7.ようやく自己紹介です!!

「痛てぇ………」


 ビルの上から落ちてきたコンクリート片の直撃を受けたライム。道路にうつ伏せに倒れながら頭を押さえる。ライムに飛ばされ、すぐ隣で座る詩音が泣きそうな顔で声を掛ける。


「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!!!」


 彼女と同じく、周りにいた人達も皆青い顔をしてふたりを見つめる。



「コンクリが落ちて来たんだって!!」

「救急車だ、救急車を呼べっ!!」


 よろよろと立ち上がったライムがその声を聞いて詩音に言う。


「怪我はない?」


「え? あ、はい。ないですけど……」


 足を少し擦りむいただけ。それよりそう尋ねる相手の方が大怪我である。ライムが詩音の腕を掴んで走り出す。



「ちょっと場所変えよっか!!」


「え? あ、あの!!??」


 詩音は痛む足を我慢しつつ、強引に引っ張るライムと共にその場を離れる。




「ちょっと!! どこまで行くんですか!?」


 しばらく走った後、詩音はライムに大きな声で尋ねた。先程の場所から随分と離れ、周りを見回したライムが言う。


「ごめん」


「え? なんでですか??」


 突然謝られる詩音が混乱する。助けてもらって自分が先に感謝すべきこと。それに頭の怪我。顔にも痛々しい血が流れている。ライムが言う。


「君を守るべき守護天使の俺が、怪我させちまったみたいだ。ごめん!!」


 ライムは詩音の捻った足首を指差し謝罪する。詩音が首を振って答える。



「そんなこといいんです!! それよりあなたの頭の怪我、本当に大丈夫なんですか!?」


 詩音が沈痛な面持ちで怪我を見つめる。ライムが笑いながら頭に手をやり答える。


「ああ、大丈夫。かすり傷。大したことない」


「でも……」


 流れ出ていた血は止まったが、とてもかすり傷には見えない。ライムは取り出したハンカチで顔の血を拭い去ると笑顔で言う。


「ほらね。イケメン再構築」


「……」


 冗談があまり通じないのか詩音は困った顔でライムを見つめる。そして言う。




「あの、本当にありがとうございました」


 前回の強引な勧誘の時と同じく、また彼に助けられてしまった。初対面でスカートをめくる変質者でストーカーだけど、そこはきちんとお礼を言うべきである。頭を下げる詩音にライムが言う。


「いいって。君を守ることが俺の仕事だし。あ、そうだ。お礼はいいからさ、ちょっと俺に時間くれない?」


「時間?」


「そう。話がしたいなあってさ」


「……」


 見た目チャラ男。神出鬼没のストーカー。でも何度か救われた。関わりたくないが無碍むげにするのも心が痛む。悩む詩音にライムはこっそり指を立て小さく空を斬りながら言う。



魅了チャーム……」


「ん? 何か言いました?」


 ライムの声に気付いた詩音が尋ねる。


「あ、いや、何も。それで時間くれるの?」


「まあ、仕方ありませんので少しぐらいなら……」


「サンキュ! じゃあ行こうか」


「え、ええ……」


 ライムは詩音と共に歩き出す。



魅了チャームは掛からないか。強力な呪魔の印が壁のようになって力がかき消されるようだ……)


 ライムは改めて詩音に掛けられた強い呪魔の印に驚く。詩音が歩きながら尋ねる。



「どこへ行くんですか?」


「えー、そうだな。どこかカフェにでも入る?」


「はい、構いませんが……」


 正直まだ警戒が解けない詩音。一緒に歩く男は超がつく程のイケメンで、すれ違う女性からの視線が痛いほど自分に突き刺さる。ライムが尋ねる。


「足は大丈夫?」


「え? あ、はい、ゆっくり歩けば問題いないです」


 ライムが頷いてから尋ねる。



「まだ名前聞いていなかったね。俺はライム。ライム・ミカエル」


「ラ、ライム……、さん? 外人さんなんですか?」


 ライムが笑って答える。


「よく言われるよ。外人じゃなくて天使。前にも言ったろ? 君を守る守護天使だって」


「はあ……」


 相変わらず中二病ごっこを続けているのかと詩音が落胆する。ちゃんと話してみたい気もあったが、やはり適当に話をして深く関わらない方が良さそうだ。ライムが言う。


「天使の仕事はね、人間を幸せにすること。だから俺が君を幸せにする」


「……」


 いきなりプロポーズか、それとも新手の結婚詐欺か。どちらにしろ天使などと言って近付いてくる輩にまともな奴はいないだろう。ライムが尋ねる。


「それじゃあ教えて。君の名前は?」


 少し迷ったが嘘を言うのは嫌だと思った詩音が正直に答える。


花水かすい詩音しおんと言います」


「詩音か。いい名前だ。僕がきっと幸せにするよ」



「あの……」


 詩音がやや困った表情で言う。


「何度も助けて貰ったことは感謝していますが、もうこれ以上付きまとうのは止めて頂けませんか?」


「え? なんで??」


 きょとんとするライム。詩音が言う。


「怖いです。なんかいつも見られているようで……」


 正直な気持ち。面識のない男にこう何度も会ったりすると、もうそれは偶然とは思えない。ライムが言う。



「そうか。怖がらせちゃってごめんね」


 そう答えながら内心思う。


(感じない。間違いなくはずなのに感じない。巧妙に隠れているのか?)


