三人の求婚王子と宴の夜の約束

細月香苗

第1話

 図書館の裏に呼びだされたメロウは、不安な気持ちをおさえながら、緊張した表情であたりを見まわして、ため息をついた。ここまで案内してくれたルドは寮にもどった。

  明日の入学式前にこんな所に呼びだすなんて、どんな話なんだろうか?

再び歩きだしたメロウは、図書館の壁づたいに歩いて、角を曲がる直前に小枝を踏んだ。パキッと意外と大きな音をたてた。

 図書館の壁にもたれかかり話をしていた三人の青年が、一斉に メロウのほうを見た。

(うわーっ、三人の求婚王子だ)メロウは思った。

 三人はメロウをじろじろ見た。そして、駆け寄ってきた。メロウは三人にじろじろ見られて落ち着かない気持ちになったが、何とか真顔をたもった。

 三人のうち、一番背の高いがちりした体格の、アロール国の中部の領主の息子のギルディが「こんなところに呼びだしてわるかったね、メロウ」と言った。

 「会えてうれしいよ」長い髪をゆらしながら、北部の領主の息子の美しい顔立のグオンがわらった。

 「部屋にいってもよかったんだけど、僕らが一緒だとめだつから」とメガネが良く似合う、メロウと同じ南部の領主の息子のアラオルが優しそうな低い声で言った。

 「シーナ家のメロウです。よろしくおねがいします」メロウが頭を深くさげた。

 メロウは少し前に三人の求婚王子からの連名の手紙を受け取った。

手紙をもってきたのは、二年生のルドだった。

{図書館の裏で待つ、すぐ来てほしい。案内は手紙をもっていったルドにたのんである}というものだった。

 ギルディががにっこり笑って言った。「俺たち仲間にならないか?」

「どういうことですか?」メロウが首をかしげた。

「俺たちが守ってやるよ」とギルディが言った。

「守る?」メロウにはまったく意外な話だった。

「貴方たちにどんな利点があるんですか?」とおもわず言ってしまった。

「ぼくたちは子供のころから君のことを知っている。会うのは今日が初めてだけど」とグオンが言った。

「一年前、僕らを結びつけたのが君だった。待っていた」とアラオルが笑った。

「やっと会えたね」とグオンが長い髪をかきあげた。

「会いたかった」とギルディがメロウの手をにぎった。

「僕は君を遠くから見たことがある、同じ領だから」

「私もあります、遠くから」とメロウが言った。

「これを見て」とアラオルが一枚の新聞紙をメロウに手渡した。

 新聞紙を広げてメロウは記事を読んだ。

「これって……」

「去年の新聞部の号外」グオンが顔をしかめて言った。

 新聞のなかほどに大きく太字で、*三人の求婚王子祝入学と書かれていた。

「あー……」メロウは気まずくて目をふせた。

「今年もでるよ」とアラオルが言った。

「一緒にいることでお互いを守れるってことに気づいたんだ。俺たちも最初はお互いを避けていた。なにしろ、三人の求婚王子って、世間の注目を集めていたからね」とギルディが言った。

「必要以上にぴりぴりしていた。十八年前の僕らが赤ん坊だったころの話で、ここまで噂の的になるんだから。きつかったほんとに」

アラオルはメロウから新聞紙を受け取ると四つ折りにして手のひらに叩いた。

「君は同じ思いをする必要はない。ぼくらが守ってあげるよ、四人そろったんだ」とグオンがメロウを見つめて笑った。

メロウは居心地の悪さを感じずにはいられない。なにしろ、三人の求婚相手がメロウだったからだ。

三人が求婚王子と呼ばれるようになった十八年前の出来事、メロウがまだ母の胎内にいたころのこと、メロウの叔母エミナと国王の従弟のリューガ・ウオールtの結婚の宴の夜の約束が原因だ。

「三人の求婚王子と幻の姫がそろったってね注目される。この学園にいるかぎり、町に出ても、寮にいてもだ。いつも視線をかんじるんだ」アラオルが黒ぶちメガネをかけなおした。

