第三章「お前を愛してる」
10.どきどき詩音ちゃん
(本当に信じられない!! ストーカーだけじゃなくて上司にまで迷惑かけるなんて!!)
朝、会社に出社した詩音は昨日のライムのことを思い出し苛ついていた。自分のことを『幸せにする』とか言いながらもそれは仕事。しつこく付きまとい、挙句の果てに新しくやって来た上司にまで迷惑を掛ける。
(だけど、いつも危ない時に助けてくれるもの事実……)
そう思いながらも体を張って自分を守ってくれるのも彼。彼がいなかったらもう死んでいたかもしれない。
「死んでいた……?」
詩音はあの夜、歩道橋の上で身を投げようとしていたことを思い出した。ライムに会ったのもあの夜。あれから色々と起こり振り回されている。だけど思う。
――今は死にたいなんて微塵も思っていない。
間違いなくあの夜自分はこの世に別れを告げていた。あれから状況は変わらないのになぜこんなに必死に生きようとしているのだろうか。
PCの画面を見ながら考える詩音に、その銀髪の新上司がやって来て声を掛ける。
「おはよう、詩音さん」
「あ、お、おはようございます。昨日はすみませんでした……」
銀髪のイケメン上司ウラドに小さく会釈して、昨晩のことを謝る。ウラドが首を振って言う。
「いいんだよ。僕はいつも通り。気にしてないから」
何があったのか知らない。気付いたらウラドは車で立ち去りライムだけが残っていた。詩音が言う。
「何かあの男が迷惑を掛けませんでしたか?」
「いいや。面白い男だね。詩音さんの彼氏?」
詩音が顔を赤くしながら首を左右に振って答える。
「ち、違います!! あんな軽い男、と言うかあいつストーカーなんです!!」
「へえ~、ストーカーねえ」
ウラドはそれを楽しむかのような表情で聞く。興奮する詩音にウラドが切れ長の目で見つめながら言う。
「詩音さん。今日の夜は空いてる?」
「えっ?」
再び上司からの誘い。だが詩音は首を横に振る。
「ごめんなさい。私、もうすぐ引っ越しをしなきゃならなくて、今日その片付けをするんです」
「そうか。それは残念だ。じゃあ、また誘うね」
ウラドはそう爽やかな笑顔を残して詩音の元から去る。イケメン上司に見つめられながら話をしていた詩音は、自分の顔が真っ赤になっていることに今更ながら気付く。
「さて仕事、仕事」
詩音は再びPCを見つめキーボードを叩き始めた。
「詩音さん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
夕方、仕事を終えた詩音が会社を出る。引っ越しは今週末。早く部屋の片づけをしなければならない。会社を出た詩音。その前に金髪の男が現れた。
「よお、詩音」
「……」
詩音はその男の顔を一瞥してから無視して歩き出す。
「あれれ? 詩音、どうしたんだよ~??」
ひとり先を歩く詩音の後をライムが追いかけるようにして歩く。周りでは詩音の会社から出てきた他の女性社員が、彼女を追いかけて歩くライムの姿を見て驚いて言う。
「何あのイケメン!? また
社内でもウラドと言うイケメン上司が何かと詩音に絡むのだが、プライベートでも金髪のイケメンと知り合いだったとは。そんな視線に気づかない詩音がひとり思う。
(どうせ私は『仕事』なんでしょ!! 馬鹿にしないで!!)
ひとりカツカツ歩く詩音の隣にやって来たライムが甘えた声で言う。
「ねえ、詩音ちゃ~ん……」
(ふん!!)
