~!?」
マリルはそう叫ぶと翼を羽ばたかせながら空の向こうへと消えて行った。
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