5.タワマンに住む少女
「あ、それからこのことはなるべく口外無用でね。分かった?」
「は、はいーーーっ!!」
腕を組み、銀色の翼を広げたライムの前で土下座をしながら龍達ホストが返事をする。無暗に天使の力を人間に使用することは禁じられているが、危険を感じた場合などはこのような力の行使が認められている。今回は威圧しただけだがその効果は十分すぎるものであった。ライムが言う。
「じゃあ、帰んな。また明日からよろしくな」
「は、はい!! それでは!!」
龍達は逃げるようにその場から走り去る。
「ふう……」
地上に降りて来れば少なからずこのようなトラブルには巻き込まれる。仕方のないことだ。ライムは顔を上げ、空の彼方にある天界の方を見つめる。
(やはり天使の力は弱まっているな……)
久し振りに広げた天使の翼。地上ではこの翼を具現化するだけでも相当力を擁する。追放を受け地上に堕とされたライムは、その能力の多くが抑え込まれている。
「でもまあ、一度試してみるか」
そう小さくつぶやくと、ライムは大きな翼を羽ばたかせ夜空へと舞い上がる。そのまま一直線に真上へと飛んでいく。
(……ううっ、この辺りが限界か)
雲よりはるか下辺りに到達したライムは、全身から力が抜けていく感覚に襲われた。力が戻っていない彼には今はこのくらいしか飛べないらしい。
(こりゃマジで天界まで飛ぶには相当頑張らなきゃならないな……)
天使の地上での仕事である『人間を幸せにすること』。やはり少しずつだが呪魔を退治し皆を幸福にしていかなければならないようだ。ライムは夜空に浮かびながら両手を伸ばし欠伸をしてから言う。
「さて、じゃあ折角だからこのタワマンで今日は休むか」
先程絹子から貰ったタワマンのカードキー。場所は分かっているので今日はこのままそこへ行き休むことにした。
「ん? あれかな……」
面倒だったのでそのまま空を飛行しながらタワマン近くへやって来たライム。大都会に聳え立つ高層ビルや豪華なタワマン。その一角に絹子が用意してくれたタワマンがあった。
(かなり立派じゃん)
住む所などあまり気にしていない彼だが、まるで天まで届くような高層タワマンをやや驚いた目で見つめる。最上階の角部屋。絹子から聞いていた部屋の位置を空から確認したライムが首を傾げる。
「あれ? 電気が点いている。絹子が来てんのかな?」
誰も使っていないと聞いていた部屋。それがこんな深夜にもかかわらず電気が灯っている。ライムはそのまま部屋の前に広がるルーフバルコニーへと翼を羽ばたかせながら静かに降り立つ。同時に消える翼。ライムは開けられたままのテラス窓を見て思う。
(閉め忘れか? いや、でも電気が点いているし……)
不信に思ったがそのままテラス窓を開けて部屋の中へと入る。
「え?」
「あっ」
部屋の中には大きなソファーに寝転んでスマホをいじる若い女の子がいた。
中学生ぐらいだろうか。赤い髪を後ろでまとめ、相当寛いでいたのか下着も付けずに薄いTシャツと太腿が丸出しのショートパンツを履いている。テーブルの上には無造作に置かれたスナック類とジュース。突然現れたライムを驚いた顔で見つめている。
「誰だ、お前?」
そう口にしたライムの言葉で、赤髪の少女が飛び跳ねるように起きて大声で言う。
「あ、あなたこそ誰よ!!! どうして、ええっ!? なんで窓から!!??」
少女はあまりの急な出来事に両手を頭に当て混乱しながら叫ぶ。ライムが答える。
「どうしてじゃねえよ。お前こそ誰なんだ? 俺は絹子からここを使えって言われてんだぞ」
「……え? おばあちゃんに??」
一瞬時間が止まる。
少し考えたライムが少女に尋ねる。
「おばあちゃんってことは、お前、絹子の孫なのか?」
「そ、そうよ!! 私は
知った名前が出て少し落ち着いた怜奈が胸を張って言う。同時にライムを指差して問い詰める。
「あんたこそ誰なのよ!! どうしておばあちゃんのこと知ってるの?? って言うか、なんで窓から入って来るのよ!!」
やや困った顔をしたライムが頭を掻きながら答える。
「絹子とは店で知り合った。それでここを使えってこのカードキーを渡されてな」