詩音は顔を合わせないようにまっすぐ歩く。ライムは彼女の近くに寄りつつも、幾重にも施された呪魔の印の中から次の印の解除法を探っていた。
「
詩音に気付かれぬよう小声で詠唱。広げた手を握る動作をして解除法を探る。
(よし見えた!! 次は……、『お姫様抱っこして愛をささやく』って……)
「ふざけんな、おい!!」
「はあ!? ふざけてんのはどっちですか!!」
突然のライムの声に立ち止まって詩音が大声で言い返す。目をぱちぱちさせたライムが申し訳なさそうに答える。
「あ、いや、その、それはごめん……」
頭に手をやり謝るライム。詩音が軽蔑した目つきでライムに言う。
「いい加減ストーカー行為止めてください。警察に通報しますよ」
「いや、俺はただお前を守る守護天使で……」
「その天使ネタももう結構です!!」
「いや、ネタじゃないって……」
困り果てたライム。詩音に尋ねる。
「これからどこに行くの?」
「どこって仕事終わったから家に帰るんです!! 当然でしょ!!」
「そ、そうだね……」
ひとり前を歩く詩音の後ろをライムが苦笑いしながらついて歩く。周りの人達が微笑ましくその光景を見つめる。傍から見ればは彼女を怒らせた彼氏が謝りながら歩く姿にしか見えない。
「あっ」
歩きながらスマホの画面を見た詩音が立ち止まる。
「どうしたの?」
「あの、私、今度引っ越しするんだけど、その友達が今から来てって……」
詩音がじっとそのメールを見つめる。ライムが言う。
「じゃあ俺も行くよ」
「……はあ?」
一緒にスマホを覗いていたライムに詩音が怒った顔で言う。
「どうしてあなたが一緒に行くんですか!!」
「え? どうしてって……」
ライムが詩音の顔に近付いて言う。
「心配だから」
(!!)
ストーカーじゃなければ文句なしのイケメン。背も高く笑った顔はまるで子供のよう。一瞬ライムの言葉にぼうっとした詩音が顔を背けて言う。
「ほ、本当にストーカーなんだから……、もう知らないです!!」
「じゃあ、付いてくね」
ライムはそう言うと詩音の隣に立ち歩き始める。
「……」
無言。こうして一緒に並んで歩くのは初めて。思わず意識してしまった詩音が前を向いたまま尋ねる。
「あの、こんな時間に待っているなんて、お仕事はされてないんですか?」
「してるよ」
「どんなお仕事なんですか?」
ライムが笑顔で答える。
「ホスト」
「……」
前を向いたまま詩音がため息をついて言う。
「やはりそうですか。ちゃんと仕事してください」
「え? ちゃんとしてるよ??」
絹子の孫の怜奈同様、詩音にとってもホストという仕事は『ちゃんとしていない』らしい。詩音が尋ねる。
「今日は仕事行かないんですか?」
「うーん、どうしよう? 詩音が心配だから一緒に行きたいし……」
「そんな適当でいいんですか??」
やや驚いた詩音がライムの方を見て言う。
「だって俺が幸せにしたい女はお前だから」
(!!)
詩音はすっと顔を背けるように前を向く。歯の浮くような恥ずかしいセリフと堂々と、当たり前のように口にする。でもそれが不思議と嫌じゃない。妙な魅力を持って心の奥へと響いて行く。詩音は顔を赤くし俯いたまま黙って歩く。
(可愛い~)
ライムはそう思いながら同じく詩音の隣を黙って歩いた。
「あれです」
駅を降りてしばらく歩いた住宅街。詩音はその前で立ち止まると、ひとつのアパートの二階を指差して言った。日も沈み薄暗くなってきた空。明かりのついた朋絵の部屋を詩音がじっと見つめる。
(これは……?)
詩音の隣に立ってその部屋を見つめていたライムが微かな邪の気配を感じる。
「……いるな」
詩音がライムを見て言う。
「いるに決まっているでしょ。呼ばれたんだし、電気も点いているし」
「え? あ、ああ、そうだな……」
ライムが頭を掻きながら答える。詩音が言う。
「さっきも言いましたけどもうすぐ私はここに住ませて貰うんです! 高校の友人だけどあまり迷惑を掛けないで下さいね。……って言うかどうして付いて来るんですか。まったく……」
詩音はそう言うと他にもぶつぶつ言いながらアパートへと歩き出す。
(どうしてって、お前が心配だからだろ)
ライムも気を引き締めながら彼女の後に続いた。
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