3.堕天使ライム、始動。
ガラガラガラ……
黒いミニバンのスライドドアが開かれ、中からサングラスを掛けたガタイの良い男数名が下りて来た。目の前に立つのは金髪のチャラそうな男。朝の駅の路地裏に緊張感が走る。
「兄ちゃん、帰んな。俺達仕事中やで。消えろや」
ドスの利いた太い声でそう言う男に金髪の男が笑顔で答える。
「そう言う訳にはいかんのやって~、そっちのお嬢さん。俺、必要なんで」
車の中には腕を掴まれ動けなくなる詩音。涙目になって思う。
(あの人、スカートめくった変質者……、どうしてこんなところに……)
男が苛つきながら言う。
「まあ、あんまり手荒なことはしたくないけど仕方ねえな。仕事の邪魔をされたんでな」
「いるね。やっぱり。マジで呼び寄せちゃう体質なんだ」
意味の分からないことを言う金髪に、男達が大きな声で言う。
「黙れ、この野郎っ!!」
金髪の男、ライムが指を二本立て
「
静寂。ライムの周囲を回転しながら光る波が四方に広がり、やがて音のない静止した世界が周辺に広がる。
「ギギッ……」
動かなくなった男達の後ろから数体の呪魔が姿を現す。ライムが言う。
「あー、やっぱ金欲魔か。低俗な奴だぜ」
金を欲する呪魔の一種。憑りついた対象から金を搾り取る。呪魔がライムを見て言う。
「カネ……、邪魔スルナ……」
そう言いながら数体がライムに飛び掛かる。
ライムは黙ったまま握った両拳を前に差し出し、鞘から剣を抜くよう腕を広げる。
「
シュン、シュン!!
飛び掛かる呪魔を発現させた光の剣で流れるように祓い斬る。瞬時に煙となって浄化する呪魔達。それからライムは手にした光の剣で男達の頭を一発ずつ殴り、右手の指を立て小さく言う。
「
瞬時に解ける天域。同時に男達の頭へ強烈な痛みが襲う。
「ぎゃっ!? 痛てぇえええ!!!!」
皆が頭を押えのたうち回る。
「さ、早く逃げるよ!!」
「え? ええっ!? きゃっ!!」
ライムに腕を引かれ車から逃げ出すふたり。
「はあ、はあはあ……、いい加減放してください!!」
詩音は握られたままの手を振り払って言う。ライムはゼイゼイ息を吐きながら笑って答える。
「いや~、ごめんね~。柔らかいからつい……」
その言葉を聞いて詩音に悪寒が走る。イケメンだが変質者。更に突然現れたということはストーカーなのか。助けて貰ったがそれ以上に警戒心が上回る。
一方のライムの体にも別の意味で悪寒が走っていた。
(な、なんだ。この呪魔は……)
彼女の体から、一介の天使としては手に負えないほど強い呪魔を複数体感じる。それらが牽制し、絶妙なバランスを取っている。それ故すぐには崩壊しないが、何かひとつ歯車がずれればいつ壊れてもおかしくない。人間の目には見えない彼女の体に付けられた呪魔の印。ライムは背筋が凍った。
(だがやらなきゃ。とりあえず表層面の呪魔から……)
それでもやれなければ天界に帰れない。彼女は言わば特級薄幸女子。強い呪魔に憑りつかれ浄化は難しいが、その分天界復帰が早くなる。
更にただ単に憑りついている下級呪魔とは違い、印を施せる上級呪魔は実態は別の場所にある。彼女の印を解除すればきっと慌てて出て来るだろう。そして解除には印を受けた本人、詩音の協力が必要となる。
(最初の印の解除条件は……)
ライムが広げた手をゆっくりと握る動作をしながら言う。
「
ライムが全集中して詩音をじっと見つめる。詩音がその視線に気付いて後ずさりする。
「あ、あなた、あの時の変質者でしょ……、なんでまた……」
(見えた!! 最初の印の解除法、それは……)
――お互い十秒間見つめ合う
「マジか……」
「マジじゃないです!! た、助けてくれたのは感謝しますが、もう私の前に現れないでください!! それじゃあ!!」
立ち去ろうとする詩音の腕を、ライムがぎゅっと握りしめて言う。
「ちょっと待った!! 俺はあんたの守護天使になるんだって。とりあえず俺の目を……」
詩音は力いっぱいその腕を振りほどき、振り向いて言う。
「気持ち悪いんです!! あなた何なんですか!? 天使とか、中二病!? さようなら!!」
「あ、おい。待てって!! 俺は本当に天使で……」
ライムが叫ぶも詩音はカツカツと大きな足音を立てて歩き去ってしまった。ライムが腕を組み座り込んでぼやく。
「しかしあの子口説くのってマジで大変だなあ。完全に変質者扱いだぜ。まああまり気は進まないが、今度会った時は
ぐう~
そんなライムのお腹が急に鳴る。地上に降りて来てから水以外何も口にしていない。天使でも腹は減る。地上に来たらこの世界のルールに従わねばならず、お金を稼がなければ天界に帰る前に飢え死にしてしまう。
そんなライムの目に、ビルの壁に張られたチラシが目に入る。
【ホスト募集。イケメンのあなた。ガッツリ稼げます】
腕を組みしばらく考えたライムが頷いて言う。
「まあ、俺のビジュアル考えればこういった仕事が一番かな。人間の女なんて俺の魅力に掛かればイチコロだぜ」
ライムはそのチラシを剥がして店のある場所へと移動する。
「……それでここに来た目的は?」
ホストクラブの女責任者が、足を組み眉間に皺を寄せてライムに尋ねる。
「目的? とりあえずお金。生活資金かな。あと住む場所もないのでここの寮に住まわせて貰いたい」
「……あなた名前は?」
履歴書も何もないライム。飛び入りの面接である。
「ライム。ライム・ミカエル」
「いきなり源氏名? 本名を教えて」
「え? 本名だけど……」
「外人さんなの?」
「う~ん、天使、かな?」
そうはにかむライムにどきっとしながらも、女責任者はこの得体の知れない男を雇う気にはなれなかった。立ち上がりながら言う。
「残念だけど、あなたは不採用……」
「
ライムが右手の指二本を立て軽く空を斬る。
(えっ……)
『鉄の女』として長年ホストを仕切って来た女責任者。様々な誘惑で自分を釣ろうとするホストを何人も見て来たが、すべて排除して来た。あくまで公平。目の前の男はホストとしての才覚はありそうだが何せ怪しすぎる。そんな彼女が初めての感覚に動揺する。
(なんて魅力的な人……)
思いもよらずに自分の中にある『女』が出てしまった。お客として彼に接待されたい。ちやほやされたい。触れられたい。そんな経験のない感情が女責任者を支配する。ライムが立ち上がり、女責任者の顎に指を添えて優しく言う。
「今日から働きたい。いいかい?」
「あ、はい。是非……」
ただでさえ魅力的な男。更に
仕事と住む場所が決まったライム。これより天界復帰に向けて、本格的に『花水詩音攻略』に乗り出す。
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