 幻の姫とはメロウのことだ。

「三人の求婚王子……笑えませんね、当事者としては」

「ひどいだろう、一番の被害者は君だ。悪かったね」とギルディが言った。

「ごめんね」とグオン。

「ああ、ほんとに」とアラオルがすまなそうな顔をした。

(謝らないでください。どうしたらいいか分からない。)メロウは、首筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

「先輩たちのせいじゃないですよ」

「そう言ってくれたらうれしいよ」グオンが髪をかきあげた。アラオルとギルディがうれしそうにうなづき合った。

「君は伝説の歌姫ルリア様の子孫だろ、音楽堂にかけてある絵の。そっくりだ」

「百五十年前の人です、美しい人だったそうです。一族の宝です」

「国民の宝だよ」とアラオルがメロウをじっと見た。

「あの絵はだれもが知っている。君はあの絵ににている」とギルディが言った。グオンがうなづいた。

「エミナ様の結婚式で、エミナ様があまりにも美しかったので、エミナ様の兄である君の父に同伴していた妊娠中の君の母親を見て、女の子が産まれたら、うちの息子の嫁にほしいと俺の父が言った。それがすべての始まりだ」

「すかさず、うちの父とグオンの父がつっこんだ、うちにも息子がいるんだと」

「それが、三人の求婚王子の始まりですね」メロウは、メロウの人生を変えてしまったこの出来事の話を何度も家族から聞かされていたので、よく知っていた。

だから、入学してもなるべく三人に近よらないようにしようと思っていたのだ。

「まったく迷惑な話だろ……君なんて生まれてさえいないんだから」とグオンが言った。 「伝説の歌姫の話があったからでた求婚ですよね、それと、エミナ叔母様の美しさと……生まれてくる子が女の子なら、美女になるだろうって……」

(まったく、おかげで私はどれだけひどいめにあったことか)メロウは唇をかんだ。

「父たちはこの学園の同期生で、三人のお騒がせ王子ってよばれていたらしいよ」とグオンが言い、メロウの肩をぽんぽんと叩いた。メロウの堅い表情に気づいたからだ。「俺たちは父たちとは違う路線をいくことにしたんだ。危うく親たちと同じことをするところだったよ。最初のころはお互いを意識しすぎて、張り合ったりしていた。三か月くらいたったころ、何やっても三人の求婚王子って言われることにうんざりしてね、お互いのことをよく見てみると、俺たちは同じ立場だったからね、分かったんだ。お互いに同じ気持ちを感じている。なにしても注目をあつめるのなら、仲良くしたほうが良くないかって……」ギルディが一年前を思い出して言った。

「いっそのこと一緒に行動したほうが良くないかって……」アラオルが笑顔で言った。 「それで、仲間になった。三人の求婚王子って呼ばれるのに慣れたって言うか……そもそも、求婚王子って、何って?」グオンもギルディを見て笑った。

「そうだよ。なんなんだ俺たちは?求婚ったって、相手がもういないのに。君が産まれた瞬間に消えてしまった約束なのに」ギルディが肩をすくめて笑って見せた。

「三人のおまぬけ王子さ。競い合う意味が無いよな、姫はいないのに」メロウがうつむいて唇をかむのをグオンがじっと見ていた。

「私は、生まれた瞬間に皆の期待を壊してしまった。

 三人の求婚王子たちは、メロウの気まづそうな表情を見て、女の子が生まれることを期待されたのに、男の子として生まれて、幻の姫なんて世間の皆から言われてきたことを辛いと思っているのだと、言葉どうりにうけとった。心の奥にある、もう一つの苦しみに気づかなかった。

 メロウは、ありったけの勇気と、なにがあっても秘密は守るという覚悟をもって学園にやってきたのだ。

十八年前の出来事のせいで、三人の求婚王子がメロウのことをどう思っているのか?三人の求婚王子っていまだによばれていることをどう思っているのか?三人の関係がどうなっているのか、まったくわからなかったからだ。

