9.最強の恋敵登場
(最悪だ……、本当に迂闊だった……)
詩音は通勤電車に揺られながら部屋の解約をしてしまったことを後悔していた。
多額の借金は人を追い込む。冷静な判断など全くできなくなってしまう。頼られた友人の朋絵も迷惑だっただろう。疎遠だったのに一週間でも受け入れてくれたのは有り難いことだ。
「おはようございます」
「おはよう」
詩音は出勤し会社の同僚に挨拶をする。いつもの光景。不幸なことが続くがまだ会社を首になっていないだけましだ。
(あの人、最近顔を見せないな……)
詩音は会社のPCの画面を見ながら、ここ数日姿を見せないライムのことを思い出した。
神出鬼没という言葉が良く似合う男。訳の分からないことを言って変質者かと思っていたが、何度も救ってくれた。少しずつだが詩音の中で好感度が上がっていたのだが、それも勘違いだった。
――まあ、仕事だからね。
ピンク髪の女性が言った『仕事』という言葉。自分を幸せにするのが仕事。やはり詐欺とか何か裏があるのだろう。決して自分に興味がある訳ではない。
「はあ、また騙されるところだったわ……」
素直で純粋な詩音。意外にひたむきで真っすぐなところがあるあの金髪の男に危うく騙されるところだったと、小さくため息をついた。
「おーい、みんな集まってくれ」
そこへ会社の常務が見知らぬ外国人っぽい男を連れて事務所にやってきた。禿げた常務の頭。その隣に背が高く銀色の髪が美しいイケメンが笑顔で立っている。事務所の中の女性社員からざわざわと声が上がる中、常務が彼を紹介する。
「突然だが、今日からみんなの上司になるウラド・ヴァンピーア君だ。彼はヘッドハンティングで来て貰った超優秀な人材でね。もちろん日本語も抜群だ。これからはウラド君と共に会社を盛り上げて行ってくれ」
女性社員から黄色い声が上がる。小さな会社にはあり得ないぐらいの超イケメン社員。銀色の髪に白い肌。切れ長の目は冷たくありながら見つめた者の心に突き刺さる。ウラドが自己紹介をする。
「ウラドです。皆さんと一緒に働けることになってとても光栄です。どうぞよろしく」
沸き起こる拍手。詩音はあまり興味がなかったが皆に合わせて手を叩く。そんなウラドがカツカツと詩音の元に歩み寄り、にこっと笑っていう。
「よろしくね。
皆が驚いた顔をして詩音とウラドを見つめる。詩音が尋ねる。
「え? あ、はい。どうして名前を……」
ウラドが詩音の胸に付いた名札を指差して笑う。
「あ、ああ。そうですね。よろしくお願いします……」
「よろしく。君と仕事ができて光栄だよ」
そう言って握手を求めるウラド。詩音は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらその手を握った。
「詩音さん、一緒に夕食でもいかがですか」
仕事が終わり帰宅の準備をしていた詩音に、上司のウラドがやって来て声を掛けた。
「え? あ、あの……」
まだよく知らない相手。一緒に食事するにはイケメン過ぎる男性。来週に控えた朋絵の家への引っ越し準備もしなければならない。詩音が返答に迷っていると、ウラドが爽やかな笑みを浮かべて言った。
「色々と仕事のこと、そして君のこと、この僕に教えてくれないかな」
「え!? そ、それは……」
イケメン上司からいきなり誘われ、周りの女性社員からの厳しい視線が突き刺さる。だがウラドはそんな空気を全く気にせず詩音に言う。
「上司命令、そう言えば来てくれるかな」
「あ、はい。分かりました……」
きっと目の前の男はどういっても引かないだろう。そう感じた詩音は素直に誘いに乗ることにした。
(すごい高級車!!)
会社の駐車場に止められた車を見て詩音は思わず声を上げそうになった。どこのメーカーか知らないが外国製の赤いスポーツカー。見たこともない車の前で口を開けて立っていると、ウラドが横に来て車のドアを開き笑顔で言う。
「さ、乗って」
「あ、はい」
詩音がウラドのエスコートで助手席に乗ろうとした時、車の後方から大きな声が響いた。その男、足をガンと車に乗せて言う。
「待てよ、お前」
ウラドはドアのノブを持ったままじっと金髪の男を見つめる。それに気付いた詩音がびっくりした顔で言う。
「ラ、ライムさん!?」
着崩した白のジャケット。ライムはポケットに手を突っ込んだままふたりの前までやって来て言う。
「どこに連れて行く気だ?」
ウラドがやや困ったような顔をして答える。
「あの、失礼ですがどなたでしょうか? 別の方と間違えられているのではないでしょうか」
そう話すウラドと共に詩音が言う。
「ライムさん、この人は私の上司で……、と言うかどうしてあなたがここに居るんですか!?」
ライムはそんな詩音を無視してウラドに言う。
「何者だ、てめえ?」
「だ、だからライムさん。彼は私の上司で……」
ライムが指を立て、軽く空を斬りながら小声で言う。
「
ライムを中心を回転しながら発生する光の波。それがあっと言う間に四方に広がり天域、音のない静止した世界が広がる。ライムが言う。
「これでもシラを切るつもりか?」
その銀髪の男、ウラドは軽くその髪をかき上げながら答える。
「いえ、そんなつもりはございませんよ。堕天使さん」
ライムの表情が変わる。ふたり以外すべてが止まった空間。額に汗を流したライムが尋ねる。
「お前上級呪魔だな。相当な力を感じる」
通常なら問答無用で消し去るライムが動けない。ウラドが答える。
「そうですよ」
「目的はなんだ?」
「目的? まあ、あなたはあの邪魔な三体を消してくれたんでそれぐらいはお教えしましょう」
(三体?)
