8.マリル・ミカエル登場
ピンク色の髪に大きな胸。露出の高い服を着た可愛らしい女性がライムにしがみついて言う。
「ライくーん!! 会いたかったよ~!!」
「はあ? マリル!?」
詩音をお姫様抱っこしたままライムが驚いて飛び上がる。詩音が顔を真っ赤にして言う。
「ちょ、ちょっと下ろしてください!!」
「あ、ああ、ごめん!!」
ライムがマリルに抱き着かれたまま詩音を下ろす。
「事故だ!!」
「トラックが事故ったぞ!! 警察呼べ!!!」
周りでは暴走してガードレールにぶつかったトラックを見て人が騒ぎ出す。ライムがふたりに言う。
「とりあえず、場所移動っ!!」
「きゃっ!!」
そう言って詩音の手を握り、その場から逃げるように走り出す。
「はあはあ、どうして今日は逃げてばかりで……」
しばらく走った後、詩音が肩で息をしながらつぶやく。ライムが笑いながら答える。
「いや~、ごめんね! 決してそんなつもりじゃなかったんだど~」
「ライくーん、マリルは全然平気だよ~!!」
再び抱き着いて来るマリルにライムが言う。
「そうだ、お前!! なんでここに居るんだよ!!」
マリルが恥ずかしそうに答える。
「えー、だって愛する人と一緒に居るのは当然でしょ~」
(愛する人……?)
抱き着くピンク髪の女性を見ながら詩音が内心思う。ライムが答える。
「いや、そうじゃなくて、なんで
天界の住人であるマリル。地上追放のような罰は受けていないはず。マリルが答える。
「うん。修行だよ。『地上修行申請』出して通っちゃったんで来たんだよ~」
「マジか……」
『地上修行』。その名の通り天使が自らの修行の為に地上に降り、人間を幸福に導くこと。ライムが受けた追放と異なりいつでも天界に戻ることができる。マリルが言う。
「マジだって! だって天使の本懐でしょ?? ライ君とまた会えるし」
(天使? この子もその変な中二病ごっこをしているのかしら……)
ふたりの会話を聞いていた詩音が再び聞いた『天使』という言葉に反応する。マリルが尋ねる。
「それで~、あっ、この子なの?」
マリルが少し離れた場所に立つ詩音を見つめて言う。
「あ、ああ、まあそうだ。彼女を幸せにする」
なぜか緊張する詩音。マリルが言う。
「ふーん、まあ、仕事だからね。いいんじゃない」
(え、仕事……?)
詩音がマリルの言葉を聞いて一瞬固まる。
自分に何度も『幸せにする』と行って来た金髪のイケメン男。変質者でストーカーなのだが、身の危険を顧みず助けてくれる態度に少しずつ気持ちが揺れ始めていた詩音。だがマリルの言葉はそんな彼女の気持ちを打ち砕くに十分な威力を持っていた。
(仕事、なんだ……)
結婚詐欺、金銭詐欺、ロマンス詐欺。
ほんの少し、心のどこかでライムを見直し始めていた詩音。急に借金を抱え、頼れる者も住む場所もなくなってしまった現実が頭に蘇る。
詩音は小さく頭を下げ、痛む足に力を入れてその場から歩き出す。
「あ、詩音……」
ライムの声にも全く反応せずに詩音は人の群れの中へと消えて行った。口を開けて佇立するライムにマリルが尋ねる。
「あんまり上手くいってないの? 対象者と」
「ん、ああ、まあな……」
上手くいっていないどころか変質者とかストーカー呼ばわりされているレベル。マリルが不思議そうに言う。
「ふ~ん、あのライ君がねえ。あれだけ女を誑かして来たのに」
天界でもあちこちの女に声を掛けて来たライム。そのライムが人間の女ひとり口説けないとは信じられないこと。ライムが言う。
「俺をチャラい男みたいに言うな」
「チャラいじゃん」
「うるさい。一体誰のせいだと思ってる??」
マリルが人差し指を口に当て、首を傾げて答える。
