12.絹子の依頼

「お疲れ~」


 詩音と別れたライムは、そのまま夜の街へ向かいホストの店へと入る。


「お疲れっす、ライムさん!!」


 すでに店は開店しておりライムは遅刻になる訳だが、皆が満面の笑顔で彼を迎える。なにせ売り上げトップで店を支え、龍達他のホストもあの事件以来すっかりライムに心酔してしまっている。ライムを待っていた女性客が声を上げる。



「ライム~!! 早く来てよ~!!」


「おう、悪いな!!」


 ホストひとりに数名の女性客が付く人気ぶり。指名料だけでも相当な額になる。


「ライムさん、また遅刻かい?」


 ソファーに腰かけたライム。その隣にいた和服を着た上品な女性が呆れ顔で言う。


「お、絹子。悪りぃ悪りぃ。ちょっと野暮用でな」


 三上絹子。三上グループの総裁で店の超お得意様。以前は気難しい絹子が来店すると皆が気を張り詰めて接客していたのだが、ライムが担当になってからは空気が一変。『鉄仮面』の二つ名があったとは思えないほど表情豊かによく笑う。



「あはははっ!! 本当かよ!?」


 ライムも良く笑った。根っからの女好きの彼にとって、女性と話す、女性を楽しませるホストという仕事は正に天職と言えるものであった。酒も程よく回り、気分の良くなってきた絹子が懐から茶封筒を取り出しライムに渡す。


「はい」


「ん? 何これ……」


 その中にはお札の束。ライムが突き返して言う。


「一応ここはチップ禁止なんだよ。嬉しいけど受け取れねえ」


 絹子が笑って言う。


「分かってるわよ、そのくらい。これはチップじゃなくて管理料」


「管理料?」


 首をひねるライムに絹子が言う。



「そう。あの部屋の管理をして貰うためのお金。部屋って使っていないと痛んじゃうでしょ?」


「んー、まあそれは分かるがちょっと金額多くねえか?」


 ずっしりとある茶封筒。部屋の管理だけでは多過ぎる。絹子が言う。



「あとね、れいちゃんのお守り代」


「怜ちゃん、ああ、怜奈のことか」


 三上怜奈。絹子の孫で、父親と喧嘩してタワマンに密かに暮らしていた中二の女の子。絹子が言う。


「そうよ。あの子から聞いたんだけど、生活費って自分のお子遣いからやりくりしているんですって」


「マジか? じゃあ、あそこで食った飯ってのは……」


「そう、怜ちゃんが買ってきた食材なの」


 全くそんなこと考えてもいなかった。十四歳の女の子にここ数日飯を食わせて貰っていたなんて。絹子が言う。


「私もそれを聞いた時驚いちゃって。だから生活費は私が払おうと思って渡したんだけど、頑なに拒むのよ」


「受けとらないのか」


「ええ」


 絹子が困った顔をする。それは総帥三上絹子ではなく、『祖母』三上絹子の顔である。


「だからあなたにお願いしたいの」


「料理をか?」


 絹子が口に手を当ててくすくす笑う。


「違うわよ。あなたにお金を渡しておくのであの子と一緒に買い物とか行ってあげて欲しいの」


「はあ? 俺がか?」


 意外な申し出にライムが驚く。


「そうよ。あの子、あまり人に懐かない筈なのに、なぜかあなたには最初から懐いてるのよ」


「懐いてる? あれが??」


 ライムが散々罵声を浴びせられたことを思い出す。笑いながら絹子が言う。



「懐いてるわよ。普通なら口も利いてくれないんだから。あとね」


 絹子が真面目な顔で言う。


「あの子の味方になって欲しいの。守って欲しいの」


「守る? どういう意味だ?」


 絹子はテーブルに置かれたグラスの酒をグイと一飲みしてから言う。


「それはまた今度お話しするわ」


 ライムもグラスを手に一気にそれを飲み干して言う。



「分かった。だが俺は頼まれなくても『関わった女』は全て守る。怜奈も例外なしにな」


「ふふっ、頼もしいこと。あなたが言うと不思議とそう思えるのよね。わたしも守って下さるのかしら?」


「当然だ」


 そう言いながらライムはすっと作った新しいお酒を手に絹子と乾杯する。その後も皆と楽しくお酒を飲んだライムは退勤後、タクシーでタワマンに戻った。






「ただいまー、おっ、まだ起きてたんか??」


 タワマンに帰ったライム。時刻は既に日付が変わっているが、怜奈はひとり眠そうな顔をしながらキッチンの椅子に座っていた。持っていたスマホをテーブルに置き、ライムに言う。