ライムは少し前に詩音に憑いていた三体の呪魔を浄化したことを思い出す。あれが何か関係あるのか。そう考えていたライムにウラドが言う。
「私は
「クズが。どういう意味だ?」
ウラドがにっこり笑いながら答える。
「女性の絶望した時の血が最高なんですよ!! 特に愛する人に裏切られた時の、殺される直前の血がっ!! ああ、もう堪らないぃいいい」
「反吐が出るぜ……」
その恍惚としたウラドの顔を見てライムに殺意が芽生える。ウラドが言う。
「やりますか、ここで?」
「無論だ。邪は滅べ」
そう言いながらライムは両手を前に突き出し、鞘から剣を抜き出す仕草をする。発現する光の剣。だが同時に思う。
(勝てるか、今の俺に……)
ライムが以前詩音から感じた大きくて強力な呪魔。天域を強制解除した奴は恐らく目の前の相手だろう。詩音に会いに来たのはいいが、まさかいきなりこのような大物と会うことになるとは想定外であった。
ウラドが銀色の髪をかき上げながら答える。
「今はよしておきましょう」
「はあ?」
その言葉にライムが少し驚いた表情を浮かべる。ウラドが言う。
「私はですね。先程も言いましたが、女性が絶望する時の血が欲しいのですよ。特に心から愛する人に裏切られた時。そしてその愛は
「何を言ってるんだ……?」
そう尋ねるライムにウラドが指を突き刺して言う。
「この女はね、とてつもないほど不幸でそれだけでも最高なんですが、心の奥底であなたにほんの僅かな好意を持っているようです。だからあなたから彼女を奪って、私が頂きます」
「貴様っ!!!」
激怒したライムが
ガシッ!!
(!!)
その剣をウラドは素手で掴み、そのまま力任せに握り潰した。
(馬鹿な……)
まだ力が解放されていないとは言え、呪魔にとって禁忌である天使の剣を素手で掴み潰すとは考えられない。ウラドが言う。
「堕天使ごときではこの私に傷ひとつ付けられませんよ」
そう言って右手を前に差し出しライムに向かって何かを放った。
ドフッ!!!
「ぐっ……」
衝撃波か何か分からない。ただ強い圧がライムの胸に衝撃を与える。よろよろと後退し片膝を地面につくライム。勝てない。そう感じたライムにウラドが言う。
「興覚めです。まあ最初からこんな男に私が負けるとは思いませんけどね。力でも、男としても。その内あなたを完膚なきまで叩きのめしてあげましょう。ではまた」
そう言うとウラドは止めてあった車に乗りエンジンを掛け走り去っていく。ライムが地面を殴り大声で叫ぶ。
「ああ、クソっ!! 手も足も出なかった!!」
今のままでは勝てない。もっともっと強く、男としての魅力を上げなければ勝てない。修行が必要だ。より多くの人を幸せにして天使としての力を取り戻す。
(でなければ……)
ライムが動きが止まったままの詩音を見つめて言う。
「お前が殺されちまう……」
ライムは指を立て空を斬りながら言う。
「
同時に動き出す世界。詩音は突然いなくなった上司とその車を見て目をぱちぱちさせる。ライムが立ち上がり詩音に近付いて言う。
「詩音、あのな……」
パアアアン!!!
そう話したライムの頬を詩音が思いきり平手打ちする。驚くライムに詩音が言う。
「あなた何かウラドさんに言ったんでしょ!! どうして余計なことばかりするのよ!! もう二度と私の前に現れないで!!!」
そう言い放つと激怒しながら歩き去って行く。呆然とするライムが夜空を見つめながら言う。
「心の奥底に想いがある? 全くそんな感じはしないけどな……」
ライムは空の上にある天界に誓って力の開放、並びに詩音攻略を誓った。
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