第12話

「兄さん、入って良い?」

「昂?別に良いけど、どうしたの?来る予定じゃ、、、」


昂が声をかけながら病室のドアをノックすると、明の声が聞こえた。声だけだといつも通りの様子だ。


「、、、兄さんは嫌かもしれないけど、はるばる来て頂いて申し訳ないし通したよ。

有名なフルーティストのシュルツさんだよね?」


「、、母さんに昨日俺が言ってたこと聞いただろ?ドイツからの人は、」


「何も言わずに居なくなるのは、薄情すぎませんかね。私は一応大学から貴方に接してきたはずです。、、そんなにベルリンが嫌いだったとは知らなかった。私は貴方とルームメイトになったとき、ドイツで良い時間が過ごせるよう力になりたいと思った。私なりに最大限努力したつもりだ。私の取り組みが足りなかったにせよ、納得行かない顛末だ。」


明と昂が日本語で話すのを遮り、ミカエルは明に近寄ると、視線を合わせてドイツ語で強く訴える。


「、、ベルリンが嫌いとかドイツ人が嫌とかじゃない。

、、ミカエルには凄く世話になった。感謝してる。本当だよ。本当に有難う。

、、でも、こんな身体じゃ何もできないってよく分かった。、、どうせ出来ないなら、やらない方が良かったんだよ。、、次に来るヴィオラ首席と良い演奏をしてほしい。

、、ミカエルのことは応援してるけど、俺は

演奏家としてはもう活動はしないかもしれないから、、ミカエルと道が交わることもない。

、、彩華のときもそうだったけど、あんまり顔を見て別れるの得意じゃなくてさ。、、何も言わなかったのは謝る。

、、だから分かってほしい。」


明は静かな口調で話してから、あまり元気がない表情で俯き、胸を片手で押さえて顔を顰める。


「兄さん、苦しい?」


「、、大丈夫、、ちょっと痛んだだけだから。

、、ミカエル、だからさ、」


「、、貴方が今更ヴィオラの演奏から離れられるわけがない。

、、あなたが今回倒れたとき、きっとストレス源の楽団を休み、安静にしたら回復してくれると私は思っていた。、、だから、リチャードがあなたに礼を紹介してレッスンさせるのは私は反対だった。でも、、貴方はレッスンや演奏を始めた後に一時期、劇的に回復した。

、、回復源を自ら取り上げるなんて馬鹿げている。貴方は自分が分かっていない。


出来ないならやらないほうが方が良かった??

やりたいことがあり、やらなきゃいけないと張り合いがあったから、病気に負けずにいられたんでしょう?

貴方が人並みに長生きできないかもしれないことなんてとっくに知っている。今更それが問題なんですか?

、、ドイツで貴方が何にもやりたいことが無い、日本に来てやりたいことがある、それならもう私にはできることはないけれど、そうは思えない。」


「ミカエルには分かるはずない!!自分が死ぬかもなんて考えたことなんかないんだから!


、、カールが亡くなったのはもちろん悲しかったけど、、あのとき見た光景が怖かった。。

次に発作が起きたら手術になるかもしれない。。その手術で死ぬリスクがあるって医者に言われて、、そんな中、あのとき、

カールが亡くなったときにご両親や他が悲しんでるのを見た。。俺はあんなのは嫌だ、、ドイツで良くしてくれた人たちにあんな顔はさせたくない。。それに、ベルリンにいたらまた身の丈に合わない世界に居たくなる。


もう疲れたんだ。。

今後はもう人間関係も広げない、、良い出会いほど、俺が先にって思うと寂しくなる。

無理なく、、狭く、なるべく長く生きれるように日本で堅実にやって行くよ。。」


明はようやく本音を話し出し、死への恐怖やその他の不安から、ミカエルの手より小さい手をベッド付属のテーブルに拳で置き、震わせた。

自分の手が震えているのを見て、明は片手で片方の拳で押さえて震えを無くそうとしたが、止まらない。そもそも、不健康に細い肩も震えている。


「、、兄さん、何か飲み物買ってくるよ。兄さんには緑茶でも。少し疲れたんじゃない?ミカエルさんも。コーヒーで大丈夫ですか。」

昂は、明をしばらく心配そうに見ていたが、ミカエルが明の様子を見ても冷静に受け止めているのを見て、二人に微笑む。


「私はブラックでお願いします。無糖で大丈夫。」

ミカエルが返すと昂は頷き、部屋を出て行く。

明は昂が出たタイミングで深く俯いた。眼鏡を外す動作が見え、片手で目頭を押さえている。

明の話では、昔は明はよく昂の面倒を見ていたようなので、弟の前では気丈に振る舞いたかったのかもしれない。昂もおそらくそれがわかっている。


「、、礼にも、自分のせいで泣かれたくない?」


「え?、、神崎さんのこと?なんでいきなり?」


ミカエルが訊ねると、明は涙目でミカエルを見て顔を上げる。


「、、ドイツで入院しているとき、礼と話しているときは本音がわからない笑みではなくて本心から笑っているように見えたので。

、、彩華と話していたときみたいに。


リチャードから聞いたのですが、彼女も、貴方がドイツを去ってから、YouTubeやCDを漁ってあなたの演奏動画を見ているようですよ。暇さえあれば。」


ミカエルはリチャードが、礼の、明が帰国してからの沈みっぷりと動画漁りの様子を見て心配していたため、明に話を振ってみる。


「、、わからない。、、もう、、病気のせいで誰かの負担になりたくないし。。

俺は確かに彼女と話せると楽しかった。。

でもさ、、俺なんか彼女には見合わないよ。


演奏動画や録音ね、、俺に多少は習ったんだから気になるのは当然じゃない?

でもそれが彼女を俺が縛る理由にはならない。」


明は涙をもう拭き終わり、顔を上げてミカエルに苦笑する。


「、、私は貴方に何かあっても泣いたりしない。この世を去る早さと不幸かどうかは違うと思っているので。

但しそれには重大な条件があるんだ。」


ミカエルの話に、明も真面目な表情になって真剣に聞く姿勢を見せた。

「条件?」


「、、後悔を残さずにこの世を去る場合のみで、、逆に後悔を残して去って行くなら、きっと私に何かできなかったのかとずっと引き摺ると思う。」

ミカエルは明の瞳をまっすぐに射抜いて迷いのない様子で発言する。


「、、へえ。、、さすが、変わってる。面白い考えかただ。聞けて良かった。」

明は、ミカエルの射抜くような視線から逃げたくなって目線を逸らしてから、話を濁したい様子で苦笑した。

「貴方の意見もぜひ聞かせてほしいところだ。」


ミカエルは、明の動揺を感じ取り、心を動かせたことを願いながら、ちょうど昂が戻ってドアを開けるのを振り返った。

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