「そんなこと君のせいじゃないよ。順番を間違えたんだ。求婚するなら、生まれてからにするべきだった」とグオンが優しく言った。

「三人のおさわがせ王子のせいさ、俺たちは親のしたことだから、仕方ないって思えるけど」「ごめんね」とグオンが言った。

「謝らないでください、今、とても複雑な気持ちなんです。貴方たちに会うのが怖

かった。その一方で、会ってもみたかった。謝らないでください、なんて言っていいかわかりません」

「わかるよ、僕らも会いたかった。でも、とんでもなく嫌な奴だったらどうするって話たことがあったよ。それでも仲間にいれるさ。だって、そうなったのは、十八年前の騒ぎのせいだ」アラオルが言った。

「断ることのできない誘いですねとメロウが言った。

「そうだね」

「勘の良い子で助かったよ」とアラオルが言った。無理じいはしたくないし……と思っていたからだ。

「俺たちは君を、俺たちの手の届くところにおいておきたい。お互いの平和と安心のために」ギルディがメロウの両肩に手を置いて、にっこり笑った。

「ここにはいろんな人がいるからね、悪いことを考える人もいる。君を利用しようとする奴や、いじめる奴もいるかもしれない。なにしろ、君は有名人だから」メガネを親指と人差し指でつまんで、定位置になおしてアラオルがじっとメロウをみつめた。

「私自身はただの一個人で、伝説の歌姫の子孫でしかも、顔がそっくりだとか、三人の求婚王子の幻の姫だとかいわれて、注目を集めることが不本意なんですが……」メロウがため息をついた。

「うん、ぼくたちも同じなんだよ」グオンが、強い風でみだれた長い髪を両手でおさえながら言った。

「だから、明日の入学式の前に君と話したかった。仲間にぜひなってもらいたくて」とアラオル。

「他に選択肢がないならしかたないですね」メロウは困ったことになったと思いながら、三人の求婚王子を怒らせたくなかったので、しぶしぶ了解した。

「俺たちの社会見学同好会にはいってもらおう」とギルディが言った。

「社会見学同好会ですか?」メロウが、「えっ?」というような顔をした。

「そう、この学園には三つの領民と首都の民の交流のために部活や同好会活動が盛んなんだよ。同好会は二人以上からつくれる。一つの領でかたまらないことそれだけ守ればいい」とグオンが言った。

「僕らにピッタリだろう?社会見学同好会って、活動計画と外出許可さえあれば外での活動もできる。次の日曜日には音楽堂の見学が予定されている。」

「皆で見に行こう、伝説の歌姫の絵を」とギルディが楽しそうに言った。

「君が参加しての一回目の活動にふさわしい」とアラオルが笑った。

「ぼくは絵を描くのがとても好きなんだよ、君はあの絵に似ている」

「百五十年も前の人に似ているなんて、不思議な気がします。皆で見に行くんですか?社会見学同行会?」

「俺たち四人だけだ。今までは三人だけだった。そりゃそうだ、領主の息子三人の同好会に誰がはいる?ってことで好きにやらせてもらってるよ」

「私だっていやですよ、領主の息子三人組なんて、一人でも大変そうなのに」

「いや、そこは大丈夫俺たちもここでは一学生さ、多少の事は大目にみてもらえるが」 「学生会も僕らが騒ぎをおこすよりは仲良くしてくれたほうがいいってさ」アラオルが笑いながら他の二人の顔を交互に見た。

「それから、何事も始めが肝心だよ明日の入学式頑張って。しっかり顔を上げて居ればいいんだよ。周りの目なんか気にするな」ギルディが拳をあげてみせた。頑張れよと三人の求婚王子たちに励まされ、メロウは複雑な気持ちだが、「はい、頑張ります。ありがとうございます」と頭を下げた。


 メロウは部屋に戻って一人になった時、ふーっとため息をついた。これから始まる学園生活に不安を感じずにはいられない。あの求婚王子たちが、このタイミングで接触してきたことが驚きだったのだ。もう少し距離をとってから物事が動きだすものと思っていたので、以外な展開に心がついていけない。

(長い間彼らのことを考えてきたけど、何でこうなった?仲間って……どうなるのかなこれから)

「うーん、なるようにしかならないか」独り言を言いながら、部屋の中をうろうろ歩き、気持ちを静めようとした。とりあえず、兄のミオリに報告しなければ。

 部屋の中はまだ荷物がかたずいていなくって、明日からの生活が心配だけど、始まるのだ。


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