第二章「最強の恋敵」

4.天使、ホストになる!!

 ライムのホストとしての資質は群を抜いていた。

 とにかくイケメン。金色の髪にすらっとした肢体。初めてのホストとは思えないほどの堂々とした振る舞い。全てにおいて格が違った。そして極みつけは彼のスキル。


魅了チャーム


 なびかない女性客でもこの魅了スキルの前にはみな腰砕けになってしまった。勤務して数日、ライムの周りには抱えきれないほどのお客が集まっていた。



「美しい手だ。僕は女性の手が大好きなんだ」


 ある時ライムは中年女性客の手を握りそう囁く。女性が恥ずかしそうに答える。


「もうそんなに若くないわ。こんなボロボロな手、綺麗じゃないわよ」


 中流家庭の女性。同年代の女性に比べれば手入れは行き届いているが、やはりその手は家事や育児でやや荒れてしまっている。彼女は決して超がつくお金持ちではないが、時折こうしてホストに癒しを求めてやって来る。ライムがその手を握り言う。



「綺麗だよ。女性のこの手は愛する人達を守って来た手。これがどうして美しくないと言えるのだろうか。僕は好きだよ」


 そう言って女性の瞳をじっと見つめ、その手を優しく包み込む。


「ライムさん……」


 魅了チャームがなくとも彼はこのような歯の浮くセリフを真剣に女性に伝えることができた。初見の客ですら虜にするライム。

 盛り上がる彼のテーブルの近くに座ったひとりの初老の女性が言う。




「新しい方ですの?」


 それは白髪を綺麗にアップした品のある女性。座り方から飲み物を手にする所作まで見事に洗練されている。隣に座ったこの店のナンバー1ホスト、リュウが答える。


「ええ、きぬさん。新入りのライムってやつがいまして……」


 絹と呼ばれたこの初老の女性、本名を三上みかみ絹子きぬこと言い、有名な三上グループの総裁を務める財界人。夫に先立たれ、時々ホストクラブに暇を潰しに来ている。

 だが彼女、裏では『鉄仮面』と呼ばれるほど無表情で笑う姿を見たことがない扱いが難しい客。ナンバー1のコミュ力オバケの龍ですら半年以上かけてようやく会話をして貰えるレベルだ。



「あっ」


 そんな絹子の目にお手洗いから戻ったライムの姿が映る。少し興味を持った絹子が声を掛ける。


「そこのあなた、いらっしゃい」


 それには龍も驚愕した。他人にあまり関心を抱かない絹子が自分から声を掛けるとは。ライムが絹子の方を見て言う。


「俺のことか?」


「そうよ。こちらに来なさい」


 このホストクラブでも最上級のお客。扱いが難しい三上絹子の言動に一瞬で店の空気が固まる。龍や店長が心臓をばくばくさせながらその様子を見つめる。ライムが尋ねる。



「あんた、名前は?」


「絹子よ。三上絹子、さあこちらへ……」


 最上級客に対して何たる言葉遣い。注意をしようとした店長より先にライムが言う。



「お前が来い、絹子。一緒に飲んでやる」


(!!)


 店長は心臓が止まるほどの衝撃を受けた。気難しいが店の売り上げの多くを占める上客に対する無礼な態度。堪りかねた店長がライムへ駆け寄り注意する。



「おい、ライム!! 絹子さんに対してなんて言い方だ!! 謝罪しろ!!」


 ライムがため息をつきながら答える。


「俺の前じゃ女はみなだ。地位や名誉、財力や年齢。すべて関係なくひとりの女として扱う。俺は全ての女が好きだ。絹子、来な」


 そう言って自分のテーブルへと戻るライム。怒りで顔を真っ赤にして震える店長に、すっと立ち上がった絹子が声を掛ける。


「面白い子じゃないの。気に入ったわ」


「……え?」


 絹子は頬を少し赤く染めながらライムの席へと移動する。この瞬間、絹子の担当がライムへ変わる。超VIPの彼女ならではの特権。

 絹子に気付いたライムが一番端の椅子を指差して言う。


「よく来てくれた。そこに座りな」


「ええ」


 店長や他のホストは青ざめた。自分の隣じゃなく一番端の席に彼女を座らせるなどあり得ない。先にライムと一緒に座っていた女性客らは、いきなり現れた自分の母親より年上の女性を見て不満そうな顔をする。ライムが言う。



「じゃあみんなで楽しく飲むか!! 今日は俺の奢りだぜ、じゃんじゃん飲めよ!!」


 バン!!