「そうよ、悪い??」


 赤い髪を掻き上げながら怜奈が立ち上がって言う。


「悪いさ。何時だと思ってる? は寝る時間だろ?」


 それを聞いた怜奈がむっとした表情になって言う。


「子供じゃないし。全然眠くないし」


 そう言いながらも欠伸を堪え切れない怜奈。苦笑するライムをよそに怜奈が冷蔵庫の中からラップされた料理を取り出す。


「あ、もしかして飯か?」


「そうよ。作り過ぎちゃったの。別にあなたの為に作ったんじゃないから」


 そう言いながら手際良く電子レンジに料理を入れる怜奈。そしてフライパンを取り出すと、別の皿に入れてあったカット野菜と豚肉を慣れた手つきで炒め始める。


「へえ~、すごいね~」


 ライムが料理をする怜奈の真後ろに立って言う。近い距離。怜奈は一瞬びくっとしたがすぐに強めの口調で言う。


「こ、この野菜炒めは出来立てが一番美味しいのよ!! 温めたやつ食べさせて『不味い』とか言われたら不本意でしょ!!」


 そう言いながら作り終えた野菜炒めを皿に盛る。みそ汁にご飯に野菜炒め。その他サラダや漬物も準備し、あっという間に夜食が出来上がる。ライムが何度も頷きながら言う。



「完璧じゃん、怜奈。お前、その若さで男のことよく理解してんな」


「ど、どういう意味よ……?」


 顔を赤めながら怜奈が尋ねる。ライムが怜奈の頬に手を添え優しく言う。



「こんなことされて落ちない男はいないぜ」


 かああぁ……


 自分の赤髪より顔を赤くした怜奈が、動揺しながらライムの手を弾いて言う。


「ふ、ふざけないでよ!! 早く食べなさいって!!」


「はーい」


 大人の男の魅力で迫ってきた直後、まるで子供の様に返事をし美味しそうにご飯を食べる。



「美味いぞ!! うん、いつ食べても怜奈の飯は最高だぜ!!」


「あ、当たり前でしょ。私が作ったんだから……」


 そう言いながらライムの顔が直視できない怜奈は背を向けて答える。ライムが思い出したように言う。



「そう言えばさ、絹子にこれからお前と一緒に買い物行けって言われた」


「え? おばあちゃんに?」


 ライムが食べながら答える。


「そう。支払いは俺がするから。お前は払うな」


「そんなことはどうでもいいけど、わ、私があなたと一緒に買い物に行くの?」


「そうだよ。嫌か?」


 怜奈が顔を背けて答える。



「嫌よ。嫌嫌。だけどおばあちゃんがそう言っているようだし、あなたがどうしてもって言うのならば行ってあげてもいいわ」


 ライムが両肘をテーブルに着き顔を乗せて笑顔で言う。



「じゃあ言うな。『どうしても』」


 怜奈が恥ずかしさとむっとした表情を織り交ぜながら言う。


「ば、馬鹿にしてるの!? 何よその言い方……」


 そう言って頬を膨らませる怜奈。それを見たライムはすっと立ち上がって怜奈に近付き、右手は腰に、左手は頬に添え顔を見つめて言う。



「お前と一緒に行きたい。どうしてもだ。我慢できねえ」


(ふひゃっ!?)


 怜奈は意識を失いそうになるのを必死に耐えながら小さく答える。



「わ、分かったわ……、分かったから……」


 体が動かない。まるで麻酔に掛けられたかのように体の自由が利かない。ライムは軽く怜奈の頭を撫でると笑顔で椅子に座る。そしてご飯を食べながら言う。


「よろしくな、怜奈」


「ふん!! も、もう知らないわよ。おやすみ!!」


 そう言いながら真っ赤になった顔を隠しながらキッチンを小走りに出て行く。ライムはその後姿を見ながら小さく言う。



「可愛い~」


 そして彼女が作ってくれた食事を残さず平らげた。




 バタン……


 部屋に戻った怜奈がクッションを抱きしめながら小声でつぶやく。


「何なのよ、あの男は。もぉ、やだぁ……」


 そう言いながらベッドに倒れるように横になった。

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