第8話

礼の提案で、明がピアノやヴィオラを礼の歌や、たまに見舞いに来る楽団のメンバーと合わせて小児科の子どものために弾くようになって、3ヶ月が経過した。


先月までは、明の体調は医者も驚く速さで快方に向かっていた。演奏の機会や、礼をレッスンすることをモチベーションに、院内なら問題なく出歩き、日によっては外出許可が出るくらいに回復したのだ。


それを見たリチャードやミカエルが楽団に掛け合い、楽団は試用期間の延長を明に言い渡そうと手続きを進め、礼は骨折が回復して明に本格的に室内楽を習おうと意気込んでいたが、そんな矢先に明が再び体調をぶり返してしまい、いずれの話も再検討になってしまった。


明が体調を再び悪化させた理由は、礼にもリチャードにも、ミカエルにもはっきりとわかっている。この2ヶ月、明に特に懐いていた小児癌だった8歳の少年、カールが亡くなったことが原因だ。カールの体調は小児癌の進行は早いこともあり日に日に悪化していたが、カールの両親や医師の考えもあり、楽しみを得ることができればと、音楽を通じて明と交流しており、明もそれに対して熱心に対応してきた。


リチャードやミカエルから見て、楽団を休団になる前の重症ぶりを考えれば、明がこの2ヶ月で外出許可が出るまで回復したことは驚きで、担当医も驚いていたほどだったので、カールの死で再び悪化してしまうのは当然の流れではある。

それでも、リチャードもミカエルも、そして礼も、無力感を感じていた。定期的に3人が見舞っても、カールの希望でカールの危篤時に彼を看取った明は、自分の体調が元々不安なこともありその死に深く傷つき、あまり笑顔を見せなくなり、体調も快方に向かう様子はなかった。


ある日、リチャードが、礼と一緒に見舞いに行くと、病室から話し声が聞こえた。

確か、リチャードたちの前に日本から両親が来ると話していたので、話が長引いているかもしれない。


「お前は心臓が悪くて身体が弱い。一人で海外でやって行くのは無理だと言ってきたが言ったとおりじゃないか。

それに、楽団のことは残念だがヴィオラにこだわる必要ないだろう?お前の力量なら日本の楽団でコンマスや首席奏者にはなれる。少し弾きかたは変える必要はあるがソリストにだって十分なれる、いい加減にきちんとヴァイオリンをやるべきだ。」


「お父さん、、ヴァイオリンについては明の考えも聞きましょう。でも明、身体のことは前から気になっていたのよ。日本に一度帰ってきて、今後のことを考えたら?」


「、、母さん、心配させてごめんね。もともと、今回3ヶ月で退院できなければ、帰国する約束だったからね、、父さんのご意見もわかりました。医者から許可が出たら東京に帰ります。

、、ヴァイオリンのオーディションも、、受けることにします。」


「わかってくれて良かった。お前はヴァイオリンの才能があるんだから、ヴィオラなんかやる必要ないんだよ。ずっと勿体ないと思っていた。

帰国の時はお母さんが手伝いに来るから。

、、任せて良いか?」


「ええ。まずは身体をしっかり治しましょうね。また来ますから。安静にしていてね。」


リチャードは、礼とその場を離れようとしていたが、礼がただならぬ表情で病室を振り返り、足を止めるので、リチャードも足を止めた。


自分は日本人とのハーフだと言うのに、日本語は単語しか知らず解せないが、日本人の礼には明と家族の話の内容がわかったのだろう。礼の表情から嫌な予感しかしない。リチャードは気になって礼に問いかけた。


礼は、声を震わせながらリチャードに、明が言ったらしい内容の要点を話す。

それを聞いてリチャードが絶句していると、明の家族が病室から退出する様子だったので、二人は端に移動して両親が居なくなるのを待ち、その後病室の中に入った。

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