第14話

礼を指導している他のヴァイオリニストにはリチャードとは違い、オケや室内楽で長く活躍してきたアンサンブルに長けた奏者もいる。しかし、礼は素直ではあるが、意志が強い点もあってなかなかソリスト志望の意志を変えなかった。なので、リチャードは、礼にソリストが向かないことを本人に感じ取ってもらい、自ら方向を変えさせるにはどうしたら良いか最近では考えていた。


もちろんリチャードからは、何度かソリスト向きではないことは伝えてはいたが、彼女は本当に意志が強く、決めたことは目標に辿り着くまでなんでも行って努力する。意志の強さでリチャードの厳しい指導にも食らいつくのは感心するが、裏を返すと頑固で猪突猛進でもある。


そんな彼女がアンサンブルにも関心を持ったことや、自分の友人である明と親しくなったこと、音楽を最近は楽しんでいることを、リチャードは、内心は嬉しく思っている。


そんなことを考えながら礼を見つめていると、礼がヴァイオリンを構えて弾き始めようとしていた。

なので、気を取り直して、私情を挟んで甘くならないよう自分も集中する。自分が甘くすることで彼女の将来が潰れる可能性がある。

それは礼に限らない。だから、生徒の指導について厳しいと言われても、手は抜かないし言うべきことは指摘するようにしている。


礼は、やはり明の指導や最近力を入れ始めた室内楽やオケの活動を生かした演奏を行ったが、ソリストとしては足りない部分が多く、リチャードは1楽章がまだ1ページ目の半分もいかなかったが、手を叩いて演奏を止めた。前回は7小節で止めたので、かなりの進捗だ。

彼女がかなり練習してきたのは分かるが、こちらも妥協することはできない。


「よく弾けてはいる。、、コンクール当日はピアノ伴奏だけれど、、本来ならオケが弾く伴奏も、きちんと読み込んだ上でソロを弾いているのがわかる。

きちんとピアノ版とオケ版の違いも踏まえたみたいだね。


、、だけどやっぱり全体的に弾き方が大人しすぎる。

まず、音量が足りない。以前言った弓の扱いについて、左手にばかり集中しないで思い出してみなさい。


それから、、難しいソロを弾くのに必死でどんなイメージで弾くか、発音するか考えてないな。強弱だけ気にして並べてるだけで音楽とは言えない。


あと、そこの重音は音程が甘かった。そんな箇所は入賞する奴なら難なく弾ける。その様子じゃ予選で早々に落ちるぞ。


、、で、その重音の練習の仕方だが、フィガリングはこっちのポジションにしたら?

、、こんな感じでな。」


礼は演奏を止めると、リチャードの厳しい口調と言い方に、少しショックを受けた様子で瞳を揺らしたものの、リチャードが早口で話すのを楽譜にメモして行く。

リチャードがヴァイオリンを構え、手本を見せ始めると、演奏を見ながらやはりメモを取っている。



「次回までに、このエチュードと重音の音階練習、弾いてみせたような練習の仕方でやってきて。、、もちろんコンチェルトは課題曲だからやらなきゃいけないが、、君はあのコンクールで入選したいなら、技術ももう少しつける必要がある。」


リチャードは、難易度の高い重音やハイポジションのエチュード、音階教本からの抜粋を20ページほど付箋をつけて指定し、なおかつコンチェルトにリチャードの筆記体でもメモをしたりして礼に渡す。


「、、わ、わかりました。。ありがとうございました!!」


「ソリストやコンクールでの実績だけじゃなく、誰かの音楽が好きだから誰かと弾いてみたいと思えたのは絶対にモチベーションになるよ。

、、私もめちゃくちゃ好きだった女の子と弾きたくてヴァイオリンを頑張っていた時期もある。。演奏もその子自体も好きだったな。」


リチャードはイタズラっぽく微笑み、礼に話す。


「えっ!!どんな方なんだろう!先生みたいな凄くてカッコ良い方がベタ惚れするなんて、、。

でも!!私は違いますよ、中本先生のことは演奏家として尊敬していて。他意はないですよ??」


「他意は無い、ねえ。

、、演奏家として先生として尊敬してるだけだけど、その割には結構見舞いに来てくっちゃべってたよなあ。

、、あいつもあいつで君が来る予定に合わせて必死に体調整えてたし。

、、まあ、君のヴァイオリンには色気も足りないから色んな経験をすると良いかもな。」


リチャードは引き続き揶揄う調子で話してウィンクする。礼はおちょくられているような気がしてリチャードを不愉快気に見つめる。


「色気がないって!セクハラですよ!セクハラ!」


「セクハラじゃないよ。、、言い方が悪かったが真面目な話だ。、、技術や音楽理解を深める必要はあるけど、、色んな経験で感じたことが生かされたりもするよ。

、、ヴァイオリンの有名な曲でも、カルメン幻想曲があるよな。あの曲を自分の技術の誇示だけで弾くなら私からみたら浅はかだ。


カルメンはどんなオペラ?」

リチャードはヴァイオリンケースを背負って、部屋を出ていく支度を終えた礼に続ける。


「、、恋の、、話ですよね?オペラはたいてい恋の話です。」

礼はきょとんとして話す。


「魔性の女の話だよ。彼女に振り回される男の気持ちや、移り気で情熱的なカルメンのことを、ある程度想像して弾いた方がより良い表現もできると思う。


人生経験を才能や感性で補って奏でることはできる。だから神童と呼ばれるような小さいのに大人顔負けの技術や、表現で演奏する子もいるけど、、、。厳しいこと言うけど君はそうではなかっただろ?

、、大抵の奏者はそうじゃないからそれを気にする必要はない、神童でも胡座をかいたり挫折して成長したら大した事ない奴も大勢いるし。


ただ、そうじゃないならヴァイオリンだけにとらわれず、せっかく学生なんだし、留学してるんだし、色々経験してみてほしい。


私は神童だの言われていたけど、ヴァイオリン以外にあまり触れられなかったから、、余計に私が教える子にはそうしてほしいと思ってて。」


「へえ?でも先生モテモテで色んな女性演奏家と付き合っていたんですよね??なるほど!先生は演奏の!肥やしにしようと!女性とたくさん付き合ったんですか!!素晴らしいです!!私も真似しないと!私はモテないけど、あはは。」


礼はリチャードが真面目に話したにも関わらず、あらぬ方向に話を捉えて納得しながら意気込む。


「おい!なんでそうなるんだよ!私が女の子好きだっただけで関係ないよ!!、、なんか本気でやりそうで不安だな。。別に色んな男と付き合わなくて良いからさ、、まあ、、恋愛小説やドラマでも触れてみたら?」


リチャードは礼の天然ぼけぶりに頭を抱えて話す。


「ふむふむ。わかりました。男性と話すようにして、ロマンスの映画とかみてみますね。


うーーん、でも男友達はいるなあ。、、あっ、でも、、」

礼は言いながら何か思い当たったらしく、

少し顔を険しくする。


「、、でも?」

リチャードはようやく気がついたかと顔を上げ、礼の様子を伺う。


「、、い、いえいえ!!なんでもないです。では、次の授業もあるので失礼しますね!」

礼は頬を赤らめて誤魔化すと、いつもの可愛らしい笑顔でリチャードに挨拶し、部屋を出た。

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