そう言って怜奈に絹子から貰ったカードキーを見せる。怜奈は警戒しながらライムに近付きそれをじろじろと見てから言う。
「本物のようね……、分かったわ。あなたがおばあちゃんの知り合いってことは信じるわ。それでどうしてテラスから入って来るの?」
ライムがふうと息を吐いてから答える。
「まあ隠すことはしねえから言うけど、俺は天使なんだ。だから飛んできた」
「……」
腰に手を当てながら問い詰めていた玲子の顔が無表情となる。そして赤い髪を掻き上げながら言う。
「あなた馬鹿なの? このタワマンの住人? それとも私のストーカー??」
「全部違う。あ、ここの住民ってのはあながち間違ってないか」
そう答えるライムに怜奈が苛立ちながら言う。
「馬鹿にするのもいい加減にして!! 天使? 飛んできた? ふん、あなた馬鹿でしょ? 一体幾つなのよ??」
「俺か? 多分このくらい……」
そう言って指を四本立てて怜奈に見せる。少し驚いた怜奈が言う。
「え? 四十? 意外とおっさんね……、もっと若く見えるけど……」
「いや違う。四百ぐらいだ」
「……はあ」
怜奈がどっとソファーに座り天井を仰いで言う。
「そう。とことん私を馬鹿にするのね。いいわ。それよりあんたどうするのこれから?」
「どうするも何も、今日俺はここで休むつもりだ。お前こそ何でここに居るんだ?」
怜奈が顔を上げライムを見て尋ねる。
「つまらないこと喋らない?」
「ああ、女性との約束は死んでも守る」
「そう。じゃあ教えるけど、おばあちゃんの息子、私のパパなんだけど、私とすごく仲が悪くて、ほとんど家出状態でここに来ちゃったの」
「そうなのか」
「そうよ。前におばあちゃんに貸して貰ったカードキーがあったんで黙ってね。だから多分おばあちゃんも知らないと思う」
そう話す怜奈の表情は寂しげだ。怜奈が尋ねる。
「ところであなた名前は何て言うの?」
「俺か? ライム。ライム・ミカエルだ」
「ライム……? 変な名前ね。外人なの?」
「うーん、まあ……、天使だ」
「もういいわ……」
怜奈はテーブルの上にあるジュースの缶を手にしてグイッと飲み干す。そして言う。
「分かったわ、ライム。ここ部屋はいっぱいあるから好きなとこ使って。あ、私の部屋は来ないでね」
「そうするよ。俺も喉乾いたんだが、ビールとかあるか?」
怜奈が呆れた顔で言う。
「私まだ十四歳だよ。どうしてそんなもんがあると思うの? ジュースぐらいならあるから勝手に飲んで」
「そうだな。少し貰うよ」
そう言ってライムはキッチンにある冷蔵を開け、中を見つめる。
「なあ」
「なによ」
ライムが冷蔵庫の中に大量に入れられた牛乳を取り出して尋ねる。
「なんでこんなに牛乳が入ってるんだ? 好きなのか?」
それを聞いた怜奈が立ち上がってむっとした表情で言う。
「べ、べつに胸を大きくする為に頑張って飲んでいる訳じゃないんだからね!! 偶然よ。偶然っ!!」
そう言いながら顔を真っ赤にする怜奈の、下着をつけていない胸元を見てライムが言う。
「そう言えばさっきから言おうと思っていたんだが、他人と話す時は下着ぐらい付けた方がいいと思うぞ」
「え?」
そう言われた怜奈が慌てて自分の胸を見つめる。小さな胸。その形が見えて分かるほどTシャツにくっついている。慌てて胸を両手で押さえて叫ぶ。
「きゃああああ!!! 変態っ!!! うそ、馬鹿、死んでよ!!!!!」
そのまま顔を真っ赤にして
「必要だったら俺が揉んでやるよ。すぐに大きくなるぜ」
「ふ、ふざけんなーーーーーーっ!!!」
怜奈はソファーにあったクッションを手にして部屋を出て行ったライムに向かって投げつける。
バタン……
部屋のドアを閉め、ライムが居なくなると怜奈はソファーに顔を埋めて言った。
「なんなのよ、あれ……、もぉ、やだぁ……」
感じたことがないぐらい顔が火照って熱くなる。恥ずかしさと興奮で止まることなく汗が噴き出る。怜奈はしばらくそのまま動けずにソファーの上で丸くなっていた。
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