第二話 獣

 東京の地下に広がる、科学基地。

 普段は世のため日夜研究をしている。

 が、現在は一変して、戦いの研究が行われていた。

 一面真っ白な廊下を部下三名を連れ、ヒールでカッカッと歩く女性がいた。

 彼女の名は蝗餓秤こうがはかり

 呪言が書かれた黒の手袋をし、紺のトップスと黒のズボンが彼女のボディラインを表している。

 そして祓魔師組織エクソシストグループ『闢』びゃく、第三部隊長である。

「練馬区と中野区の堺に一柱、足立区に一柱、世田谷区に一柱、渋谷区に一柱、新宿区に一柱、千代田区に一柱、江戸川区に一柱です」

「『七つの大罪』が復活するのはまだ数世代先ではなかったのか」

「原因は現在捜査中です」

 やがて彼女は歩みを止め、今までの潔白な雰囲気に似合わない牢屋の前に立った。

 ここは科学基地の端の端である。

 中にいるのは

「仕事だ、999ラストナンバー

 牢屋の中には漫画が積み上げられたテーブル、男が倒れているベッド、そして奥には別室に通ずるドアがある。

 秤は牢屋の中で倒れている男に怒鳴りつけた。

 彼女の生来の鋭い目付きが更に言葉を重くする。

 すると男は体を起こし、秤の方に顔を向けた。

「僕は999ラストナンバーじゃない、似獣甚にじゅうじんですよ」

 似獣はポケットから免許証を取り出してみせた。

「……仕事だ、『壮腕の闢者』を探れ」

 似獣は立ち上がり、鉄格子を挟んで秤と向き合う。

「探れぇ? 殺せの間違いでしょ」

 彼は声高らかに言った。

「『壮腕』の強さは知っていると思うが」

「まあ、そうだけどさ、僕を使ってやることが探れはないでしょ。……分かったよ、じゃあ『眼眇の闢者がんびょうのびゃくしゃ』連れてきてよ」

 似獣は秤の返事を待たず、有無を言わさぬ勢いで別室に入っていった。

 秤は首に掛けたロケットペンダントを開き、呟いた。

「…………罪前寺………………」


 良太の部屋。

 中では良太と七が話している。

「なるほど、俺がお前の体に書かれた呪言やらを洗い流しちまったから、今東京に『七つの大罪』が居ると……」

「正確にはまだ復活の準備段階だがな」

「ふーん」

「良太くん、服持ってきたよ」

 両腕に服が入っている袋をいくつも提げた学はドアをゆっくりと足で押し開け、良太の部屋に踏み込んだ。

「お、ガク」

「これ、姉ちゃんの部屋から持ってきた、多分入ると思うけど……」

「よし。じゃあ、俺等は出てくから、好きなの選んでろ」

 七は座って、袋の中を覗き込んだり、取り出してみたり、フックをいじったりした後、部屋を出ようとする二人を呼び止めた。

「待て」

「どした?」

「着方が……分からない」

 良太はピタッと硬直するがすぐに意識を取り戻して、学の右肩に手を置いた。

「ガク、頼んだ」

「ええええ!?」

「私からも頼む」

「七ちゃんも!?」

「ジュース奢ってやるから」

 良太はジャラジャラとポケットの中の小銭を鳴らした。

「うう……仕方ないなぁ」

「じゃあそゆことで」

 良太は部屋を出て、階段を降りて、靴を履いて、外に出た。

――ガクは三矢で良いかなぁ。

 そんな事を考えている良太の側から二人の男女が話しながら歩いてくる。

「ん~~スッキリ! 無精髭なんて古い古い! これがッ僕だよね〜」

「普通経費で落とします?」

「いーんだよ」

――うるせーなあ。

「おっと行き過ぎましたよ、すみませんがそこの方」

 女が良太を呼び止める。

「は、はい」

 良太は振り向き、二人の姿を見た。

 男の背丈は良太より一回りほど大きく、肩からクーラーボックスを提げて、オーバーサイズのTシャツを着ているが、それでも分かる細い体は温厚な印象を与える。

 女の目は奇妙な柄目になっており、良太も一瞬顔をこわばった。

「貴方たちは誰ですか?」

 良太は緊張しながら聞いた。

「私達は……」

「SIM」

 男は女に耳打ちする。

「そう、SBIです!」

「それを言うならFBIでは?」

 良太の緊張が一気に抜け、気の抜けた声でツッコんだ。

「甚さん!」

「何言ってんすかねぇ」

 甚と呼ばれた男は女を抜いて、前に出る。

「ねぇ――罪前寺さん」

「!」

 突然、自分の名字を呼ばれた良太の眉がピクッと動く。

「大当たりぃ」

 男の口角が三日月のようにニタァと上がる。

「なんでっ」

 良太の言葉を遮って、男は話す。

「それより家行きましょう? 飲み物もありますし」

 男は肩から下げたクーラーボックスを優しく叩く。

「……どうぞ」

 男の異様な雰囲気に気圧され、良太は二人を家に上げた。

「お邪魔します」

「お邪魔します」

「えっと、こっちです」

 良太はダイニングまで案内する。

 二人は自然と下座に座り、良太は上座に座った。