「えー、マリル、分かんなーい」
「お前だろ!! お前の親父のせいだろ!!」
「へえ~、そうなんだ。じゃあパパに言っちゃおうかな~」
それを聞いたライムが両手を合わせて頭を下げて言う。
「ごめん!! 今の嘘。だから言わないで……」
「ふふふっ……」
マリルの父親はライムを地上に追放した大天使ミカエル。女好きで、多くの女と遊んで来たライムであったが、ミカエルの娘であるマリルだけは決して手を出さなかった。
だが皮肉なことにマリルの方がライムを気に入りストーカーじみたことを始める。それがミカエルの耳に入り激怒。地上追放となった訳だ。ライムが真面目な顔で尋ねる。
「それよりさっきの感じたか?」
それにやはり真剣な目でマリルが答える。
「うん。私が来た時にはもう残り香程度しかなかったけど、あれヤバいね。地上ってやっぱり怖いとこなんだ」
「あの子、詩音は特級薄幸女子だ。ちょっと想像を超える様な呪魔が憑りついている可能性がある。まあでも頑張るぜ」
マリルがライムの腕に手を回し言う。
「そうだね~、早くこんなとこ抜け出して、またマリルと天界でデートしようよ~」
「いつお前とデートした!? そう言うのがミカエル様の耳に入って俺はこんな目に遭ってんだぞ!!」
「え~、マリル分かんな~い」
「この女……」
ライムはぐっと握り締めた拳を振り上げるのを我慢する。マリルが後ろに手を組みにっこり笑って言う。
「じゃあ私は天財さんところ入って来るね」
「ん、ああ。分かった」
天財さんとは、天界からやって来た天使達が人間社会に紛れ込んで活動する集団。天財グループと言う名前で経済活動を行っており、マリルのような修行の為に地上に降りて来た天使の援助を行っている。
「ライ君は行かないの?」
「行けるか。俺は追放者だ」
「あ、そうか」
ちなみにライムのような天界で罪を犯して堕とされた天使には援助は一切しない。衣食住、修行を全てひとりで行わなければならない。マリルが言う。
「浮気するからだよ~」
「なんで浮気になる!? 意味分からん」
「じゃあね~、また会いに来るよ」
「来んな。もうお腹いっぱいだ」
マリルは笑顔で手を振りながら歩き去って行く。ひとりになったライムが天を仰ぎながら思う。
(それにしてもあの呪魔、マジでヤバかった)
最後に現れた呪魔。ライムの天域を強制解除するほどの力を持つ敵。
(あんなのと戦っても勝てる気がしねえ。早いとこもっと力を開放しなきゃならねえな……)
追放者は修行を困難にするために幾つもの力を封印される。『
「詩音、久しぶり……」
花水詩音はその日の午後、数年ぶりに高校時代の友人のアパートを訪ねた。
「ごめんね、朋ちゃん。急に来ちゃって」
「ううん、いいよ。さ、入って」
数年振りの友人。だが詩音を迎えた彼女の顔に笑みはなく、気のせいか足にあざなどが見える。狭いワンルームのアパート。部屋に通された詩音にお茶を出しながら朋絵が言う。
「騙されたんだって?」
「うん……」
事前の電話で少し事情を話して置いた詩音。朋絵が同情した顔で言う。
「借金はどのくらいあるの?」
「えっとね、このくらい……」
朋絵は詩音が立てた指の数を見てため息をついて言う。
「そんなに……、うん。とりあえず部屋を引き払った後はここに住んでもいいけど……」
詩音の顔が一瞬明るくなる。だが次の言葉を聞いた彼女の顔は再び落胆のものへと変わった。
「私、来月結婚するの。だから一週間。それ以降は悪いけど出て行ってね」
詩音は部屋の解約という短絡的な行動を起こした自分を、今更ながら心の中で後悔し始めた。
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