 詩音と歩いていても呪魔の気配がない。本当に居ないのか、それともひっそりと息をひそめて隠れているのか。詩音が言う。


「とりあえず少しお茶飲んだら私、帰りますのでこれ以上はもう……」


 そう話す詩音の目に、一台のトラックが勢いを落とさずに突っこんで来るのが映る。



「え?」


「ん? なに??」


 そう振り向いたライムが、ブレーキが壊れたように爆走するトラックに気付く。


「くそっ!!」


 すぐに詩音を助けてと考えた時、それに気付いた。



(いる!!!)


 ライムが詩音の顔を両手で掴みじっとその目を見つめる。暴走するトラック。逃げなきゃいけないのに自分の目を見つめ続けるライムに詩音が泣きそうになって叫ぶ。


「いや、放して、放してよ!! 死んじゃうよっ!!!!」



(……八、九、十っ!!!)


 最初の印の解除条件『十秒見つめ合う』をクリアしたライム。素早く指で空を斬りつぶやく。



天域展開ユニヴァース!!」


 同時にライムの周囲を回転するように発生する光の波。それが四方に広がり天域、音のない静寂が広がっていく。止まる時間。すべてが静止した世界で、ライムが手に光の剣を発現させながらトラックに向かって叫ぶ。


「出て来いよ!! ザコ共が!!」


 その言葉に呼応するかのようにトラックの影から現れる三体の呪魔。小さいが人型の呪魔。これまでよりも注意が必要である。



「痛イの、痛イの、好キデショ~??」


 好痛魔こうつうま。憑りついた相手に痛みを与えるのを至上とする呪魔。下級呪魔だが、三体一緒に行動するのは特異体の可能性が高い。


「ヒィギャアア!!!!」


 呪魔の一体が奇声を上げながらライムに突進する。ライムはそれをひらりとかわし天使の剣で一刀両断にする。更に襲って来た二体目も難なく撃破。勝てると思ったライムだが、残った一体の行動を見て吐き気を催した。


「痛い痛い痛い、痛イノオオオ!!!」


 そう叫びながら斬られた二体を手で掴み食べ始める。


「マジかよ……」


 さすがのライムも初めて見る呪魔の共食いに顔を背ける。



「痛イノ、痛イノ、痛インダヨォオオオオ!!!」


 そう叫びながら仲間を食し巨大化した呪魔がライムに襲い掛かる。



 ガン!!!


 振り上げられた拳とライムの剣が正面からぶつかり合う。


(なんて力!! こいつは想像以上!!!)


 まだ力が戻らないライム。下級呪魔とは言え強化された相手を見て驚く。


(だが負けられない!! だって詩音が見ているんだぜ!!!)


 時間が止まり動かない詩音。だが彼女の視線を背中に感じながらライムが高速で剣を振る。



「はああっ!!!」


 ザン!!!


 一方的に押し始めたライム。最後は袈裟斬りで巨大化した呪魔を討ち取った。煙になって消える呪魔を見ながらライムが大きく息を吐く。



「さあ、これで詩音ちゃんも大丈夫かな~」


 そう言いながらライムが、トラックに轢かれそうな位置で止まっている詩音を『お姫様抱っこ』する。そして天域を解除しようとした瞬間、彼の背中に悪寒が走った。



(な、なんだ!?)


 振り返ったライム。気が付くと彼の展開した天域が強制的に解除されている。


「きゃああ!! なになに!!??」


 なぜか突然ライムにお姫様抱っこされた詩音が大声で騒ぎ始める。ライムは彼女を抱いたまま大きく横へ跳躍。突っ込んできたトラックはそのままガードレールにぶつかって止まった。



「やだ、怖い……」


 ライムの腕の中で震える詩音。ここ数日起きた不可解な事故。詩音の体は自然と震え始めていた。



「はあ、はあ……」


 ライムもまた別の意味で大きく緊張していた。


(何かいた。大きく強く、真っ黒な存在……)


 天使の張った天域を強制解除するような強力な呪魔。何だったのか確認できなかったが、相当凶悪な敵。呆然とその方向を眺めるライムの耳に、不意に聞き慣れた声が響く。



「ライくーん!! 会いたかったよ~!!!」


「え??」


 いきなり後ろから抱き着かれるライム。それはピンク髪の巨乳の女の子。ライムが詩音を抱いたまま目を見開いて驚き言う。



「マ、マリル!? なんでここに!?」


 マリルと呼ばれたその女の子は満面の笑みのままライムを抱きしめた。

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