「何飲みますか?」

 男はクーラーボックスを開け、コーラと緑茶を取り出す。

「……水で」

「畏まらなくて良いですよ。どうせ強炭酸とかでしょ、本音は」

「本人が水って言ってるんですから」

「……そうだね」

 男は水が入ったペットボトルを差し出す。

「さて、まずは自己紹介! 僕の名前は似獣甚。こっちが虹目眼魚こうもくまなな、まなちゃんってよんだげて」

 甚は笑みを浮かべながら、紹介する。

「うーん、やっぱりコークが一番だね」

 甚は一気にペットボトルの半分ぐらいまで飲んで、プハァと良太に話しかけるように喋った。

「そ……そうですか」

「罪前寺良太さん、突然の訪問申し訳ありません。今日はあなたの兄、良一郎さんについてお話します」

「兄貴の……?」

――こいつら、兄貴のことを知ってるのか。

「あなたの兄は――」

 眼魚の言葉を遮ってドアが開く。

「どうだ」

 そこには着替えた七と学が立っていた。

「「!!」」

「ごめん、お客さんと話してたよね。ほら七ちゃん、行くよ」

「行かなくていいよ」

 その言葉が放たれた瞬間、部屋に殺気が満ちた。

「可愛いね。七ちゃん……か、もう少しこっちに寄って、よおく見せてくれ」

 甚は立ち上がり、先程良太に向けたような笑顔を向ける。

「良いだろう、存分に見ると良い」

 七は甚に向かって歩き出す。

 良太は気づく、甚の狂気に、眼魚の眼の柄が変わっていることに。

「止まれ! 七!」

「ん?」

 遅かった、良太の予想を外れて、七はすでに甚の間合いに入っていた。

 甚は七を背負い、壁を蹴り破り、道路に出る。

「クソッ」

 良太は右手に力を込め『昇光』を放つ。

 そこに槍が飛来し、良太の右肩に突き刺さる。

「させませんよ」

「お前も」

 眼魚の右眼に『昇光』が灯る。

「虹目家長女『眼眇の闢者』虹目眼魚」

「女だろうとぶん殴るぞ俺は」

 良太は肩に刺さった槍を抜き、右腕に光を纏わせる。

「ガク、帰ってろ」

「う、うん」

 学は玄関から出て、七を追い駆ける。

「壁を壊してすいません、後で修理業者をお呼びします」

 両者、甚が作った穴から道路に出る。

 眼魚は槍を構える。

 良太は呼吸を整え、真っ直ぐ相手を見詰める。

「『眼眇・眼剣下睡がんびょう・がんけんかすい』」

 次の瞬間、良太の右目に剣が斜めに突き刺さり、左後頭部から切先が見える。

――!?

 痛みはない、ただ右が見えなくなり、右手が動かない、否、右手だけでない、右半身が――動かない。

「あなたの左脳を眠らせました。どうします?」

「馬鹿野郎……こっから強くなりゃ良いんだろ?」

 眼魚は良太の右側を狙って、飛びかかる。


「離せ、この!」

「離さないよ、七ちゃん」

 甚は七を肩に担ぎ、どんどん遠くへ行く。

 既に、良太の家は景色から消えている。

「七ちゃんはさ、忘れちゃったのかな? 自分の危険性」

「忘れてない、私は『七つの大罪』を封印する器だ」

「なら、あの子達とは関わらない方が良いよ」

「嫌だ」

「なんで?」

「あいつが、良太が私を祓ってくれる」

「へえ、そうなんっだ!」

 甚は一気に跳躍する。

「どうした」

「降りて」

 甚は膝を折り、屈んで七を下ろす。

「僕から離れて」

「分かった」

 七は甚から50メートル離れ、電柱の後ろに隠れる。

「居るんでしょ?」

 甚の目の前に黄色い光を纏った怪物が現れる。

 人型で、黒い翼を広げ、執事を思わせる服装である。

「あーあー、見つかると思ってましたよ」

 モノクル越しに黄色い目が甚を睨む。

「あーあーって、だから烏滸がましいんだよ、『傲慢』の」

「アーロフォールと言います!」

 アーロフォールの顔にビキッと血管が浮き出て、瞳の黄色が濃くなる。

「どうやってここが分かった知らないけど、狙いは七でしょ?」

「ああ!」

 空気が揺れる。

999ラストナンバー反転――」

「我が主よ、我儘に揺蕩う一生に驕り高ぶる、この我に――」

 両者、ガラス越しに見たように身体が歪む。

666ビーストナンバー」「闘争を!」

 甚の身体は肉や骨が露出し、口が裂け、まさに化物のような姿と成る。

 アーロフォールの黒い翼に彩りが加わり、孔雀のような輝きを放つ。

「行くよ」

 甚は拳を構え、顕になった筋肉が固く伸び、アーロフォールに向かって放つ。

「踏み込みが、甘い!」

 アーロフォールは空に飛び立ち、甚を見下ろす。

「そんな離れちゃってぇ、恐れ? 馬鹿?」

「余裕だ」

「ふーん、じゃあ見せてあげるよ、終末の暗証番号コーダーの実力を」

 3つの光が甚を覆った。

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