 店長が後ろからライムの頭を叩く。そして小声で言う。



「お前が払ってどうするんだよ!!」


 きょとんとするライムに絹子が笑いながら言う。


「本当に面白い子だね~、いいわ。今日の支払い私が全て持つわ。みんなどんどん飲んでちょうだい」


「絹子、GJ!!」


 ライムがはにかみながら親指を立てる。絹子もそれに親指を立てて応える。




(『鉄仮面』の絹子さんが笑っている……)


 龍でさえ苦労した絹子を初見で落とした。大声で笑う彼女の姿に店のスタッフ皆が驚いた。絹子がライムの隣に座って言う。


「ライム、あなた本当にお酒が強いわね」


 やや酩酊気味の絹子が言う。


「まあな。この程度大したことないよ」


 実際、天界で強烈な『バッカスの酒』を飲んでいたライム。地上の酒など水にも等しい。絹子が尋ねる。


「今、お店の寮に住んでいらっしゃるの?」


「そうだよ」


 それを聞いた絹子はバックの中から一枚のカードキーを取り出して言う。


「ひとつタワマンの部屋が空いているの。良かったらここに住んでくれないかしら?」


 皆がその言葉を聞いて唖然とする。それは彼を囲いたいと言う意味。ライムが笑って答える。



「遠慮しとくよ。俺は誰のものにもならねえ」


 絹子が笑って言う。


「そう言うと思ったわ。別にあなたの自由を束縛するつもりはないの。本当に住んでくれればいいだけ。時々私が訪れて食事でも一緒にしたいだけなの」


 絹子の一言一言に皆が驚く。とても考えられないような提案。皆の視線がライムに注がれる。



「分かった。じゃあそこに住もうかな。ありがとよ」


「どう致しまして」


 この頃になると周りの女性客は絹子との格の違いに気付き始める。

 結局騒ぎながら閉店まで飲み、お客を見送った頃にはライムも程よい疲れと眠気に包まれた。




「お疲れ」


「お疲れさん」


 仕事を終え、店を出たライム。ホストの仕事は性に合っているが夜が遅くなるのが地味に辛い。


(そう言えばここ数日会っていないよな。大丈夫かな?)


 ライムは路地裏を歩きながら最近顔を見ていない花水かすい詩音しおんのことを思い出した。また今度会いに行こうと思っていたライムの背後から、不意に男の声が掛けられた。



「ライムさ~ん」


 振り返るとそこには同じ店のナンバー1ホストの龍と他の同僚数名が立っていた。ライムが尋ねる。


「何か用かい?」


 龍が引きつった顔で言う。



「お前、生意気なんだよ」


「……」


 明らかに怒気を含んだ声。怒りの表情。黙るライムに龍が言う。



「ライムとかふざけた名前しやがって、何様だよ。お前?」


 それを聞いた同僚達がゲラゲラと笑い出す。ライムが頭を掻きながら答える。


「こう言うのは店の規則で禁止じゃなかったのかい?」


 ホスト同士の喧嘩を禁じた店の規則。ライムはそれを思い出し口にする。同僚が言う。



「気に入らねえから分からせてやるんだよ!!」


 いきなりやって来た新人に多くの客を奪われた同僚の怒りは大きかった。特にナンバー1の龍にとってライムは自分の立場を脅かすほどの人気ぶり。焦るのも無理はなかった。ライムが静かに言う。



「愚かな下民共め……」


「はあ!? てめえ、なに偉そうに……」


 そこまで口走ったホスト達が目を疑った。



「えっ、何それ……!?」


 静かに佇立するライムの背中から、白色に輝きながら銀色の翼が広がる。体の倍はあるような翼が暗い路地に輝きながら現れた。あまりの神々しさに龍達ホストは皆腰を抜かして座り込みライムを見上げる。ライムが言う。



「人の分際で天使に矛を向けるとは愚かなこと。跪けっ!!」


 龍達はすぐに正座をし地面に頭をこすりつける。神々しい姿。それはライムが初めて地上で晒す天使としての姿であった。

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